第二十一話 予言と俗物



 テオドールらがヴァネッサの後を付いていくと、領主の館の中庭に着いた。

 そこで待っていたのは、艶やかで長い黒髪をした、小柄な女子だ。


「こちらは?」

「龍人の直系で、この間奴隷にされかけた女の子よ。名前はドラ子」


 天空を翔けるドラゴンは龍と呼ばれ、その眷属や小型の個体を竜と呼ぶが、彼女は龍人なのでドラゴンの血が入っている。

 つまりご先祖様のどこかに、ドラゴンと子を為した猛者がいるということだ。


「凄いな、ドラゴンハーフとは初めて会った」

「そう? 北には結構いる」


 大人し気な子という要素と、最強の存在を激しく主張する角が、非常にミスマッチな少女だ。

 一見すると普通の女子だが、額には一角獣の如き角が堂々と生えていた。


「僕はテオドール。よろしくね、ドラ子・・・

「私はレベッカ。よろしくドラ子」

「えっ? いや、あの」


 テオドールが軽く挨拶をすると、レベッカにしては珍しく、心なしかうきうきとした表情で彼女も挨拶をした。


 呼ばれた側は戸惑いながら抗弁を試みたが、どことなく様子がおかしい。

 名乗ろうとした瞬間に、口パクが始まっていた。


「それはヴァネッサが付けたあだ名で、私の名前は――ええ、言えないのですよね」

「……どういうこと?」


 彼が奇妙な光景を訝しんでいると、ヴァネッサが代わりに事情を話す。


真名まなを明かすと不都合があるそうでね。里に帰るまではこの調子らしいのよ」

「力も満足に出せないですし、お役に立てるのは予言くらいですね」


 ドラゴンの力は封印中だが、それを差し引いても、予言や未来予知は希少価値の高いスキルだ。

 国によっては保護対象になるほどなので、テオドールもそこは素直に賞賛した。


「未来が分かるなんて、凄いじゃないか」

「今の私に視えるのは、ごく近い範囲の、すぐ先の未来ですから」

「それでも、それで竜の襲来を予知したんだよね?」


 未然に災害を防ぐこともあり、場合によっては国を救える力だ。現に魔物災害を事前に予知したことで、ウィリアムとレベッカの到着が間に合っている。


 テオドールは感心しきりだが、彼女は残念そうに首を横に振った。


「その予言は……あの、オマケと言いますか」

「えっ」


 別な未来を視ようとしたついでに、竜の襲来を察知した。

 そう語る彼女は、本来の目的について述べる。


「一族が定期的に行っている監査のために、私は東の地を旅してきました」

「東……? ああ、温泉街の方か」


 この街から東の街道を進んでいくと、温泉で有名な宿場町に着く。そこから先には銅を主にした鉱山があり、それなりに栄えていた。

 テオドールはそれらの街を思い浮かべたが、ドラ子は首を横に振る。


「いえ、もっと東です」

「それじゃあ鉱山まで?」

「もっと、ずっと東です」


 鉱山の街を過ぎれば、そこはもう村落すら存在しない過疎地域だ。


 大陸を南東に進めば沿岸部があり、北東に進めば不毛の荒野が広がっているが、東に進むほど人類の生存圏から外れていくことになる。


「お察しの通り、目的地はあの荒野を超えた先です」


 見た目は十代前半のローティーンだが、ドラ子は相当な長距離を旅してきた。

 それは監視している地域での異変を、事前に察知するためだ。


「……結果は、どうだった?」

「芳しくありません。間もなく彼の地に、災厄が出現します」


 レベッカの質問に端的に返してから、彼女は預言者としての役割を果たすべく、泰然とした態度を取った。

 対するテオドールは完全に部外者という自認のため、呑気に言う。


「魔王の復活とか、そういう話?」

「テオ。一般的に言われる魔王は存命」

「分かってるよ。出現って言うんだから、もう一人出てくるって話じゃないかな」


 西に進むほど魔王の勢力圏に近づき、現れる魔物の強さも桁違いに上がっていく。


 西側には多国籍の連合軍が常駐しており、長期に亘って戦線を維持しているというのが、世間一般の常識だ。


 そしてこれからもウィリアムらに付いていくならば、将来的な主戦場は西方面になるというのが、テオドールの認識だった。


「まあどちらかと言えば、ウィルが大変になる案件だよね」

「……まあ」


 西の魔王軍を相手に意気揚々と攻め上っていくと、背後に強敵が現れました。

 軍を呼び戻すのは間に合わないので、勇者が単騎で足止めしてください。


 そんな展開を思い浮かべたテオドールに、淡々とレベッカは言う。


「戦力よりも方針の擦り合わせが難しいところ。国によって対応は変わるだろうから」

「うちの国は真っ先に兵を呼び戻すだろうし、まず連合軍が崩壊するか」


 テオドールが属する王国の規模は小さいながら、北の公国、西の王国、南の共和国と三か国に接しているため、それなりの重要性がある。


 そして王国は弱腰が目立つため、真っ先に兵を引き揚げることは予想ができたが――その場合は扇の要が消滅するため、連合軍もすぐには東に向かえない。


「そもそも撤退中の軍隊って無防備なんでしょ?」

「一般的には、そう」

「どうしても連携は必要だと思うけど。西の魔王軍から追撃された挙句、ボロボロの状態で新魔王と戦うことになるかも」


 今なら多少混乱したとしても、敵が行動を起こす前なら立て直せるはずだ。


 しかし政治的な話となればテオドールには手が出せず、第三者の立場から見た感想は、率直な意見になって口をついた。


「ねぇレビィ。これは下手すると、人類が滅亡するんじゃない?」

「まあまあ、まずい状況」


 さてどうしたものかと嘆息するレベッカの前で、ドラ子は続けた。


「人だけではありません。皆さまが亜人と呼んでいる種も、動植物も何もかも……滅びの時を迎えることでしょう」

「それで、僕にこれを伝えてどうしろと?」


 ヴァネッサはテオドールを案内する、そのついでにレベッカを連れてきた。つまりメインは自分であると察しながら、彼は尋ねる。


 するとドラ子は進み出て、テオドールの手を取り言った。


「先ほど、貴方を間近で見た時。光を感じました」

「光?」

「特殊なスキルを持つ者特有の、可能性の光です」


 テオドールが持つ規格外の力は、可能性に満ちている。

 それは本人も自覚していたが、続く言葉には戸惑った。


「貴方という存在が、いずれ未来を照らす灯となるかもしれません」

「ええと……つまり?」

「あなたは世界平和を齎す存在、救世主となる可能性を秘めています」


 世界がどう、未来がどうと言われても、テオドールは反応に困っていた。彼は特に使命や運命などを持ち合わせておらず、人気が出るなら何でもいいという人生を送っているからだ。


 成り上がるきっかけはいつでも探しているが、壮大な話にはいまいちピンときていない。

 しかし困惑しながらレベッカを見ると、彼女は自慢げに胸を張っていた。


「やっぱり大魚だった」

「ああ、うん、そうみたいだね」


 出会った時のことを思い返すと、確かにウィリアムもレベッカも可能性を買っていた。

 あの時点では最弱候補だった彼をわざわざ育成したのも、ひとえに投資と言える。


「でもなぁ。今の僕じゃ10人いても、ウィルの代わりにはならないよ」

今の・・テオなら、そう。でも半年前のテオが10人いても、今のテオには勝てない」

「成長に賭けろってことね。よく分からないけど、まあ覚えてはおくよ」


 少なくとも大陸の危機ではあるが、話が大き過ぎてテオドールは付いていけていない。


 そのため彼があまり気乗りしていないと見たレベッカは、ドラ子を一瞥してから、琴線に触れそうな言葉を並べた。


「救世主になれたら、未だかつてないほど賞賛されると思う」

「……ん?」

「どこの国に行っても、ちびっこから大人気」


 複数の国家が連合して危機に対処するならば、その最前線で活躍することは――すなわち大陸中に名前が売れるということだ。


 魔王や災厄、世界平和や使命などには全く興味の無いテオドールだが、この言葉には心が動いた。


「災厄を鎮めたなら、偉業を讃えた凱旋パレードはもちろんやる。世間はテオの話題で持ち切り」

「偉業、大人気、パレード……」

「故郷に銅像が立つかも。講演会の依頼もきっとくる。多分」

「銅像、演説……」


 かつてないほどの危機から人々を救えば、例を見ないほどの喝采を受けられる。

 このマインドになったテオドールには、一転して熱意が迸った。


「……や、やれやれ、仕方がないなぁ。じゃあ――世界、救ってみますか」

「わ、わー、頼もしいですぅ」


 先ほどまで厳かに予言を告げていたドラ子は、目が泳いでいた。


 館の外からでも分かるほどのオーラを持つ人間を、救世主と目してはみたが――どう見ても俗物ぞくぶつだからだ。


「……今回の件が片付きましたら、護衛依頼を出させていただきます。私と共に、一度龍人の里までお越しください」


 しかしレベッカが、テオドールから見えない位置でサムズアップを送ってきていたため、彼女は細かいことを気にせずに場を締めた。


 するとテオドールは、腕を回しながら悠々と歩み始める。


「オーケー、なら始めよう」

「始める……とは?」

「この状況をさっさと終わらせるのさ」


 今の彼にとって災厄とやらは、すこぶる興味を惹かれる話題だ。

 竜の襲来を前座と捉えて、彼は言う。


「考えた対策、全部打つよ」


 主に防衛設備の強化だが、彼には幾つかの防衛策があった。勇者たちの動向次第で身の振りを決めようとしていたが、できることならいくつでもある。


 だから彼は、逸る気持ちを抑えるためにも――街の魔改造に取り掛かった。


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