第二十六話 血が騒いだというか



「始まったわね」

「あの二人のことだから、どうせ瞬殺だよ」


 街で待機しているテオドールは、ヴァネッサの護衛を兼ねて防壁の上にいた。


「どうしたの? 敵が来ないのはいいことじゃない」

「それはそうだけど」


 街に流れてくる敵は非常に少なく見積もられているため、テオドールとしては前線への配置を希望していた。

 しかし振られた役割は防衛戦への参加であるため、士気は高くない。


 さりとて勝手に特攻をしても得られるものは無いので、彼は守備隊の面々と共に待機をして、山の方を眺めていた。


「まあ、ずっと気を張っていても疲れるだけだから、リラックスしていこう……ふわぁ」

「あくびまでするなんて、気が抜けてるわね」


 戦況は圧倒的に有利どころか、一方的な虐殺が行われているようにしか見えない。

 楽勝ムードが漂っていたこともあり、テオドールは退屈そうに伸びをした。


 そして上体をのけぞらせて、視線が上に向かった時。彼は上空に広がる分厚い雲を突き抜けて――巨大なドラゴンが姿を現した瞬間を、目撃することになった。


「お、おお!? うわわわわ!」


 驚いて尻もちをついた彼の横で、何だ何だと真上を見上げた兵士たちが、大慌てで叫び始める。


「て、敵が街の真上から来るぞ! 対空迎撃、用意!」

「駄目です! バリスタの射角から外れます!」


 防壁に設置したバリスタは、横180度、縦60度しか動かない。街の中心に向けて、真っ直ぐ真上から襲撃してくる敵には対応できないのだ。


 つまりテオドールが作った防壁も守城兵器も、一瞬でただのオブジェと化してしまった。


「えっと、山にいるのは囮で、ボスは雲に隠れながら進んできたってこと?」

「そ、そうみたいだね」


 仕方なしに魔法での一斉攻撃が始まったが、それほど効いているようには見えない。

 一転して窮地に叩きこまれた戦闘員たちからは、悪態の声が相次いでいた。


「火炎は効果が薄いから、氷結系で対応しろ!」

「もうやってる! あのデカブツ、氷も効かないぞ!」


 文句を言いながら攻撃を続ける兵士と冒険者たちだが、旋回能力が高く、そもそも命中率が極めて低い。

 まぐれで幾らか当たったところで、有効打にもなっていない。


 そうこうしているうちに、地上に接近したドラゴンがブレスを吐いて、街の中心部にあった広場を火の海に変えた。


「今なら落とせる。よし、行くぞ!」

「駄目だ、もう飛んだ!」

「何だよ畜生!」


 地上部隊からの集中砲火が向けられる前に、ドラゴンは再び飛び立った。今度は東の区画を襲いにいくが、機動力が違い過ぎて誰も追いつけていなかった。


「どこかで待ち伏せしないと、攻撃の機会もないか」


 超高速度で飛行している相手ならば、どこかで待ち構えなければ相対することすらできない。

 しかしテオドールの現在地は南側の防壁上であり、商業区画のため人口密度は薄い場所だ。


 ――人的被害の拡大が目的ならば、恐らくこちらには来ないはず。そう思い、彼は防壁の上を西側に向けて走ることにした。


「ちょっと、どこに行く気!?」

「迎撃してくる!」


 今の彼は勇者の肉体を、60%の再現度で、5秒ほど維持できるようになった。


 しかし回復魔法の補助なしでは、発動後1週間は行動不能になるほどの反動がくるため、使うとすれば最初で最後の切り札だ。


「初手から切らざるを得ないんだから、まだ手札が足りないな僕は」


 しかも再現できるのは肉体のみだ。勇者のスキルまでは使えないが、周囲の光景を見た彼はふと、不安を覚えた。


「この剣で届くかな?」


 アイテムバックから持ち出した剣は、ウィリアムが持つ業物の規格外品だ。

 名品は名品だが、刃渡りは一般的なロングソードよりも多少長い程度となる。


「これで倒そうとするなら、ブレスを避けて頭部を切り裂くか、ノドを貫くかのどちらかか」


 もちろん槍や大剣に持ち換えるという手もある。しかし扱い慣れていない武器を、この土壇場で試してみるのはリスクが大き過ぎた。


「それなら安全策で、大岩でもぶつけて倒そうか。……いや、これも一発勝負かもな」


 相手は高速移動でのヒットアンドアウェイを続けているが、空中戦で付いていけるはずはない。

 上空から岩を降らせる戦法は、ただでさえ命中率が低いため、今回は封印だ。


 では地対空で考えても、最大強化に持っていくまでには時間がかかる。そして強化を維持できるのが5秒だけとなれば、周囲と同じように攻撃を外す可能性も高い。


 そして外した瞬間に、ドラゴンの優先攻撃目標は、有効打を与えられそうな自分に切り替わるため――ロックオンされて確実に死ぬ。


「パワーを抑えて連打する方法もあるけど……ああもう、どうしよう」


 街中から魔法攻撃を浴びせられても、びくともしない耐久力を鑑みるに、直系3メートルほどの岩を全力で投げつけたところで、仕留められそうにもない。


 20%勇者の肉体で飛び回りながら、岩石を連打するという方法が一番確実な気はしていたが、いずれにせよ長時間は戦えない戦法だ。


 回避力が高い上に持久戦を強いられるドラゴンは、テオドールにとっては相性が良くない敵だった。


「ねえ、テオ君ってば! ちょっと待ってよ!」

「え? いやいや、どうしてヴァネッサがついてくるのさ!」

「一番生き残れそうだから!」


 ドラゴンに正面から喧嘩を売ろうとしているのだから、むしろ一番危険な場所ではある。


 しかしテオドールは死にそうにないため、横にいれば安全という考えを基に、彼女は護衛や予備戦力を連れて後を付いてきた。


「そんな無茶な……」

「どの道もう、安全な場所なんてないでしょう?」

「それはまあ。それじゃあ、移動しながら話そうか」


 追いかけてきたヴァネッサ以下十数名の人間と合流して、西側に向けて移動しながら、彼は更に作戦プランを練った。


「ブレスを撃つ前後で動きが鈍るから、そこが狙い目だね。加速されたら捕まえられないから、敵の攻撃中に叩こう」

「無謀な作戦だけど、策はあるのよね?」

「ないよ。力押しでいく」


 言い切った瞬間ヴァネッサの顔が絶望に染まり、恐る恐るテオドールに尋ねた。


「え、作戦がないのに、なんで飛び出したの?」

「いや……そこはほら、血が騒いだというか、大物を狩った方が戦功が大きいから」


 相手がいくら強かろうが――というよりも――強い相手を倒さないと、有名にはなれないのだ。

 ドラゴンスレイヤーの名誉を得られる機会は、そうそう転がっていない。


 彼が即座に駆け出したのは、功名心という欲に背を押されたからでもあった。


「えっ? そんな理由で?」

「あそこまでの大物は初めてだけど、きっと大丈夫! いける!」


 自信に満ちた表情で胸を叩くテオドールだが、イチかバチかでしかない。


 運否天賦でドラゴンに特攻しようとしていたと知り、ヴァネッサの顔からは血の気が引いていた。


「え、あの、じゃあ、勝ち目は無いの?」


 無策で飛び出したテオドールを見て、愕然とする領主の娘だが、策は今考えているところだ。

 テオドールは至極真面目に、敵を倒せるような組み合わせを考えている。


 他の冒険者と比べれば対処の方法は多く持っているが、問題はどれを選んでも成功率が低く、どう転んでもギャンブルになるところだけだ。


「まるっきり無いわけでもない。限界ギリギリまで全力を出せば、なんとか」


 40%勇者の肉体プラス、最高の硬さを再現した岩石ならどうだ――と考えを巡らせている間にも、戦況が更に悪化した。


 進行方向から走ってきた伝令が、西の森を指して叫ぶ。


「山の裾野を抜けて、別動隊が現れました!」

「数は?」

「30ほどです!」


 悪天候を目晦ましにして、天空から降りてきたドラゴンに続き、西側の一角から小型の飛竜が攻め寄せてきた。


 高高度では飛べない亜竜が大量に飛来して、一点突破で防衛網を食い破ろうとしているということだ。


「あっちにも対処しなきゃいけないのか。そうするとスタミナ配分が……」

「ああもう、じゃあドラゴン退治は任せるから、他の人間で竜に当たるわよ!」

「えっ?」


 ヴァネッサは半ば自棄を起こしながらも、後からついてきた護衛たちや冒険者に向けて、誰がどのエリアを守るのかを指示していった。


 しかしテキパキと作戦を立てていく様を見て、珍しくテオドールが諫める。


「領主様に相談しないで、勝手に兵を動かしていいの?」

「お父様は腰抜けなのよ。今だって後方指揮を理由に引き篭もっているんだから、私が臨時で指揮を執るわ」


 本来なら兵長や軍団長がリーダーシップを取るところだが、混乱で指揮体制が崩壊しかけているので、ヴァネッサの指示に異論を挟む者はいなかった。


 領主が不在であれば、娘が次点の権力者というのは間違ってはいないこともあり、個々人で動くよりはマシだと全員が指令に頷いていく。


「あとそこの2人、近接系の職業スキル持ちでしょ? テオドールの補佐に入りなさい」

「……承知した。任せてくれ」

「……マジかよ」


 誰が補佐役に選ばれたのかと思い、テオドールが顔を確認すると、そこにいたのはマクシミリアンとニコラスだ。


 後方集団から歩いてきたマクシミリアンは頭を掻き、テオドールは困惑しながら愛想笑いを浮かべて、ニコラスは気まずそうにそっぽを向いた。


「……おう」

「ええと、うん」

「いや、まあ、やるけどよぉ……」


 適正を見て、適当に役割を振った結果がこれだ。テオドールが砲台モードに入るのならば、近接系の冒険者に護衛させるのが最適解となる。


 元々同じ集団に所属していたのだから、連携にも問題はないだろうという判断だが――当事者たちは――何とも言えない雰囲気になっていた。


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