第二十二話 裏取引
テオドールが街の防壁に着くと、そこかしこから職人たちの怒鳴り声が鳴り響いていた。
「おい、補強用の部材が足りねーぞ!」
「午後には来るから、点検でもしておけ!」
ウィリアムが山脈で敵本隊を迎え撃つ算段になっているが、逸れた竜が街を襲うことを想定して、防衛設備の補修と整備の計画も始まっている。
作業中の人間に声を掛けるのは危険と判断して、テオドールは休憩していたグループの一つに近づき右手を挙げた。
「お困りのようですね」
「なんだぁ、ボウズ」
「小間使いか?」
「こまっ!? ……ごほん、C級冒険者のテオドールです。手伝いに来ました」
テオドールとしては、ここ最近は少し貫禄がついてきたと思っていた。
しかし通りがかりの大工たちからすれば、線が細めで作業着も着ていない彼は、役場の使い走りという見方が精々だ。
自己評価とのギャップに衝撃は受けたところではあるが、力を見せればすぐに反応は変わるだろうと、彼は気を取り直して尋ねる。
「皆さんは、このエリアの補強をしている班ですか?」
「おう、今は追加の資材が届くまで休憩中だ」
正門の付近は比較的新しく、補修された跡が見受けられる。しかし街を囲う城壁が一部老朽化しており、ところどころが
資材が届くまで休止中となっている現場を確認して、テオドールは呟く。
「全体的にな作業は、補修がメインみたいだね」
「おう、まぁな」
建築の計画は役人が主導しているが、襲撃までに作業が間に合うはずがない。そのため応急処置に近い、補修を主にしているのだ。
これはやはり大活躍の好機だと思い、テオドールはスキルの使い方を決定した。
「でもどうせだったら、全部新品の方がいいよね?」
「そりゃあ……まぁな」
念のために確認してから、彼は城壁の元へと歩く。
「古くなったものを新品として再生産するなら、これくらいはいけるかな。上に人はいないよね?」
「いないけどよ、何をするつもりなんだ?」
「まあ見ててよ」
新規に生産するよりも、既存の品物の規格を変える方がコストは小さい。
そして対象となる品物については、ほとんど何でもありだ。
ならば一つ一つの石材ではなく、城壁を一つの品物に見立てれば、まとめて一気に再生産できるのではないか。
テオドールはその考えを基に、右手で防壁に触れてから発光した。
「《規格外》の、防壁ッ! 生まれろぉぉおお!!」
オンボロの防壁が輝きを放ち、苔むしていた石材たちが、生まれ変わりを果たしていく。
連鎖的な破砕音やラップ音が響き渡り、小規模な地揺れまで発生して――周囲は騒然とした。
「な、なんだぁ!?」
「敵襲か!」
限りなく目立っていると見たテオドールにはやる気が漲り、彼は限界ギリギリまで力を振り絞っていく。
「か、輝いている。今の僕は、輝いているぞ!」
「確かに眩しいけど何してんだ坊主、おい!?」
何はともあれ、それほど時間をかけずに作業が終了した。
手を当てた場所を中心にした半径50メートルほどが、他の地点よりもわずかに背が高い、真新しい防壁に姿を変えている。
総動員でも1週間かかるような作業を、数十秒でこなしたのだから成果は十分だ。
「……勇者の力がバカみたいに力を食うだけで、
再生産の力を使えば、新規生産と比べて5分の1程度の負担で済む。
そのため「自分の体」というベースがあっても十数秒で力が枯渇する、勇者の力が改めて異次元というのが彼の感想だ。
ここまで派手にやれば名は知れ渡るだろうが、しかし深く話すとまた子ども扱いされそうと見て、彼は颯爽と帰るのが正解と判断した。
「ではこの後も用事がありますので、これで……」
「少々お待ちを」
再度手を挙げながら、背中を向けて歩き出したが――彼は速攻で捕まった。
背後から感じる
「や、やれやれ。何か御用が?」
動揺しつつも大物ぶって振り返ったテオドールの前には、目に怪しい光を灯した役人が2人いた。
「素晴らしいスキルですねぇ」
「あれは新品ですか?」
両者共に危ない笑顔で彼を見ていたが、多少たじろぎながらテオドールは答える。
「ま、まあ。新品と呼んで差し支えないかと」
「あちら側の壁――というか、直したい箇所など幾らでもあってですね」
言い知れない圧に押されて戸惑っている彼を、2人組の役人は即座に拘束した。
肩を掴む手を腕に回し、ずるずるとテオドールを引きずっていく。
「ええと、貴方の名は、確か」
「テオドールです」
「そうそう、折角テオドールさんがいるのですから、この機会に全部作り直していただきたく」
どこかで見た顔だと思いテオドールが記憶を辿っていくと、彼らはウィリアムに交渉系のスキルを仕掛けて、撃沈された役人たちだ。
「……なるほど」
「見たところまだ余裕がありそうですが、どれくらい直せそうですか?」
「休み休みやれば、3日で全部片づけられますね」
低予算で防壁の補修ができる。金貨が何枚浮かせられるだろうか。
と、役人たちの目が欲望に満ちていた。
しかしテオドールに工事を発注したところで、彼らの懐に入る金は無いのだ。純粋に街のためを思ってのことだろうと思いつつ、彼は冷静に告げる。
「今のはサービスですが、続きは冒険者ギルドを通してください」
捕まる速さは予想外だったものの、元々、依頼を受けるための撒き餌に来たのだ。
宣伝と試運転を兼ねたここまでが無料分で、ここから先は有料。
その提案に対して、役人たちは戸惑った反応を見せるが、まずは確認から入った。
「あの、報酬金はおいくらほどでしょうか?」
「あ、そっちの報酬は考えていなかった」
「え?」
テオドールが気にするのは、冒険者ランクを上げるのに必要な功績値のみだ。金額のことをまるで考えていなかったため、彼はふと計算する。
ウィリアムたちを雇用するのに、相当な無理をしていたことは記憶に新しい。そのため街の財政や依頼料には、それほど余裕が無いと見えた。
「うーん、適切な価格がどれくらいかと言えば……そうだね……」
功績だけ欲しいと言えば確実に通るが、無料で行えば、それはそれでルールに抵触する。
しかしA級依頼は依頼料がピンキリなので、掲示する金額に迷うところだった。
「まずは交渉かな」
「提示額はおいくらでしょうか?」
相場が分からないのであれば、まずは高めに出してみよう。
その考えで、テオドールは試しに人差し指を立ててみた。
「A級依頼として扱い、代金は金貨1000枚――」
「全部お願いしますッ!」
「今すぐに契約書をッ!!」
テオドールが金額を言い終わる前に、目をくわっと見開いた役人2人が、鬼気迫る迫真の表情で彼に迫ってきた。
それもそのはず金貨1000枚とは、平均年収で換算しても15年分に満たない。人口数万人の街を囲む壁を、そんな価格で全部直せるなどあり得ないのだ。
異様な食いつきを見て、安過ぎたと確信したテオドールが、
「テオドールさん、取引をしましょう」
「と、取引?」
「ええ、東西南北それぞれで、依頼金は金貨200枚です」
むしろ値下げを敢行したが、彼は交渉系のスキルを使わずに、指を4本立てた。
「各方面の補修。それぞれをA級依頼として、4つ発行します」
「ほ、ほう?」
彼は条件掲示の前振りから、テオドールが求めているのは依頼の
確かに報酬が金貨1000枚でも800枚でも、金に頓着しない彼にとっては何ら変わり無い。
だが、A級依頼を4件達成となれば話は別だ。
「承りました」
「よしっ!」
「ようやった!!」
裏取引で名誉を買うような仕事になるが、提案してきたのは行政側だ。
そして実際には金品を貰うどころか、街から支払われる費用が減る。
テオドールは自分が汚い大人になったようで、少し
「街のために、少ない利益で動く人間に栄誉を授ける。そういう話ですね」
「そうです。きっと美談ですよこれは」
互いの思惑が渦巻く中で、彼らはがっちりと握手を交わした。
そしてテオドールは、他の作戦もここで済ませようと思い、空いた手でとある規格外品を生産した。
「ついでですが、防壁の上に
「……こちらは、おいくらで?」
「うーん、1基につき金貨4枚とか?」
予算の相談ができる役人が相手であれば、話は早い。
彼らは少し間を空けてから、商談用の笑みを見せた。
「B級依頼として設定しますので」
「オーケー、じゃあ半額で」
「……こちらも4つに分けて、依頼を発注しますので」
「なら備品も込みで金貨2枚」
「承知しました。今すぐに決裁を通してきます」
そういうわけで、テオドールは当初の目論見すらも超えて、A級依頼とB級依頼をそれぞれ4件、まとめて受注することになった。
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