第四十三話 修行完了



 疑似的な宇宙空間から帰還したテオドールは、不毛の荒野ではなく劇場に戻ってきた。


 時差ボケのような症状に襲われながらも、彼は亜空間の出口から無事に着地して、久方ぶりの大地に降り立つ。


「現在の容量を見るに、工夫すれば月に一度は築城が可能だ。小規模な砦であれば毎週建てられるだろう」

『人類の限界値を越えてるんだけどな、それ……』


 《規格外》は理の外側に片足を突っ込んだ壊れスキルであり、カテゴリとしては《勇者》や《テイム》と同系統だ。悪用すれば一国や二国どころか、大陸が壊滅するほどの力になりかねない。


 裏技を使ってそれを大幅に強化したのだから、大精霊は呆れるしかなかった。

 バレットもそうだが、彼らは世界のルールを守らせる側で、波乱を防ぐべき立場だからだ。


「さりとて一度に無理をせず、コンスタントに運用した方が効率的に成長できる。それを忘れるな」

「はーい」


 消費量の分だけ鍛えられるとなれば、反動で動けない期間が無い方が成長できる。

 無限回復期間は終了したので、これからは日常で鍛えていくということだ。


「後の注意としては、最大値の伸びは常に意識すること。お前の力はとにかく量だからな」

「了解です」


 手足が吹き飛んでも再生し続けられるほどの容量を手に入れたが、変身を解除するとダメージが一気に還元されるなど、根本的な部分は変わっていない。


 つまりは力が続く限り無敵なものの、切れた瞬間に死ぬような能力だ。用法と容量については依然として見極めが必要となるが、それも今後の課題だった。


「そうなると次は手札を増やすために、回復魔法とかを習得した方がいいのかな?」

「ああ、レベッカにでも習うといい」


 例えばフィードバックの問題を解決するには、全回復してから変身を解除すればいい。


 回復魔法は消費が激しく、テオドールの容量が追い付かないからと未修得だったが、今であれば自力運用も視野に入ってくる。

 これも今回の修行の成果だと、満足そうに頷きながらテオドールは思案した。


「魔法の習得は、身体の作り変えと並行でやろうかな」

「それがいいだろう。……さて、他の修行も終わったようだ」


 バレットが何も無い空間を指すと、同じく修行をしていた3人が宙から降ってきた。

 そして彼は真顔のまま手を叩き、祝福の言葉を投げかける。


「おめでとう。お前たちはレベルアップした」


 軽やかに着地したレベッカは疲れた顔をしており、ラフィーナは遠くを眺めてぼうっとしている。

 そしてヴァネッサは、酔っ払いを安置したかのような姿勢で床に崩れ落ちた。


「皆もお疲れ」

「……ん」

「……お疲れ様です」


 歴戦の騎士もドラゴンの末裔も精魂尽き果てており、放心状態で帰ってきた。そして赤毛のお嬢様に至っては、床に這いつくばってピクリとも動かない。


 各々が告げられた修行メニューは違ったが、誰も彼も非常識な方法を採られたのだろうとは、察しの悪いテオドールにもすぐに分かる。


「ヴァネッサは生きてるの?」

「精神的な疲労だ。そのうち復活するさ」


 彼女は気ままな家出旅行を楽しみたかっただけであり、修行など求めてはいなかった。

 成り行きで付き合わされたのだから、彼女の疲れ方はひとしおだった。


「……よく頑張った」

「……よく耐えましたね」


 レベッカとラフィーナは、同じ苦しみを分かち合った仲間に慈しみの目をしているが――テオドールは彼女らの様子を見て、ぎくりとする。


「もしかして、修行を楽しんでいたのって僕だけ?」

『もしかしなくてもお前だけだよ』

「テオドールには見込みがあるな」


 この違いがどこからくるのかといえば、能力の特性からだ。


 まずテオドールの力は、成果が目に見えて分かりやすい。生産量が増えたり身体が強大化したりと、成長が見える分だけ気持ちが維持しやすかった。


 そこいくと剣技や格闘技のような技の習得は、上達を実感しにくい。


 そして聖騎士の力と龍の力を活かした修行は戦闘訓練のため、ひたすら痛い目に遭い続けたのかもしれない。

 そこまで推測してから、テオドールはヴァネッサを見た。


「でもヴァネッサの修行は、聞いた限りだと射撃訓練だよね?」


 自分と同じく無限回復の空間に放り込まれたのだとすれば、宙に向かってひたすら連射しているだけでも効果はあったはずだ。

 どうしてこんな有様なのかと首を捻る彼に、バレットは淡々と告げた。


「的が無いと効率が悪いからな。ゾンビの群れを撃墜するタワーディフェンス……もとい、防衛の模擬戦をやらせていた」

「どうしてそんなことを」


 実戦形式の方が身は入るだろうが、何故グロテスクなアンデッドを選んだのか。


 意外と小心者の彼女は、そういったものは苦手だろうと思案してから、テオドールは手を打った。


「いや、だからこそいいのか」

「そうだ。近づいてほしくなければ本気でやる必要があるだろう」


 本気で臨むために必要な措置だったと言われれば納得もいく。


 しかし、やはり師匠の手腕は一流だと納得した彼の横では、レベッカとラフィーナが複雑そうな顔をしていた。


「だめ……テオが向こう側・・・・に行っちゃう」

「そちら側はいけません、テオさん……」

『安心しろ、監視は付けておくから』


 途中から現れた大精霊は、テオドールがバレット二号とならないかを警戒して、監視役の精霊を送ると約束した。


 監視されるとなれば普通は不安を覚えるだろうが、しかしテオドールからすると、精霊を供にした男という評価が得られるのでプラスの出来事だ。


 むしろテイムや交渉の手間が省けて、ラッキーくらいにしか思えていない。


「それで、あの砦はどうします?」

「仕上げは国にやらせるさ。細工に大きな力は要らないから、現地に行くのはまだ先だ」


 途中で放り出してきたため、もちろん気掛かりではあるが、今日のところは女性陣が疲れ果てている。

 そこはテオドールにも分かったので、まずは静養かと頭を切り替えた。


「こう見えて俺も仕事が溜まっているから、しばらくは会えない。当面はウィリアムの指示に従って行動してくれ」

『仕事の前に説教だからなお前』

「分かった。話は後で聞こう」


 小言を聞き流しながら、修行の終了が宣言された。


 テオドールはヴァネッサを背負い出口に向かおうとしたが、バレットは思い出したかのように、解散前に一言だけ付け加える。


「マクシミリアンが欲しがっていた情報は、ウィリアムから伝達済みだ。詳細はまた後日だが、故郷には戻らずこちらで活動を続けてくれ」


 それだけ告げると、バレットと大精霊は姿を消した。

 先ほどまで彼らがいた空間を見つめながら、テオドールは再び首を捻る。


「……ええと、どうして頼みのことを知っていたんだろう」

「テオ、考えるだけ無駄」


 テオドールは国境を超える前に、幼馴染から内密の手紙を受け取っていた。


 その中身については口外しておらず、護衛依頼が片付いてから動く予定でもあったため、彼にとっては先手を打たれたこと自体が謎だ。


 しかし考えるだけ無駄という意見はその通りなので、彼も細かいことは忘れることにして前を向く。


「そうだね。今日は引き揚げようか」

「あ、全く気になさらないのですね……」

「考えても分からないことは、考えないようにするよ。効率が悪いからね」


 テオドールの性格に若干の変化があったことが不安視されつつも、修行は終わったのだ。

 劇場に残ってやるべきことは特になく、彼らの足は自然と宿に向いた。


「さて、帰ろうか」

「……ん」

「……そうですね」

「…………」


 かくして一部の心に傷を残した特殊訓練は、死者を出すことなく終わった。しかしテオドール以外の顔は総じて暗く、黙々と帰路を歩いていく。


 ホテルに着いた彼らは無言のまま解散して、それぞれの部屋で休息をとった。


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