第三十話 国外逃亡



 ガタゴトガタゴトと振動が響き、そのうちガタンと大きく揺れた。

 衝撃で目を覚ましたテオドールの視界には、見慣れない天井――ほろが広がっている。


「……馬車?」

「あら、起きた?」


 彼は幌馬車の床で横になっており、額には濡れタオルが乗っている。


 強めの筋肉痛と二日酔いを混ぜたような倦怠感に苛まれながら、彼が広めの車内を見渡すと、まずはレベッカとヴァネッサが傍にいた。


「ええっと、何をしていたんだっけ」

「まあ仕方ないわね、3日も寝ていたんだから」


 彼は黒龍を仕留めてからの記憶がないため、今が一体どういう状況なのかと、寝たまま首を捻った。すると馬車にはドラ子の他に、全身を包帯でぐるぐる巻きにした――謎の人物が同席していた。


「うおっ!? ミ、ミイラの魔物――いだっ!?」

「違う。安静にしておいて」


 ただの怪我人だ。レベッカは短くそう伝えてから、いそいそとテオドールの近寄り、回復魔法を当てていく。


 ウィリアムが抜けた代わりに珍妙な同行者が加入しているが、外の光景を見る限りは人里から離れている最中だ。

 依然として状況が呑み込めないテオドールは、手当を受けながら再度尋ねた。


「えっと……まず、何で僕たちが馬車に?」

「移動中だから」

「ああ、うん」


 馬車とは移動するための乗り物であり、乗っている以上は移動中だ。

 しかし聞きたいのはそこではない。


 久しぶりに噛み合わない会話になったと思いながら、テオドールが別な聞き方をしようとしたところ、それよりも早くヴァネッサが手紙を取り出した。


「ウィリアム様からの書置きを預かってきたから、まずはこれを見て」

「そう言えばいないね、ウィル」


 ヴァネッサから手紙を受取ろうとしたが、テオドールは能力行使の反動が強く出ており、右腕を上手く動かせなかった。

 それを見かねたドラ子が代わりに封を開けにきて、代理で中身を読み上げる。


「やあ、元気にしているかなテオくん。あーっはっはっは」

「ちょっと待って。冒頭からもう、色々言いたいことがあるんだけど」

「書かれた通りに読んでいますよ?」

「……笑い声とかは省略していいから」


 高笑いだけで本人の幻影が見えるくらいだ。これも一つのトレードマークなのかと呆れるテオドールに向けて、ドラ子は内容を読み進めた。


「あそこまでの武器を作り出せるようになったとは、成長してるねぇテオくん。あの攻撃方法は必殺技にカウントできる完成度だと思うよ」


 《超規格外》は、勇者が認めるほどの大威力だった。だから制御ができるようになれば、名が轟く日はそう遠くないのかもしれない。


 そんな妄想で口元が緩んだテオドールに向けて、彼女は更に続ける。


「ただ、少しやり過ぎたよねぇ。派手なのはいいことだけど、目立ち過ぎだよテオ君。仕方がないから安全のために、当分は雲隠れしてもらおうと思うんだ」

「えっ?」

「追われる理由は彼女たちに聞きたまえ。僕は適当にあしらってから合流するとするよ、あーっはっ……こほん。以上です」


 この書置きは、テオドールの混乱を広げるばかりだった。

 だから彼の様子を見たヴァネッサは、至極当たり前の事実を告げる。


「あのね、テオ君の能力は下手をすると、国家転覆に使えるのよ」

「こっかてんぷく?」

「反王家の貴族たちに武具を配るとか、不穏分子に矢玉を提供するとか、色々とできるじゃない」


 長い間落ちこぼれ扱いされていた分、承認欲求に飢えているという自覚はある。しかし彼はただ有名になりたいだけだ。


 悪名は要らないどころか忌避しているため、現政権を転覆させて目立つなどと、そこまで物騒なことは全く考えていなかった。


「しないよ、そんなこと」

「するかしないかじゃなくてね、できるかできないかが問題なのよ。……ほら、よく考えたらうちの街も要塞化しちゃったし」


 ただの街が数日で軍事要塞と化したのだ。王家に反抗している貴族の街や村で、これを標準仕様にしていけば、反乱を起こすだけの戦力は数ヵ月で整う。


 そんな人間が国内にいるとなれば、体制側としてはたまったものではなかった。


「だから僕が、危険人物に見られているってこと?」

「危険なのは確実だけど、上手いこと利益を搾り上げようとする動きもあるみたいで」


 上手いこと搾り上げる。テオドールはそう言われてもピンときていないが、彼以外は全員頷いていた。


「例えばテオさん、この国には金山がありません」

「ああ、そういうこと」

「分かったみたいだけど、規格外の金を無限に生産できるんだから、テオくんが金山の代わりになるでしょ?」


 大量の物資が生めることは大々的に証明されており、事実として鉄でも金でも、生産コストはそれほど変わらない。


 今回のような無理をすれば一度で限界を迎えるが、休み休みやれば生産量は更に上がる。


「食料不足なら小麦を生産すればいいですし、直接パンを生産してもいいですよね」

「開拓とかにも便利なんじゃない? 規格外の集合住宅とか……できるなら、規格外のを生産とか」


 テオドールはまだ若年のため、成長の余地もたっぷり残っているのだ。

 能力値の上限もいずれは2倍、3倍と伸びていく。


 将来的にはどんどん脅威度が増していくが、それと反比例するように、生み出せる資源が膨大になる見込みも立っていた。


「テオはとても便利」

「好き勝手言ってくれちゃって、まぁ」


 リスクもリターンも高い存在となった彼は、確かに上から目を付けられても仕方がないと納得して、座して待った場合の結末を思い浮かべた。


「つまり今のうちに僕を暗殺するか、どこかに閉じ込めて資源生産機にしようってことね」

「早い話がそういうことよ。まあ勇者の仲間を暗殺するだなんて外聞が悪いから、体面のためにも子爵くらいの地位で叙爵されたと思うわ」


 上手く取り込めば、金の卵を産む鶏になるだろう。そう考える人間がいても確かに不思議ではない。

 しかし一番現実的なルートを聞いたテオドールは、渋い顔をした。


「……僕が思い描く成り上がりとは違うなぁ、それは」


 国民的ヒーローになりたいとは思うが、戦略資源がどうとか利権がどうとか、そんな汚い政治の世界に足を踏み入れたいとは思わない。


 彼は左団扇の貴族になるよりも、B級冒険者になる方が魅力的とすら感じていた。


「そういうことで、ウィルが何とかしてる」

「彼が役人たちの目を引き付けているうちに、私たちは悠々と国外逃亡ってわけ」


 ウィリアムを残して、馬車で移動している経緯はそんなところだ。包帯の人への説明は無かったが、ドラゴンの襲撃で怪我をした人を運んできたのだろう。


 その程度の理解を頭に思い浮かべてから――テオドールは、この場に居てはいけない人間がいると気づく。


「ヴァネッサまで付いてきたらダメじゃないか」


 出奔したお嬢様を連れ戻す依頼を受けてから、まだ半月も経っていないのだ。

 呆れるテオドールの前で、領主の娘は暗い笑顔を浮かべながら呟いた。


「……家出よ、これは」

「家出で国外逃亡するお嬢様なんて、聞いたことがないんだけど」

「だって、お父様が」


 彼女はポツポツ話し始めるが、要約すると陣頭指揮を執った無茶を叱られていた。


 領主は「どうしてそんな危ないことをした」という、ごく普通の説教を繰り広げたが、片や娘は「屋敷に引っ込んでいたお父様に怒られる筋合いはない」と言い返して、盛大な喧嘩に発展している。


 そんな折に、彼女は気づいた。国外に向けて出発する聖騎士様ご一行がいるではないかと。


 渡りに船とばかりに同行を打診したところ、ウィリアムはあっさり許可を出した。

 そんな経緯で彼女はここにいる。


「……勘弁してよ。下手をすると僕らが誘拐犯扱いされるんじゃないの?」

「そこは大丈夫よ。レベッカ様と一緒にいれば大事にはならないわ」

「レベッカ?」


 気楽な物言いを好むヴァネッサが、何故敬称を使うのか。

 疑問に思ったテオドールがレベッカを見ると、無表情のままVサインを作っていた。


「私とウィルは、これから行く国のお偉いさん」

「つまり国境もフリーパスで通れるってことよ。ね? 好都合でしょ?」

「ああ、うん。それで、どこに向かっているのさ」


 テオドールは他国の貴人を堂々と利用する、ヴァネッサの胆の太さに驚いた。

 しかしそれよりも先に、仔細を聞いておくべきだと考えを切り替える。


 この自由人たちがお偉いさんという国に、そこはかとない恐怖を感じていたからだ。


「行き先はローズ・ガーデン公国」

「龍人の里も公国の傍にあるから、ついでに寄れるわよ」

「なるほど。色々と計算済みなのは分かったよ」


 確かに竜の襲撃が終わり次第、ドラ子を故郷に送り届ける依頼を受けていた。


 テオドールが気絶している間に話はまとまっていたが、依頼の目的地でもあるというなら、彼としても特に言うことはない。


「道中で、テオに回復魔法をかけていく」

「分かった、頼むよレビィ。ちょっと無理をし過ぎて身体がガタガタなんだ」


 いずれにせよ、限界を超えてぶっ放したテオドールは行動不能状態だ。

 2、3日で元通りになる体調ではないため、この長旅はいい静養期間でもあった。


「そう言えば、気絶する前に何かあったような気がしたんだけ――」

「気のせい」

「いや、確かにレビィが」

「気のせい。あとこれ、マクシミリアンとかいう人からの手紙」


 そんなやり取りをしながらも、馬車は北に向かってのんびり走る。


 奇妙な一行は勇者たちの故郷、そしてドラ子の郷里に向けて旅を続けた。


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