第二十話 荒唐無稽で無駄に壮大。しかし実現可能な計画
「あ、あの、金貨1万3000枚で、どうにかなりませんか?」
「格安で人助けをすると、各所から文句を言われるのが、勇者の辛いところだよね」
「ぐぬぬ……」
結局のところは、どう調整しても予算の確保が難しいという結論になった。
しかし再度の価格交渉も、ウィリアムは苦笑いをしながら断っている。
「勇者と言えば、善意で人助けをするイメージなんだけどな」
再び傍観者となったテオドールも、苦笑しながらレベッカに話を振るが、彼女はふるふると首を横に振った。
「むしろ一般的な冒険者や傭兵以上に、金勘定は厳密にしてる」
「それはまた、どうして?」
「一度でも無料で働くと、次の街でもただ働きを求められるから」
さもなくば助けてもらった恩よりも、不公平から来る恨みの方が勝つのだから仕方がない。
そう語るレベッカは、追加で政治的な事情も挙げる。
「勇者は無償で助けてくれるのに、税金を納めている国は何をしている。という話にもなるから」
「……世知辛いね」
勇者を引き合いに出して矛先が向けられるのは、領主や王族といった為政者からすると厄介なことだ。
そのため協定や協約が設けられており、ルール違反は厳格に取り締まられる立場にいた。
つまり大人の事情も加味して、余程のことがなければ、仕事に見合った料金を取らなくてはならないということだ。
しかし勇者が、困っている人々を見捨てるのもどうなのか。
などとテオドールが思っていると、当のウィリアムは名案を思い付いたとばかりに手を叩く。
「そうだ、ではこういうのはどうだろう。……地図を持ってきてくれたまえ」
「ただ今お持ち致します」
領主の側近がそそくさと走り寄り、応接室の大きなテーブルいっぱいに、一枚の地図を広げた。
するとウィリアムはまず、現在地であるエアガルドの街を指す。
「この街から街道を南東に行けばレーツェ、北方面に行けば王都。東は不毛地帯だが、西はどうかな?」
「向こう側にも街がありますが、途中の山はほぼ通行不能です」
「そう。だから西からやって来る商人は、ほとんどが北廻りのルートで商売をしているね」
この街から西へ向かえば行き止まりに当たるが、そこに広がるのは登山の装備を万全にして挑んでも、命を落とすことがあるほどの急峻だ。
そのことは誰もが知っているため、前置きをさらっと流しつつウィリアムは続けた。
「で、報告によると竜たちは南西の方角から、山沿いに進んでくる。この街を破壊しながら、王都に直進していくルートだ」
空を飛べるのだから、人間が通行不可能なルートで侵攻しているが、今は竜の大群と王都の中間地点にエアガルドの街がある。
目的地が王都かどうかは別として、ウィリアムの現状整理はどれも正しいものだった。
しかし現状は共有されたが、どうにも話が繋がらない。
そのためウィリアムは、地図上の山を指先で軽く叩くと、意図を読み取れない周囲の人間に向けて、軽い口調で言い放った。
「じゃあ、この山を消してしまおうか」
◇
ウィリアムのプレゼンが終わってから数十分後。領主の館は、人が入り乱れて怒声が飛び交っていた。
「建築課の奴らは何をやっている!」
「現地の測量準備をしていました」
「どうせ地形が変わるんだから、そんなものは後回しでいい!」
しかし忙しく走り回っているのは、軍備や防衛などとは全く関わりのない、治水や開墾といった内政を担当する部署の者たちだ。
「建材の手配は終わったか!」
「終わりません!」
「
禿げた文官が若手の文官に指示を飛ばすが、突発的に始まった作戦なのだから段取りなど何もない。
誰もが混乱している中で、出せる指示は「頑張れ」だけだ。
「作戦後はすぐに動く予定なんだ、気合で何とかしろ!」
「そんな無茶な!?」
どこもかしこも大混乱だが、どうしてこうなったのか。
相変わらず部外者の立場で眺めるテオドールだが、原因は彼の師匠にある。
「戦闘中に
ウィリアムからの提案とは、竜を攻撃した余波で山の急峻部分を消し飛ばし、街道を開通させるというものだった。
街の防衛予算ではなく、公共工事の予算から引っ張ってくればいい。
それなら予算も足りるだろうと、平たく言えばそういうことである。
「山脈を地図から無くして、ここに新しい流通経路を開拓しようじゃないか! あーっはっは!」
ということで、一大工事の始まりが唐突に告げられた。彼らはこれから、険しい山脈をぶち抜いて道を作る。
それも今週中に。開通先にある街や、国の許可なく作業が開始される見込みだ。
「さあフロンティアを開拓しようじゃないか! ……ちなみに荒れ放題にすると、生態系が崩れて大変なことになりかねないから、破壊後は可及的速やかに敷設作業に入ってくれたまえ!」
普通であれば山を削るような大工事を、突然行えるはずがないが、ウィリアムが全力で攻撃すれば難所を吹き飛ばす程度はできる。
公共工事用の予算と併せれば、雇用費も足りた。
何より既に、領主がこの方針に許可を出している。
「書簡を持ちました! 発ちます!」
だから関係各所は大慌てしていた。街道の延長計画やら工事計画の策定やらを、突貫で処理する必要が出てきたからだ。
「使者の人って、週末までには着かないよね」
「難しいところ。テオが飛んでも微妙なくらい」
通信によって事前連絡は入れるが、それだけで調整できるはずがない。使者が到着した頃には、もう山々が消えているはずであっても、できる限りのことはしようと足掻いていた。
早馬が館を出立したり、役人が民間の大工と話を付けに飛び出していったりと、そこら中がおもちゃ箱をひっくり返したような大騒ぎだが――
「で、肝心のウィルはどこに?」
「街の子どもたちを相手に、大道芸」
「……さいですか」
「……いつものこと」
この話をぶち上げた勇者様は、街の子どもと遊んでいるのだから始末に負えなかった。
子どもに超人芸を見せながら、高笑いするウィリアムを幻視して、彼らが遠い目をしていたところ。彼らはふと、後ろから声を掛けられた。
「ねえ、テオドールくん……だっけ?」
「これはヴァネッサ様。いかがされましたか?」
「私に様付けなんていらないわ。敬語もね。堅っ苦しいのは苦手なの」
領主の娘は仰々しい対応を望んでおらず、敬語も不要。
この有難い言葉を聞いて、テオドールは一瞬で計算を終えた。
「何だこれ。チャンスか?」
「えっ?」
「いや何でもない。オーケー、ヴァネッサ。どうしたの?」
「ちょ」
名のある冒険者は貴族が相手でも対等に話すというが、今回は向こうから許可を出してきたのだから、これは好機だった。
偉い人とタメ口で話せるというのは、大物が備える条件の一つであり、テオドールにとっては輝かしいステータスなのだ。
しかしあっさりと態度を崩したテオドールを前にして、ヴァネッサは鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くしていた。
「えっと……自分で言っといてなんだけど、随分適応が早いのね」
「冒険者はそういう商売だからさ」
野望を一つ達成して満足気なテオドールに対して、ヴァネッサは驚きと呆れが入り混じった複雑な表情を浮かべる。
「皆そうなのかしら……? まあいいわ。合わせたい人がいるから付いて来てくれない? レベッカさんも一緒に」
「……私も?」
テオドールは思案するが、この流れだと、領主と会うわけではなさそうだと判断した。誰かを紹介するというのなら、魔物の討伐か工事関係で、何か別口の仕事でもあるのだろう。
そんな風にアタリをつけながら、彼らはヴァネッサの後に続き、喧噪から離れていった。
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