第二十四話 決戦前夜
出迎えのために防壁を降りてから数分。揃いの紋章が付いた、3台の馬車が城門を潜ってきた。
いずれの馬車も幌には真紅の狼が描かれているが、それはテオドールの幼馴染たちが所属している団体のマークだ。
「皆がいたりして……いや、まさかね」
「どうしたのテオ君。出迎えるわよ」
ヴァネッサが手を挙げると、馬車はゆっくりと彼らに近づいてきた。
派遣されてきた冒険者たちが全員馬車から降りて、援軍の冒険者たちと挨拶を交わそうとしたが、予感が的中したテオドールは戸惑っていた。
「あ、えっと」
「……おう」
まずはマクシミリアンとニコラス、続いてドニーが姿を見せたが、見知った顔はそこまでだ。
他には知らない女性が2人出てきたものの、シャーロットの姿は無かった。
「その、久しぶり」
「ああ、元気にしてたか?」
「それなりかな。そっちは?」
テオドールがマクシミリアンに調子を尋ねると、ニコラスはいつも通りの悪態を吐く。
「このシケた面を見て、順調に見えるかよ。シャルがいないことくらい、見て分かんだろうが」
「……怪我でもしたの?」
魔物を狩って生計を立てる職なので、怪我は付き物だ。
問題は程度だが、何気なく聞いたテオドールに向けて、ニコラスは苛立ちを隠せない様子でいた。
「アイツはな――」
「よせよニコラス。今のテオは部外者なんだから、クランの情報は」
「うるせぇよ。報せるくらいならいいだろうが」
ドニーは肩を掴んで止めたが、ニコラスはその手を振りほどいてテオドールに向き直ると、心底気分が悪そうに吐き捨てた。
「アイツは死んだよ。別行動中に、奇襲を食らって谷底に転落さ」
「どうして、そんなことに」
冒険者が危険と隣り合わせとはいえ、別れてからまだ幾ばくも経っていない。
突然の報せにテオドールの思考が停まったが、ニコラスはぶっきらぼうに吐き捨てるだけだ。
「あんな依頼でどうして死んだかなんて、俺が知りたいっつーの」
「そこまでにしておけ。人前だぞ」
マクシミリアンが引き留めると、ニコラスは口を閉じた。
しかし幼馴染が死んだという報せを、こうもあっさり伝えられたテオドールは、頭も気持ちも全く整理ができていない。
詳しいことを聞きたい気持ちもあるが、様子からして最近のことだ。それに話を打ち切られたため、改めて深く掘り下げることも
「まずは救援に感謝します。領主の館にて作戦会議を行いますので、このまま後に続いてください」
「了解した。皆もそれでいいな」
まずい方向に転がっていると見たヴァネッサと、マクシミリアンが間に入ったことで、ひとまず場は収まった。
何とも言えない空気の中を、案内に従って、一同は領主の館へと移動していく。
◇
作戦会議と言っても、話すことはそう多くなかった。ウィリアムが出陣するため、戦闘の大部分はそこで完結するからだ。
他の人員は警戒を強めつつ、街の方に向かってくる
そのため決定事項は、防壁の上に遠距離攻撃ができる人員を均等に配置して、それを守るように各自のパーティメンバーを置くことくらいだ。
立ち位置を確認する程度の軽いやり取りだけで、会議は終わった。
「あっはっは、珍しくアンニュイな顔だねぇテオ君!」
組織内で打ち合わせをするということで、テオドールは幼馴染たちと話す時間を取れないまま解散したが、それからは宿でたそがれていた。
しかし日が暮れて、そろそろ就寝という時間になった頃、いつも通りにハイテンションなウィリアムが現れた。
「ウィルはいつでも元気だね」
「そりゃそうさ。勇者がしょぼくれていたら、世界も終わりってものだろう」
確かに俯いて、溜息を吐いている勇者の姿を見かけた日には、結構な絶望感がありそうだ。
それは納得しつつ、テオドールは尋ねた。
「で、そろそろいい時間だけど、どうしたの?」
「宿を追い出されてしまってね。他に空室もないし、ここに泊めてもらおうかと思って」
ぺろっと舌を出したウィリアムではあるが、テオドールからすると、宿を追い出されて夜の街に放り出される勇者というのも、それはそれで結構な事件だ。
「一体何をしたのさ……」
「それは内緒。まあ一晩や二晩くらいはいいよね?」
確かに泊まる宿は無い。近隣の村々からの避難者が大量に宿泊しているので、馬小屋すら空いていないくらいだ。
テオドールの部屋にもベッドが一つあるだけだが、流石に勇者を床に寝かせるわけにもいかないだろうと思い、彼は寝台から降りた。
「師匠のお願いじゃ仕方がないか。僕が床で寝るよ」
「おおっと、つれないことを言うものじゃない。僕は気にしないから、二人で一緒に休もう」
何故男二人で添い寝をせねばならないのか。テオドールはそう言おうとしたものの、既にウィリアムはベッドに入り、就寝の態勢に入っていた。
「さあ! 寝付くまでコイバナでもしようじゃないか!」
瞬間移動と見紛うばかりの速さだが、掛布団にも調度品にも乱れはない。
こんなところでまで超人ぶりを発揮しなくてもいいのに。と、テオドールは呆れるしかなかった。
「レビィとは具体的にどこまでいったんだい? さあキリキリ白状をしたまえよ」
「あの、僕よりノリが若くて引くんだけど」
「テオ君が枯れているだけさ」
どうと言われても修行ばかりで、特に甘酸っぱい雰囲気になったことはない。
地元を出るまでは一日置きに会っており、数回に一回は二人がかりで稽古をつけてもらっていたが、接触の機会はそれくらいだ。
「まあ、浮いた話は何もないかな」
「奥手だねぇ。身内贔屓だけど、レビィはスタイルもいいし、可愛いだろう?」
「それはそうだけどさ」
ほとんどウィリアムと一緒にいたのだから、特に何もないというのは彼も分かっている。
つまりこれは、ただせっつくだけのお節介を多分に含んでいた。
「レビィじゃ不満なのかな? この街に来てからも領主の娘さんやら龍人の姫君やら、出会いはそれなりにあったみたいだけど」
「まあそれは」
性格や性質は誰も彼も変化球だが、顔面偏差値は総じて高い。両手に華の状態になることもあったが――と、そこまで考えてから彼は気づく。
ドラ子と会った場面にウィリアムはいなかったのだ。
「どうして、ドラ子と会ったことまで知ってるの?」
「ぼかぁ勇者なんだから、何でもありさ」
できないことを探す方が難しいスペックだ。そこはテオドールも理解している。
しかし気配を消して、どこかから覗き見されていた可能性もあるため、彼の背筋には言いしれない悪寒が走った。
「あっはっは! テオ君、不審者を見るような目をしないでくれたまえ」
「ちょっと今後の付き合い方を、考えたいところなんだけど……」
勇者にストーカーの疑惑が持ち上がったところだが、深く掘り下げる前に彼は寝返りを打ち、テオドールに背中を向けた。
「さて、恐らく明日が決戦だ。無駄な話はやっぱりやめて、そろそろ寝た方がいい」
「……話は終わってないんだけどなぁ」
「寝たら忘れるさ。明日は明日の風が吹くってね。何やら悩みがあるようだけど、それも寝たら落ち着くさ」
どこまでもマイペースな師匠は、十数秒と経たないうちに寝息を立て始めた。
彼なら多少の出来事は、本当に寝れば忘れそうだとテオドールは苦笑する。
「まあ、このポジティブさは見習うべきかな」
確かに気にしても仕方がないと思い、彼も寝ようとしたのだが、ふと、以前までの自分はこんなに図太かっただろうかと疑問に思った。
段々と師匠たちに毒されてきたのでは、という不安が頭を過ぎるものの、気を付けていれば大丈夫だろうと片づけて、妙な発見は置いておくことにして眠りにつく。
そして彼は、翌朝になってもう一つ気づいた。
「あ、規格外のベッドを作ればよかったんだ」
その考えが思い浮かんだのは、寝相の悪いウィリアムが腹に
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