第二十三話 資本主義



「あの、テオくん?」

「なんだいヴァネッサ」


 防壁の上に登った領主の娘は、眼前に広がる光景を見て唖然としていた。


 それもそのはず、子どもの頃から全く変わらない見慣れた景色が、わずか半日ほどで様変わりしていたからだ。


「これは、何?」

「防衛設備だけど」


 この街は堅牢な防壁に囲まれているが、その上には大型の魔物に備えた大型の石弓――バリスタが設置されていた。


 東西南北のそれぞれに等間隔で10基ずつ並べられていたが、テオドールの手によって増産された今は100基に増えている。


「トカゲ共がぁ! かかってきやがれやぁ!」

「これで防衛力は100倍だぞ、100倍!」


 オンボロのバリスタが新調されて、巨大化した挙句に、数が10倍になったのだ。防壁と装備が刷新された守備隊の士気は、天井知らずで上昇していた。


 今朝まで何も無かった空間は溢れんばかりの兵器で埋め尽くされており、装填する矢もセットで大量生産していたため、足の踏み場すらない有様だ。


「それじゃあ皆さん、予算を気にしないで撃ちまくってくださいねー」

「ありがてぇ! おい、夕方まで射撃訓練だ!」


 バリスタ専用の大きな矢弾――の規格外品はいくらでも出せる。そのためテオドールは、新兵にも射撃訓練をさせてほしいと頼んでいた。


 竜が東西南北どの方向から攻めてきても、全てハチの巣にしてやると息巻いている兵士たちは、早速の射撃訓練を開始する。


「南と西はこれでよし。北と東まで終わるか分からないけど、いい仕事したな」


 防衛隊はワイバーンを模した、規格外のハリボテを穴だらけにしていっている。

 規格品よりも大きな矢が、空中にびゅんびゅんと飛んでいく様は圧巻だった。


「ここも予算の関係上、本格的な訓練はご無沙汰だったそうだからね」

「それはまあ、そうらしいけど……」


 テオドールがいる間はどれだけ撃ってもタダということで、経験の浅い新兵を中心に、これ幸いにと撃ちまくっている。


 そしてバリスタを創るついでに、「備品も無償提供する」という約束を取り付けた役人コンビはと言えば、衛兵たちに恥も外聞もない命令を下していた。


「撃ち放題定額で、B級依頼なら安いものです!」

「週末までに1年分の訓練をしてしまえ!!」


 城壁は新品で、十分な守備兵器があり、矢弾も無限と思えるほど潤沢だ。兵器を使えば戦闘系のスキルが無くとも十分に戦えるため、低位の冒険者や新兵でも立派な戦力になる。


 昨日まではこれといった特徴のない普通の街だったが、今や難攻不落の要塞に早変わりだ。


 テオドールとしては攻める側が引くほど準備をしてやったつもりだが、周囲の雰囲気を見た領主の娘まで引くほどに、徹底的に準備をしていた。


「随分とまぁ、頑張ったわね」

「それはそうだよ。守備隊が戦果を挙げれば、これを製造したC級冒険者テオドールの功績にもなるんだから」


 彼らがこの兵器で戦果を挙げればどうなるか。

 なんと、自らが働かずとも名誉と栄光が得られるのだ。


「僕がこれを作らなければ街が危なかった。そんな話が広まれば、街の人はこの防壁とバリスタを見る度に、僕の名前を思い出すと思うんだよね」

「ええ……?」


 形に残ることで、継続的な名声を得られるはずだ。

 いずれ子どもや孫、子々孫々にまで語り継いでほしいものである。


 そんな狙いで建造されたと知らない兵士たちは、今もせっせと弓をセットして、対空戦の練習をしていた。


「人に働かせて利益を得る。これが資本主義というやつかな」

「絶対に違うと思う」


 ウィリアムとレベッカが敵を全滅させてしまえば、もちろん皮算用に終わることだ。しかし何はともあれ、地上戦から対空迎撃の備えまで万全に整いつつある。


 侵攻方向と反対側は手付かずだが、今すぐに襲来されても応戦できる程度の設備はできたと言えた。


「それよりも、ヴァネッサはどうしてこんな場所に?」

「そろそろ援軍が到着するって話だから、公人として出迎えに来たのよ」


 近場の街から応援を呼んだという話は、テオドールも知っている。しかし詳細を聞こうと思った矢先に、街道の先から数台の馬車が連なって来るのが見えた。


「ああ、噂をすれば見えてきたわね。テオ君も来てちょうだい」

「なんで僕が?」

「援軍は君の街からも来るのよ。顔見知りがいたら話がしやすいでしょ?」


 一通りの仕事を終えたテオドールからすると、同行自体は問題ない。

 彼らは防壁の下へ続く階段を降りて、馬車を待つことにした。


「……誰が来るかな」


 ヴァネッサ他数名の役人と共に、テオドールは街の入口で待機をすることになったが、実のところ地元には気さくに話せる人間の方が少ない。


 最弱時代は哀れみか嘲笑のどちらかを向けられることが多く、成長後は畏怖というか、近づきづらいという印象を持たれることが多かったからだ。


 浮かない顔をしているテオドールの姿を見て、ヴァネッサはおもむろに話を振った。


「えっと、あの、パーティをクビになったんだよね?」

「その話、知ってるんだ」


 幼馴染とパーティーを組んだが、お荷物として放出されたという噂はヴァネッサも聞いていた。

 むしろだからこそ、彼女はテオドールに同行を頼んでいる。


「大事な作戦に参加する冒険者なんだから、身元と経歴くらいは調べるわよ」

「それもそうだね。あの頃は他の皆に付いていけなかったから、仕方ないよ」


 テオドールからすると脱退の経緯には良い思い出がなく、最後の乱闘騒ぎなど、本当に勘弁してほしかったという感想だ。


 乱闘騒ぎのせいで悪目立ちをすることになって、冒険者どころかご近所さんからも腫物扱いになったので、苦い思い出でしかない。


「まあ、結果論としてはいい方向に転がったから、今はそれほど気にしていないかな」


 結果としてウィリアムとレベッカに知り合えたのだから、悪いことばかりではないと、彼は自分を納得させていたが――隣にいるヴァネッサは――恐怖でおののいていた。


「う、噂は本当だったんだ。テオ君ほどの人外が付いていけないパーティ? 一体どんな化け物が」


 当時は規格外の力を雑用以外に使えなかった。そのため戦闘面では完全に生身だったが、その点に関しての情報が抜け落ちて伝わっていた。


 しかしそもそも、テオドールの脱退からは半年も経っていないのだから、この短期間で戦闘力が数十倍になったなど信憑性の薄い話だ。


 冒険者の情報など日常的に仕入れない、この街の上層部からすると――現時点のテオドールが下位扱いされる――修羅の街から援軍が来るくらいの認識となっていた。


「当時は未熟だったんだよ、僕も」

「騙されないわ。……騙されないわよ。心構えだけはしておかなきゃ」


 空輸事件以降、ヴァネッサはテオドールに対して警戒心を露わにしていた。


 今は何を言っても信じてもらえそうにないと、肩をすくめたテオドールは、大人しく車列の到着を待つことにした。


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