第四十四話 発想を柔軟に
宿に帰りひと風呂浴びたテオドールは、部屋に備え付けられたガウンを着て椅子に腰かけて、優雅にフルーツジュースを飲んでいた。
これはルームサービスで用意された高級品から、更に酸味を薄くしたものだ。
注文した品を自分好みの規格に作り替えており、これからはいつでもこの味が再現できる。
「これだけでも消費量が落ちるんだから、便利だよなぁ……」
武器の切れ味やサイズを改良する方向では、バカみたいに容量を食う。
しかし食べ物から苦味や酸味を取り除くこと。彼にとっては好みの味になるというメリットも、味わいが薄くなるというマイナス判定になっていた。
テオドール自身が詐欺のような話だと思っているが、嬉しい特典ではあるので、気にせず行使しているのが現状だった。
「しかしこれからどうしよう」
更に容量を増やしていくには、毎日きっちりと使い果たすことが課題となる。
一息ついて振り返った彼は、まず己の右腕を見た。
「就寝前に身体の性能を永久アップ……それでいいかな。毎日気絶することになりそうだけど」
彼は自分の身体を、ウィリアムの身体で上書きしていく算段を立てていた。しかし木の棒を鋼の剣に作り変えるが如き作業のため、ごく一部を作り変えるだけでガス欠だ。
安全圏かつ就寝前の日課にすると決めて、彼は次の課題を思い浮かべる。
「回復魔法はレビィからコピーさせてもらおう。白兵戦に弱い劣化聖騎士になってから、魔法部分だけを真似すればコストは少ないはず」
《聖騎士》は《勇者》に比べると消費が穏やかな方だが、最上位と言われるだけあり結構な負担がかかる。
しかし身体の書き換えには激痛を伴うため、行動不能になる間は必ず回復魔法の世話になるのだ。
そう考えれば一々補助を頼むよりも、自力で習得した方が効率は上がる。
「規格外の火魔法が使えるんだから、できないことはないはずだよね」
ヴァネッサが放った火炎を、倍の大きさの火炎で迎撃したこともあった。
回復魔法の方が消費は激しいが、これも今であれば問題はない。
「規格外の《聖騎士》を自分に付与して、速攻で回復魔法を唱えて解除……そんなやり方がいいかな? よし、早速やってみよう」
特定のスキルには習得補助の恩恵があるため、少なくとも練習中はそのやり方がベターだ。しかしどこまで効果があるかは分からないため、まずは試してみるしかない。
そう思った彼は、普段着に着替えてからレベッカの部屋を訪れた。
「レビィ、そろそろ回復魔法を習得したいんだけど」
「しばらく修行はお休み」
「あ、うん」
レベッカは先ほどまでの修行がこたえており、無表情ながらげっそりとしている。
そんな彼女は手短に休養を告げてから、そっと扉を閉めた。
「我流でできることでもないしな……大人しく待つか」
こんな一幕もあったが、幸いにして3日後にはヴァネッサを除く全員が完全復活した。
彼女だけは未だに遠い目をしているが、テオドールの修行に影響はない。
「戦闘能力を限りなく貧弱に――《聖騎士》を付与!」
「どう?」
「うん、大丈夫そう」
意外と世話好きなレベッカは、テオドールが自力回復の術を覚えると聞いて残念そうな顔をした。
しかし何にせよ、戦力上昇の見込みが立ったのだ。
「問題は、回復魔法だけの運用には向かないことか」
「戦いに使わないなら、純粋な回復スキル持ちから学んだ方がいいかも」
身体機能や近接戦闘の補助力を劣化させて、魔法のみに特化させてもなお、コストパフォーマンスがいいとは言えなかった。
しかしお手本となる規格が存在しなければ、規格外品が創造できないというデメリットは相変わらずだ。
当分はこれで間に合わせるとしても、実力者と出会っていくことは今後の課題になる。
「どうせ真似るなら、名うての神官とかに会いたいな」
「そのうちセッティングする」
ともあれ、本家よりは回復量が落ちるものの、回復手段は手に入れたのだ。
身体の上書きと回復を交互に繰り返せば、いずれ無敵の肉体が手に入るとあり、テオドールは明るい表情で言う。
「よし。それじゃあこれで、いつでも苦行し放題……って、あれ?」
「……テオはドM」
「違うんだ。強くなるには苦行するしかないんだ」
いつの間にか苦行がライフワークになっていると気づき、一転して腑に落ちない気分になった。
しかしまあ、強くなるのはいいことだと自分に言い聞かせて、そこは流していく。
「……さておき、ウィルからも許可は出た。これからは肉体改造と、魔法の練習をメインにするから」
「改造は一人でもできるし、まずは回復魔法の練習に付き合ってもらおうかな」
「ん、了解」
回復魔法は早速修行のローテーションに組み込まれたが、これが役立つのは意外と早く、習い始めた翌週には実戦投入されることになる。
◇
「回復魔法を覚えたか。それはちょうどいいね」
「何が?」
「いやぁ、治療に失敗しちゃってさぁ」
回復魔法による無限筋トレを始めてから4日後、国境を超える前から付いて来ている包帯ぐるぐる巻きの人物を伴い、ウィリアムが帰ってきた。
彼曰く、包帯の下の怪我は、本職でも治療し切れなかったとのことだ。
「もう古傷になっているから、これ以上は治せないと言われてしまってね」
「そうなの?」
「ああ、部位欠損のような扱いさ」
初期の治療はレベッカが行ったものの、致命傷を瀕死に引き上げるまでが精々だ。
初期段階で超一流の人間が診ていれば話は別だったが、怪我をしてから1ヵ月以上も経ってしまうと、回復の手練れでも治す手立てがなかった。
「いやまあ、今からボッコボコにして、新しい傷を負わせれば――まとめて治療できるかもしれないのだけれどねぇ」
「それはダメでしょ。死んじゃうよ」
治療のためと言えば聞こえはいいが、全身がボロボロの相手を更に追い込むのは、非常に絵面が酷い。
更に言えばそのまま殺してしまう可能性があり、より酷い状態で固定される可能性もある。
「とは言えそれしか手段が無いなら、賭けてみるのも一興となったんだけどね。念のため遺書を書いてから行こうって話になったのさ」
「……」
言い遺したいことがあったため、一度宿まで引き揚げてきた。
そうしたところ、規格外の回復魔法を撃てるようになったテオドールがいたので、こちらに賭けてみてもいいのでは、という話になっているわけだ。
「僕の覚えたて回復魔法じゃあ、なおさら無理だと思うけど」
「そうでもないさ。規格外の回復魔法なら、
理屈の上ではそうだ。回復魔法が持つスペックを改変することで、部位欠損の治療を可能とする効果への書き換えはできる。
しかしただでさえ燃費が悪い回復魔法を、威力底上げのために《聖騎士》の力を用いて、更にオーバースペックで放てば――魔力不足で大変なことになりかねない。
「強化はいいけど、容量が足りるかどうかだね」
魔力が枯渇すれば、激しい船酔いを強化したような体調になる。
言うなれば死ぬほど具合が悪くなるということだ。
限界を超えた瞬間に唐突な症状が現れるので、彼にとっては少し怖いところではあるが、しかしウィリアムは満面の笑みを浮かべたまま続けた。
「何を言っているんだいテオ君、どこかを劣化させれば消費は軽減できるじゃないか」
「回復魔法の何を劣化させるのさ」
「それを考えるのも修行だよ。さあ、師に進歩を見せてくれたまーえ」
どちらかと言えばウィリアムよりもバレットの方が師匠風を吹かせていたが、最も長く面倒を見ていたのは彼だ。
思考を柔軟にしろとは常々言われてきたので、テオドールもどうにかする方法に、考えを巡らせてみた。
「治療範囲を狭くする代わりに、局所的な回復量を上げるとか?」
「うんうん、それもいいね」
「射程距離を縮めるのもアリかな。どうせ間近で使うんだし」
「直接触れないと発動しないとか、そういう条件もいいと思うよ」
デチューンできるところを探せば、まずは治療範囲の縮小と、射程の減衰が目に付いた。
安全な環境で使うのだから、それらの劣化は特に問題にならない。
しかしまだ何か無いかと探していくうちに、テオドールにはふと思うことがあった。
「使用回数の制限とかはどうだろう?」
「回数制限か……それもいいんじゃないかな。物は試しさ」
彼らは最後に新しい試みを付け加えた。一定の期間内に撃てる回数に、制限を設けるという制約だ。
何日かに分けて治療をしてもいいのだから、ここも劣化させて構わなかった。
「じゃあ、この規格外ハイ・ヒーリングが使えるのは月に1回までで」
効果があるかはこれから検証するが、普通に発動させる分には魔力の限り撃ち放題だ。自由なはずのものに制限を設ければ、劣化項目とは捉えられる。
その分だけ回復量を増やせば、本家を超える性能発揮が期待された。
「じゃあその条件でやってみようか」
「……」
「分かった」
被験者にも異論は無いため、早速の実践だ。
指先まで巻かれた包帯を解くと、擦り傷だらけで痛ましい手が姿を現した。
「回復魔法に特化した
通常であればすぐにでも発動する力を、手元で滞留させたテオドールは、次々にデメリットを設けて改変していった。
白い輝きが凝縮されていき、彼の右手はやがて白銀に染まる。
「発動するのは患者に触れている間のみ。回復量上昇の代わりに、消費量を極大まで増幅させた――《規格外》ハイ・ヒーリング!」
テオドールから見ると、もう治療の宛てがない重症の患者であり、半月ほどの道程を共にした一応の仲間でもある。
――数日間行動不能になるくらいまでは、力を込めてやってみよう。
そう考えた彼は、本気の回復魔法を解き放った。
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