第二十四話 超規格外



 不良品や劣化品を創ることしかできなかった《規格外》というスキルは、以前よりも使い道の幅が広がっている。


 より強靭な生物に化けられるようになり、戦力が増強されたことは間違いないが、しかしテオドールは変身を便利に使い過ぎた結果、望まぬ方向にも進んでいた。


「お、こっちに飛んできた。……よし、タイミングを合わせよう」


 規格外の応用範囲が広すぎて、正体が分かりにくいことも原因だが、変な噂の大半は変身能力のせいで広まったのだ。

 そして元を正せば、これも元々は修行の副産物で生まれた、イレギュラーな使い方だった。


「だからこそ、劇的な勝利を掴むなら僕自身の技で。オリジナルの技で決着をつけるべきなんだ」


 つまり噂を払拭して名声を得たいと願うなら、「テオドール」という冒険者を象徴するような、代名詞的な必殺技が要る。


 それも今までの噂を全て上書きするほどの、圧倒的な象徴が必要となるため、今回の彼は正しい・・・使い方で戦うことにした。


「ウィルの肉体を再現するだけじゃ、ただの劣化コピーだからね」


 将来的にウィリアムを超えたとしても、それまでの期間に広まった称号を打ち消すのは難しい。

 劣化勇者などという二つ名も、彼は求めてはいないのだ。


「だから《規格外》のテオドールが残した伝説を、この地におっ立てるんだ」


 テオドールが戦況の推移を見守っていると、地上組がドラゴンの挑発に成功して、敵の意識が下方に向かった。

 時は今だと思い、彼は小鳥の身体になって空を翔ける。


「まあ結局、変身はするわけだけど……これくらいならセーフでしょ」


 目的地はドラゴンの背中で、やや首寄りの位置だが、人間ですら塵芥だと思っている黒龍が、小さな鳥をせせこましく警戒しているはずがない。


 無事に取り付いて変身を解除したテオドールは、すぐにチャージを開始した。


「ちょっと溜めがいるけど……よし、いけそうだ」


 現状の手札を並べてみても、敵が飛んで逃げた場合は追いつく手段がない。

 だからこその不意打ちであり、組み付くまでが最難関だった。


「二人とも、お疲れ様。少し準備に手間取ったけど、もういいよ」


 目論見通りの展開を作り出した彼は、いつでも発動できる状況を作り出してから、仲間たちと二言三言の言葉を交わした。


 鱗を貫通して、肉に食い込むほど強く、強化した右手で黒龍の背を掴むと――次は左手に最大の力を込めて、スキルの解放準備に入る。


「さあ、ドラゴンスレイヤーの称号……貰っていこうかな!」

『な、なんだこいつは! 待て、何をするつもりだ!?』


 黒龍は狙いが分からないまでも、背後から発された尋常ではない光に危機感と戸惑いを覚えた。

 対するテオドールは、既に勝利を確信したような声色で言う。


「何をするのかは、見てのお楽しみだよ」

『小癪な! 振り落としてくれるわ!!』


 黒龍はブレスを中止すると、空に羽ばたいて加速を始めた。


 人や馬では絶対に出せない速度で空を翔けると、テオドールの顔には凄まじい風が吹きつけてくるが、どれだけ逃げようとスキルは既に発動した。


『な、なんだ、何が起きていると言うのだ!』


 この黒龍が戦闘慣れしていれば、また話は違ったはずだ。

 しかし彼は実戦経験に乏しく、正面突破以外の戦法も取ったことがない。


 窮地に陥ったことがないこと。それは土壇場で、何よりも恐ろしい欠点となる。


 恐怖と混乱、焦燥に駆り立てられた結果、とにかく飛行速度を上げて背中から振り落とす以外の手を、黒龍は咄嗟に思いつかなかった。


『ええい、離れろ下郎が!』


 逆さに飛んだり、背中を地面にぶつけたりせず、速度だけで振り落とそうとしている。


 しかし1割とは言え勇者の握力でしがみ付いているのだ。自重を支えることは容易く、テオドールは一向に落ちなかった。


「手遅れだよ。出てくるのが遅れているだけで、もう出現場所は決まったから」


 彼はドラゴンの背に掌を密着させているが、周辺の鱗がミシミシと嫌な音を立てたかと思うと、それらを押し退けるようにして、規格から外れた物体が姿を現し始めた。


 鱗が破損すると同時に、限界を超えるほどの力を注ぎ込んだテオドールの身体が、悲鳴を上げる。


「消費は酷いけど……でも街から離れた今なら、青天井でいける!」


 全身の血管がきしみ、最大限度まで魔力を絞り出したことによる、船酔いのような症状がテオドールを襲う。

 しかし一発勝負であるため、彼は一切の妥協をしなかった。


「見た目がカッコいいから、本音を言えばペットにしたいんだけどね。やり過ぎた分の報いは、きっちりと受けてもらうよ」


 彼が生産するものは正しく規格外品だ。

 扱える人間がどこにもいない、正真正銘の不良品だ。


 テオドールは持てる力の全てを振り絞り、思い描いた品を具現化させる。


「全長100m、重量は――30トンくらいかな?」

『や、止めろ! だから一体、何をする気だというのだ!』


 切れ味もデザインもどうでもいい。質感、手触りなど更にどうでもいい。


 必要なのは大きさと、ある程度の硬さだけだ。それ以外の全てを劣化させて、コストを下げながら、彼は際限なく生産品を巨大化させていく。


「はは、完、成……だッ!!」


 品物が形成される直前。天に立ち昇る光が、夕日の光と交じり合った。


 発動の余波により曇天が吹き飛ばされ、黒龍の抗議など意に介さずに、それ・・はこの世に姿を現す。

 天空を斬り裂く巨大な刃は、まさに鋼鉄の塊だった。


「《規格外》スキル、奥義!」


 人類史上最高最大の大きさにして、誰も扱うことができない装備。使い手のことを全く考えていない――究極の不良品。


 この武器の用途はただ一つ。敵の頭上で出現させて、押し潰すことのみだ。


「食らえ! 《超規格外品・・・・・》の、大剣を!!」

『うごぁあああ!?』


 黒龍の背中を起点にして生まれた大剣は、その身を貫きながら超高速で地上へと落下していく。


 それは生成を終えた端から如意棒の如く伸びていくため、テオドールと黒龍の距離はすぐに離れていった。


「堕ちろ! ここがお前の処刑場だ!」

『こ、この、カスがッ! 最強種たる龍が、こんなことで!?』


 黒龍の首元に突き刺さった大剣は、ウィリアムが戦闘を繰り広げていた地点よりも、少し東に逸れた地点を目指して突き進んでいく。


『ふ、ふざけるなッ! 誇り高き黒龍の、我がッ――!』


 いくら暴れようとも、半ば串刺しの状態では逃れようがなかった。

 ギロチンごと地に落ちる黒龍を見送りながら、テオドールは人生最高の大声で叫ぶ。


「このまま、ぶっ潰れろぉぉおおおおッ!!」

『ゴアアアアアアアアアッ――!?』


 雄叫びを上げた直後、黒龍の身体が地面に激突した。そして超規格外品の大剣が一瞬遅れて着弾すると、重さに任せて難なく巨体を押し潰す。


 山肌に突き刺さった巨大な剣は、周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒して、土砂崩れを巻き起こすほどの威力で敵を絶命させた。


「よし、やったぞ! ……って、あれ?」


 大剣が山に激突した瞬間、大地が揺れるほどの衝撃が発生したのだ。


 地下水脈まで貫通したのか、間欠泉かんけつせんのように空へ流れる滝まで出現して、火山噴火と見紛うばかりの地獄絵図が生まれていた。


「うっ、うわぁあぁあああ!?」


 木や岩が上空に打ち上げられ、土が噴き上がる様は災害そのものだ。

 着弾地点を中心にした大崩壊の方角に落下しながら、彼は思った。


「あっ、これ、死ぬかも!」


 テオドールの脳裏には何故か、幼少期のマクシミリアンがニコラスを抱えながら、深い池にダイブした場面が思い返されていた。


 皆で笑っていた光景を皮切りに、今までの人生で得た経験が矢継ぎ早に流れていくが、これは本物の走馬灯だ。

 このままでは激甚の中に落下するのだから、何らかの防御をするか、空に飛ばなければ当然死ぬ。


「へ、《変身》! ……あれ? え、ちょっと」


 しかし調子に乗って、生産容量の限界を超えたばかりだ。絶対に仕留めてやるという気持ちが先行し過ぎて、変身に必要なエネルギーまで全て消費している。


 小鳥になる余力も残されていない彼には、まるで打つ手がなかった。


「もしかして、ドラゴンと相打ちした英雄として、語り継がれるパターン?」


 その結末に心が躍った彼はもう末期だが、今と過去を行ったり来たりした走馬灯は、比較的最近の記憶にまで到達していた。

 最後に、レベッカと初めて会った時の光景がフラッシュバックして――次いで、本人が現れる。


「テオ。無事?」

「あ、うん」


 レベッカはテオドールの身体を空中で掴むと、そのまま横抱きにして跳んでいく。


 舞い上がる大岩の上を器用に飛び跳ねながら、災害の範囲から逃れていき、無事に着地した彼女は――後を追うようにして振ってきた大岩を、頭突きで粉々に粉砕した。


「や、やあ、レビィ。助かったよ」

「無茶しすぎ」

「いだぁ!? ……あう」


 テオドールは軽いお仕置きを食らったが、これは聖騎士のデコピンだ。


 成人男性からゲンコツを食らった程度の衝撃に悶絶してから、力を使い果たした彼の意識は、闇に沈んでいった。


「でも、まあ。頑張ったから……ご褒美もあげる」


 彼の顔に、柔らかく温かい何かが触れた。

 しかし何があったかを把握することなく、彼は戦いを終える。


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