第二十五話 どう転んでも負けはない
「テオ君が後ろにいれば安心できるね。あれほどありがたい後方支援も珍しいよ」
敵が飛来してくる方角に向かい、勇者と聖騎士は悠々と歩みを進めていた。
スタンピードの直前であり、今から派手に誤爆する予定でもあるため、近隣住民は既に退避した後だ。
誰ともすれ違わない道を、ひたすら行く彼らの前には、広大な山脈と分厚い曇天が待ち構えているばかりだった。
「テオは優秀。そろそろ同行もありだと思う」
「前線でも戦えそうだけど、適正は兵站というか……支援向きなんだよなぁ」
小国が亡びるほどの魔物襲来を前にしても、彼らは余裕の表情を見せていた。
それもそのはず、ウィリアムはB級の魔物を広域攻撃で殲滅できる猛者であり、横にいるレベッカも竜の攻撃では、傷一つつかない防御力を持つからだ。
純粋な戦闘で、負ける要素は皆無。
敗北条件は街が陥落して人々に被害が出ることだが、その可能性はテオドールの働きにより激減しているため、普段の戦いよりも気楽に構えていた。
「本人の性格を考えたら前線に行きたがるはずだけど、本当にどうしようか」
彼らの関心はテオドールに向いていたが、例えば今回の件では街の守りを徹底的に固めたため、討ち漏らした敵が攻撃を仕掛けても、滅多打ちにできる算段が立った。
本人が戦うよりも、周囲を強化する方が戦力向上に繋がるのは確実だ。しかしウィリアムが描く将来像もそちら寄りと察して、レベッカは不満そうな顔をした。
「……テオはうちの子。一緒に行く」
「まあ、連れて行きたいというなら、僕も反対はしないがね――」
二人が遥か前方に目を凝らすと、空を飛んでくる無数の影が見えた。
数は聞いていたよりも少ないが、他の村を襲いに行ったのか。或いは道中の村や街で反撃に遭い、討ち取られる個体が多かったのか。
理由はさておき、ウィリアムもレベッカも油断はしない。
「はてさて、その辺りは後ほど考えるとして、やりますか」
「……ん」
ウィリアムはいつもの通りに肉厚で幅が広い片手剣を抜き、レベッカは実家に代々伝わる、家宝のタワーシールドを構えた。
「《聖騎士》スキル。聖者の加護、身体強化、感覚増強」
レベッカが使える各種の補助を順番に載せていき、1分ほどの時をかけて入念に準備をしてから、ウィリアムは両手に力を籠めた。
「《勇者》スキル発動――雷鳴斬・
いつかテオドールに見せた、湖を真っ二つに引き裂くほどの閃光。それが無数に枝分かれして、次々と敵に襲い掛かった。
攻撃の余波で木々が薙ぎ倒され、着弾地点ではがけ崩れが多発する、この世の終わりのような光景だ。
一度剣を振るうごとに上空の敵が6、7体減っていくが、ここで注文が入る。
「撃墜位置は、もっと街道寄りに」
「あっはっは! これはどうも、位置調整の方が難しいねぇ!」
山の整地はもちろんだが、なるべく近場で撃墜する必要もある。あまりに遠距離だったり、谷に落としたりすると、素材の回収が困難になるからだ。
ウィリアムとしては、このレベルの敵を瞬殺できるのは当然であり、戦闘後の処理をどうするかの方が問題だと考えていた。
「ただ暴れて解決ってわけにもいかないか。世の中ってのは、本当にままならないよ」
「無駄口叩く前に、次」
テオドールと同様に、彼も金には困っていないが、金を受け取らざるを得ない立場にいるのだ。
街からそれなりに絞りとる以上、売却益は多めに落としていきたいと考えていた。
「はいよっと! 順調順調……だけど、何かおかしいんだよなぁ」
「敵の動きが?」
「手ごたえが無さ過ぎるんだよね。というよりも、お粗末過ぎる」
これだけの群れであればボスがいるはずだが、それらしき影も見えず、無秩序にただ突進して、淡々と撃墜され続けているのだ。
戦闘開始から数分で既に、全体の4分の1ほどが撃ち落とされている。
群れが急激に数を減らしているにもかかわらず、敵が前進以外の手を取らないところを見て、彼らは疑念を抱いていた。
「……罠?」
「そうかもしれない。数も事前情報より少ないから、後方を警戒した方がよさそうだ」
「分かった、先に行く」
指揮個体が見当たらない上に、群れの数が事前調査よりも少ないとなれば当然、別動隊の存在が疑われる。
そのためレベッカは武器と盾を背負い直すと、超速で街に向けて駆けて行った。
「最後に補助魔法を、掛け直してくれても良かったんだけど……まあいいか」
10分もあれば全滅させられるかと、暢気に考えていたウィリアムではあるが、街の上空から本命が現れたと見て、推測が当たっていたことを確信した。
「人間の嫌がることを学習したというか、何というか」
彼の眼には雲を引き裂いて、超高度からドラゴンが飛来してくる様が見える。
ご丁寧に街の真上から急降下していくルートのため、防壁もバリスタも役に立たない状況だ。
「つまりこの眷属たちは、完全な捨て石というわけだ」
手駒が減る程度の被害で、街が壊滅すれば安いものという思考が透けて見えた。
後方の街や国に被害が出れば、前線への補給が無くなり、戦力がガタ落ちすることを理解している節がある。
そうごちたウィリアムは、やれやれと首を振った。
「しかしまあ子分たちを、ここまで見事に使い捨てにするとはね」
好ましい作戦ではないと眉をひそめたが、しかしその表情はすぐに明るくなった。
竜を下僕にしている龍、ドラゴンが街に向かっているわけだが、その街には英雄になるかもしれない――誰よりも出世のチャンスを待ち望んでいる男がいる。
「いいさ、古龍でもないただの黒龍なら、ギリギリで彼の手に負えそうな気がするし、死にはしないだろう」
ドラゴンという生物は世界最強と目されており、守城兵器が有効に機能した場合でも、勝ち目は薄い。
しかし現れた個体は小ぶりで、成体かどうかも怪しい大きさだ。
通常のドラゴンよりも与しやすいと判断した彼は、後方を娘と弟子に任せて剣を振るった。
「今回の大将首はテオくんに譲ろうじゃないか。師匠からのプレゼントを――存分に受け取ってくれたまえ。あっーはっはっは!」
周りからのサポートがあった上で、テオドールが力を上手く使えば、ドラゴンも討てるだろうとウィリアムは笑った。
勝率はやや有利と見ているが、これは制限時間付きの戦いだと思い、彼はただ笑う。
「現状で最強の手札である、《60%勇者》は5秒も持続しないだろうけど、倒せるかな? 早くしないとレビィに、美味しいところを持っていかれてしまうぞ!」
テオドールが報われれば嬉しい。それは師匠として当然だ。しかし娘に手柄を取られて、涙目で強がるテオドールを見てみたい気もする。
という天邪鬼な思考をしているウィリアムは、爽やかで邪悪な笑みを見せていた。
「まあどっちに転んでもオイシイか。少なくとも僕に
彼はこの戦いの行方がどうなるのか、ワクワクしながら敵を撃墜し――怒涛の連撃で、山脈を丸ごと削り取っていく。
「土砂の処理はまとめてやるとして、このペースなら急峻の消滅までは30分くらいか。さて、地形の破壊を急がないと」
雄大な山脈を完膚なきまでに、完全にまっ平にすること。彼の仕事はそれがメインだ。
彼は自分の役割を果たした上で、戦闘の顛末をリアルタイムで見届けるために、破壊の力を徹底的に振りまいていった。
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