第二十七話 作戦準備
戦場に向かうテオドールのサポートに選ばれたのは、奇しくも幼馴染たちだ。
しかし思い返せば、彼らは盛大な喧嘩別れをしている。
脱退を巡り、酒場を破壊するほどの大乱闘を繰り広げたことは、まだ記憶に新しい。
脱退に反対したマクシミリアンですら気まずそうなのだから、ニコラスの表情などはもう、テオドールからすれば「うげぇ」以外に表現しようがなかった。
「いや、あのさヴァネッサ。やっぱり僕は一人でも」
「ダメよ。そこの2人、もしもの時は引きずってでも彼を連れ帰りなさい」
ヴァネッサとしては、多少の確執があったとしても連携が取れる、実力者たちを迎撃に回すという合理的な判断をしただけだ。
勇者の弟子を死なせれば外交問題にもなるので、向こう見ずなテオドールを引き留める、ストッパーとしての役割も期待して選抜している。
経緯を詳しく説明しなかったのが裏目に出ていたが、いずれにせよ今から事情を話すのは無理なので、彼らは頷くしかなかった。
「承りました」
「けっ、分かりましたよっと。……で、テオ。何か作戦はあんだろうな?」
「まあ色々と。具体的には考え中だけどね」
考えがまとまっていないのも、作戦が決定していないのも本当のことだ。
しかし煮え切らない返事を聞いたニコラスは、やりきれないといった態度で頭を掻く。
「お前は俺らよりも先にC級に上がったんだろ? 昇格したってのに、相変わらず情けねぇ返事だな」
「だから、そういうのはよせと言っているだろう」
「へいへい。……んじゃこれ、頼むわ」
相変わらず不機嫌全開なニコラスは、鼻を鳴らしてから、手にした槍をテオドールに向けて放った。
「お、重っ!」
「あんな化け物と戦うんだ。今のうちに新品にしてくれ」
「分かったよ、もう。……けどこれ、前のやつより随分大きいね」
彼の得物は柄まで総金属のハルバードだ。以前は短槍を使い捨て感覚で使用していたが、テオドールの脱退以降は戦法を変えていた。
「現地でパカスカ交換できねぇから、デカくて頑丈なヤツを選んだんだよ」
「くくく……僕のありがたみが、ようやく分かるようになったみたいだね」
「うるせぇやい、さっさとやれよ」
渋い顔をするニコラスを前に、テオドールは強烈な達成感と優越感を味わった。
見返してやった喜びから、全身に鳥肌が立ってゾクゾクしているが――はしゃぐと負けた気がすると考えて――彼は冷静にスキルを発動させた。
「はい、完成したよ」
「あん? こいつはどこが規格と違うんだ?」
「少し軽くなって打撃力が下がった代わりに、規格品よりも切れ味を上げてみた」
ハルバードは防御の上から敵を打ち砕く、叩き下ろしが主な攻撃方法であり、重さと頑丈さが売りの武器だ。
軽量化したことをデメリットと捉えることで、生産コストは多少なり軽減されていた。
しかし取り回しの良さはメリットにもなるため、全体的な性能はむしろ上がっている。
「……こんなことができんなら、最初からやれって話だ」
「できるようになったのは最近だからさ。ほら、防具も調整するよ」
「すまんな、テオ」
近頃では変身にばかり目が行っていたが、本来の用途は規格外品を生み出す力だ。
オーバーテクノロジー品を創ると消耗が激しいため、どうしても劣化箇所を増やしたくなるが――このやり取りで、テオドールにはピンとくるものがあった。
「そうか。品質を度外視して劣化させまくれば、一撃必殺までいけるかな。ちょうど囮役になれる2人がいるし……」
「何をブツブツ言ってんだ?」
テオドールはドラゴンを倒す手段を思いつき、具体的な手法をシミュレートをしていく。
そしてようやく彼は結論に至り、手を打った。
「いや、何でもないよ。ちょうど作戦も思いついたから、あの時計台で迎え撃とうか」
テオドールは西の区画にある、時計塔を指す。
爆散させれば破片による被害は甚大であり、街のランドマークの一つでもあるため、自分がドラゴンの立場なら絶対に狙う建物だ。
しかしそこは竜が押し寄せているエリアにほど近い、これから激戦となりそうな地区でもある。
「まさか俺たちだけで、あそこまで切り込む気か?」
「正気じゃねぇな。パーティ全員でも行きたかねぇ」
「大丈夫だよ。僕がついてるから」
新規加入をした女性陣は興味なさげにしているが、その横にいるドニーは、歯ぎしりしながらテオドールを睨みつけていた。
「ええと……いいや、行こう」
大物風を吹かせたのがよほど気に入らないのか、領主の娘であるヴァネッサがいなければ、掴みかかってきそうな剣幕だ。
鋭い視線を向けられた理由は分からず終いだが、何にせよ彼らは走り出した。
「できれば力を温存したいんだ。道中で襲撃があれば、全部任せるから」
「けっ、まあ策があるってんならいいけどよ」
「そうだな。指示は頼む」
マクシミリアンはともかくとして、ニコラスも悪態は吐くものの、従う姿勢は見せている。
――足手まといだと追放された男の提案に、こうも簡単に乗れるものだろうか。
テオドールが彼らの立場なら、不安を覚えるような場面ではあるが、すんなりと受け入れられて逆に困惑した。
それでも問題はないと知り、彼は作戦の概要を続ける。
「ええと、まずは時計塔まで護衛してもらって、目的地にドラゴンが飛来してきたら注意を引き付けてほしい」
「どれくらいだ?」
「最低でも10秒。できれば20秒は欲しい」
注意が向く程度の攻撃はしなくてはならないが、戦闘職の2人が近距離から全力で仕掛ければ、
趣旨を理解したニコラスは、新調したばかりのハルバードを叩いて言う。
「それなら俺がこいつを放り投げて、反撃をリーダーに防いでもらうとしますかね」
「妥当な線だな」
「うん、それがいいと思う」
一息で城壁を溶かし、体当たりで城門を突破するような怪物が相手だ。
真正面から相対しては、通行する余波で倒されてしまう。
しかし今回は防御に特化したマクシミリアンがいるため、彼らは重戦士スキルの耐久力に期待していた。
つまり準備万端で待ち構えれば、彼が初撃で討たれることはないという、信頼に基づいた戦法だ。
「僕の狙いに気づいたドラゴンは、多分逃げ出すと思うんだけど……その先は調節が難しいから、出たとこ勝負でいくよ」
動きさえ止まればこちらのものだ。そう言わんばかりの顔をしたテオドールは、一度の機会に確殺するつもりで、ドラゴンが逃げる予想まで立てている。
だがこれは補佐の2人からすると、にわかには信じがたい話ではあった。
「お前は一体、何をする気なんだよ」
「今までの経験と、最近身に着けた戦法を組み合わせて戦ってみる。詳しくは見てのお楽しみだけどね」
「はいはい、勇者サマの特訓とやらでどれほど伸びたか、期待させていただきますよっと」
市街地に入った彼らは、所々に散らばる瓦礫を乗り越えて目的地を目指したが、この頃には竜の大群が防衛兵器の射程圏に入っており、射撃音が聞こえ始めていた。
「この辺りには流石に誰もいないか。……なあ、少しいいか?」
「何か懸念が?」
「いや、別件だ」
周囲に人影がないと確認したマクシミリアンは、真剣な面持ちで切り出した。喧噪の中であり、誰かに聞かれる心配もないが、敢えて小さな声で彼は言う。
「テオ。今の俺が信用できるのは、ニコラスだけなんだ」
「唐突だなおい。愛の告白ならお断りだぜ?」
「真面目な話だから、茶化さないでくれ」
ドラゴンは東の空に見えているため、今すぐに状況が開始されることはない。
まだ猶予があると見て、マクシミリアンは密談を持ちかけた。
「テオにも伝えておきたかったから、俺たちだけになれて好都合だったな」
「ねえ、何の話なのさ」
「シャルの話だ」
シャーロットのことはテオドールも気にしていたので、仔細が知れるなら、早いうちに知りたいところではあった。
彼が頷いたところを見て、マクシミリアンはまず、再会した時の話を持ち出す。
「ニコラスが言っていただろう、あんな任務でどうして死んだって。確かに状況は不自然だったんだ」
「と言うと?」
「まだ断定はできないが、殺された可能性があるとだけ言っておく」
話しぶりからして、容疑者はここにいないパーティメンバーの3名だ。
その現場にいたニコラスも大筋で同意して、今日一番のしかめっ面を浮かべた。
「考えたかなかったんだけどな……まあ、あり得るとは思うぜ。近頃は雰囲気も怪しかったしよ」
「誰が、何のために?」
「それは分からないが、内密に調べてみようと思っている」
いずれにせよ、生きて帰れたらの話ではあった。
そして地上に誘引されたドラゴンを、上方から仕留める作戦なので、テオドールの持ち場は時計塔の上だ。
彼らはちょうど現場に到着したため、ここからは別行動となる。
「今朝、テオの宿に手紙を預けておいた。もしも俺が命を落としたら、後のことは任せるって……それだけ伝えておきたかったんだ」
流石に長々と話し込むほどの余裕はないので、マクシミリアンはここで話を打ち切った。
しかしいかにも、死に別れしそうな雰囲気のある発言だ。これにはテオドールも、苦笑しながら軽口を叩く。
「縁起でもないね。それに宿屋は、戦後に残っていないかもよ?」
「……それもそうだな。無事に済んだらまた連絡を入れるから、どこかで落ち合おう」
後ろ髪を引かれるところではあるが、戦闘に集中しなければ、あっさりと殺されかねない場面だ。
「上から仕掛けるけど、死なないでよね。聞きたいことが沢山できたから」
「ああ、分かってるさ」
「お前こそトチるなよな」
テオドールは思考を切り替えると、右腕を巨大化させて時計塔の扉を破壊した。
最上階の鐘に続く階段を駆け上がった彼は、持ち場に着いてすぐに、街の東方を眺めて呟く。
「かなり気になる話ではあったけど、まずはあれを倒してからだね」
街への被害が甚大になりそうな戦法を取ると決めたが、ドラゴンを自由にさせておくよりはマシだ。
そう片づけて手順をおさらいした彼は、時計盤の真横で機を待った。
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