閑話 勇者はとにかく急いでる



「ほう、あれがその……何と言ったか、どこぞの冒険者が生産した大剣か」

「まだ解体は進んでおりませんが、溶かせば普通の鉄として扱えるようです」


 山に突き刺さった剣を眺めながら、尊大な態度を取っているのは王宮から派遣された役人だ。彼は腰巾着のような男を引き連れて、戦闘跡地の視察をしていた。


 腰巾着の方もギルドの役員であり、それなりの役職に就いている男だが、領主と同等の権力を持つ中央役人の前とあって平身低頭で接している。


「……鉄以外にも、何でも生産できるのだな?」

「そのようです。野菜でも岩石でも、何でも作れると記載にございました」


 役人の目的は、魔物の氾濫による被害状況の確認だが――現地を見てからというもの――考えはテオドールの身柄を、どう確保するかがメインになっている。


 解体途中の大剣を見た役人は、この力が莫大な富を生み出すと気づいたからだ。


「珍しい能力だ。そんな人材は是非とも保護せねばな」

「しかし試用期間とは言え、勇者一行から人員を引き抜けば問題があるやもしれません」

「あくまで試用ならば構わんだろう」


 保護と言えば聞こえはいいが、彼は要するにテオドールを監禁して、飼い殺しにしようと目論んでいる。


 問題は勇者に声を掛けられているところだが、事実関係がどうあれ、書類上はまだ正式なメンバーではないことは確認が取れたのだ。


 そしてテオドールを手駒にできれば、出世など思いのままなのだから、彼は平民相手にどんな手段を使っても構わないと思っていた。


「勇者の事情よりも国益だよ国益。君もそう思わないかね?」

「は、はは……左様でございますな」


 腰巾着の男は冒険者ギルドの役員なのだから、今から勇者一行への本参加申請がされたところで、中央役人の意向を優先して却下することはできる。


 簡単に来歴を調べてみると、「能力不足による解雇歴あり」や、「冒険者として使い物にならない」という情報も見つかったので、確保は容易だと思っている節もあった。


「ともあれ生産系のスキル持ちが抜けても、大した損失にはなるまい。代わりの戦士でも適当に宛がえばよいことだ」

「ええ、手配はお任せください」


 現状で冒険者の戦力は十分に足りているため、ギルドの幹部としてはC級冒険者を庇うために、高官と揉めるのは避けたいところだ。


 役人への点数稼ぎに回した方が合理的となるのも、当然の成り行きではある。

 そのため当事者のテオドールが不在ではあるが、話は大筋でまとまった。


「まあ勇者殿も嫌とは言うまいが、念のために確認を取っておけよ」

「承知致しました」


 テオドールに名誉職でも与えるか、拒むなら適当な理由を付けて犯罪奴隷に落とすか。

 いずれにせよ権力を使えば、身柄などいかようにもなることだ。


 彼らは引き抜きが問題なく成功することを、信じて疑わなかった。





     ◇





「何? 勇者が拒否をした?」

「く、件の冒険者は既に隣国行きの依頼を受けており、先だって出発したことです。下手をすれば数年は帰らないことを伝達してきており――」

「私は出頭命令を下したのだぞ。それを人づてに断るとは何様のつもりだ!」


 計算が狂ったことに憤慨した役人は立ち上がると、部屋中の物に当たりながら喚き散らした。

 腰巾着はいたたまれない顔をしたが、彼は一応、客観的な感触を伝える。


「意外にも彼は、あの生産者のことを高く評価しているようでして」

「ええい知ったことではないわ! もういい、勇者を呼び出せ!」


 便宜を図られている分、ウィリアムには義務や制約が多い。その点を付いて詰問してやろうと役人は息巻いた。

 しかし次の瞬間、呼ばれるまでもなく本人が登場した。


「はっはっは! どなたかは存じ上げませんが、お呼びのようですね」

「……え?」


 役人の宿泊場所は、4階建ての宿の最上階だ。

 しかしウィリアムは階段を上るのが面倒と言わんばかりに、窓から入ってきた。


「それで、何か僕に御用があるとか?」


 音もなく窓辺に姿を現して、唐突に会話に割り込んできたのだ。予想外のことに面食らった役人だが、強権を発動すれば押し切れると思い直して、改めてふんぞり返った。


「テオドールとやらを引き渡してもらおうか」

「引き渡すとは穏やかではありませんねぇ。それはまたどういった理由で?」

「王命である。機密であるため、詳細を語る必要は無い」


 しかしウィリアムは彼らの悪企みなど、とっくの昔に気づいて対策をしている。


 どうせこうなるだろうと予想して、戦闘が終わった次の日には馬車を出発させていたため、役人たちが来たのは戦闘から実に10日後のことだ。


「であれば深くは聞きませんが、そこのギルド職員から聞いていませんか? もう彼らは国外に着いた頃ですよ?」


 今から追手を差し向けたところで、間に合うはずがない。


 そして越境先はウィリアムの権力が振るえる領域なので、既に勝利が確定していた彼は何でもないように尋ねた。


「ではさっさと呼び戻せ! 繰り返すが、これは王命である!」

「王命。はて、どのような命令でしょうねぇ」

「国家機密だと言っている!」


 実際の命令は「被害状況を確認すること」であり、テオドールのことなど全く考慮されていない。

 正当に連行できそうな名目と言えば、大剣で周辺に被害を与えたことくらいだ。


 しかし領主からは事前に、ウィリアムが余波で被害を出す許可を得ているのだ。依頼書には直筆のサインがあるのだから、法的な問題にするのも無理があった。


「まず、王命王命と繰り返していますがねぇ。そんな王命が出ていないことは確認済みですよ」

「何を言う。私が虚言を弄しているとでも言いたいのか!」


 何より目の前で偉そうにしている役人が、適当なことを吹かしているとも知っているので、ウィリアムはもう半笑いだ。


「まあ貴方か国王陛下の、どちらかが嘘つきになりますね」

「な、なんと無礼な……」


 震える役人を捨て置き、ウィリアムは懐から書状を出した。

 これは今朝・・王城を訪れて、国王から一筆書いてもらったものだ。


「だって王様もねぇ、与えたのは被害の調査に関わる権限だけだって、念書をくれたんですよ。貴方が主張を曲げないなら、王命詐称罪の容疑で連行するように……ですって」


 テオドールには手出し無用。その交渉は既に終わらせてある。


 ウィリアムは国王本人と直々に対面してきたのだから、国の威信を笠に着た恫喝など、初めから無駄だった。


 旗色不利を悟った役人だが、しかしここで引くわけにもいかずに、彼は突っ張る。


「当家は代々王家に忠義を尽くしてきたのだ。これも回りまわって、全て王家のために――!」

「……せいっ」


 この高説が正しいか否かを判断するのは、僕ではなく国王陛下だよね。そう考えたウィリアムは素早く役人の背後に回り込み、手刀で意識を刈り取った。


 絶妙な力加減で気絶させた役人を肩に担ぐと、彼は爽やかな笑顔でギルドの役員に告げる。


「じゃあ僕はこれを王宮に捨ててくるから、後始末は頼んだよ」

「え、ええと……承知致しました。彼の命令は聞かなかったことにしておきます」


 告げられた方は急展開に目を回したが、どうやら役人は越権行為で裁かれるらしい。

 ならば沈む泥船に付き合うこともないかと、腰巾着は素直に頭を下げた。


「うんうん、物分かりがいい人は好きだな。それならついでにこれも頼むよ」

「これは何ですか?」

「テオ君を正式な同行者にするための書類さ。そちらで処理をしておいてくれたまえ」


 片手で1枚の紙きれを手渡すと、ウィリアムは気絶した男を担いで窓枠に足を掛ける。


 行きも帰りも窓から出入りしているのだから、勇者ともあろう者の行儀の悪さに、ギルドの役員は目を丸くしていた。


「彼を気遣いながらだと……王都までは走って半日かな」


 通常は馬車で5、6日の道のりなので、これは完全に人間の走力ではない。

 しかしもう、この人類という規格から飛び出た男に何を言っても無駄ではあった。


「ああもう、こんなことをしている場合じゃないんだよ。お父さんがいないうちに若者たちの恋愛事情が進展していたら大変だ! やはり急がなければっ!」


 ウィリアムの頭を占める考えは既に、小汚い陰謀から恋愛にシフトしていた。弟子と娘だけではなく、同行している他のメンバーとでも、どうにかなりかねない状況だからだ。


 そのため多少荒っぽい運送になるのも仕方がないことだと、超高速移動による小役人への被害は、必要経費だとすぐに割り切った。


「待ってろよテオ君、レビィ、その他うら若き乙女たちよ! あーっはっはっはっ!!」


 わけの分からないことを叫びつつ、ウィリアムは窓から大空に飛び立つ。

 そして取り残されたギルドの職員は、怒涛の展開に戸惑うばかりだった。


「え、あの……」


 しかし話し相手は数秒で視界から消えてしまったため、取り敢えずはこの書類を処理しなければと、取り残された彼は溜息を吐いた。


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