第十九話 勇者様は無敵?



「もう少しお安くなりませんでしょうか? 今年は魔物の襲撃が多く、その、予算が残り少ないのです」

「僕の雇用費がお高い? いやあ、これ以上のディスカウントは無理さ」


 街に到着したウィリアムとレベッカは、早速領主の館に通された。


 そして勇者一行が応接室の椅子に腰かけるなり、数名の役人から商売系スキルの総攻撃が始まったが、旗色は芳しくない。

 ウィリアムはニコニコと笑いながら、依頼料金の値切りを全て受け流していた。


「そこを何とか! 《交渉》!」

「あっはっは! 値引きの権限は僕にないから、価格交渉はできないなぁ!」

「やはり……なりませんか」


 彼らは宣言通りに、テオドールとの通話を終えた翌々日の昼過ぎに到着したが、昨日の段階で既に近隣の村や街がいくつか襲撃されていた。


 現地の偵察や、近隣ギルドからの通信報告で分かったことは、飛竜の数が予言通りに200近いこと――つまり文句なしでS級の依頼ということだ。


 難度や規模を勘案した諸々の依頼費用は、ウィリアムとレベッカの二人を合わせて金貨2万枚。


 彼らが滞在しているエアガルドの街での、平均年収は金貨200枚程度なので、一般人が100年間働いたのと同じ賃金を一夜にして得ることになる。


 そんな商談しているウィリアムを横目に、テオドールとレベッカはまったりとお茶をしていた。


「うーん。まさに冒険者ドリーム」

「いわゆる一攫千金?」

「夢見る若者の、理想の姿じゃないかな」


 テオドールの脳裏には、派手な功績とセットにして莫大な報酬を得た方が、箔がつくという考えも浮かんだ。

 しかし高額な報酬を約束してもらうには、冒険者等級をランクアップさせるなどして、社会的な信用を得る必要がある。


 実績を分かりやすくするために等級分けされているが、基本的にはランクの一つ上の難度までしか受注できないのだ。

 この点でテオドールのランクはCなので、受けられるのはB級依頼までだった。


 そして現状のテオドールが対処できるのは、A級までという認識であり、もう少し難しい依頼を主軸にしてもいいくらいの実力にはなっている。


「僕も早めに、B級までは上がりたいところだね。いつ機会があるか分からないし」

「そのうち上がるから、大丈夫」


 簡単に区分けをすると、まずC級依頼は村落が危機に陥るレベルとなる。放置されて危険度が上昇する場合もあるが、一般人が力を合わせて、努力で解決できるのがここまでだ。


 B級では田舎町や、小さな街が危機に陥る難度になり、A級になると大都市でも甚大な被害が予想される規模になる。


「相性がいい依頼なら、もうA級でも平気だから」

「分かった、上昇志向はいいこと。この件が片付いたらウィルと相談してみる」


 等級が上がるほど緊急性も上がるため、倍々で報酬が増えていく傾向にあるが、国や地域に深刻な被害が予想される事案の場合は、S級依頼に区分される。


 これは天災と同じ扱いであり、解決困難かつ緊急性が高いものだ。個々の問題によって難度は千差万別となるが、成功報酬はどれも法外と呼べるほど高額になる。


「どこだ、どこから予算を取る!」

「南街道の警備予算を削るか?」

「多少削っても焼け石に水だ。それに街道で被害が出たら、商人が寄り付かなくなるぞ」


 人を丸飲みにする怪物を同時に200体も相手取る報酬なので、これを高いと見るか安いと見るかは人次第だ。しかし少なくとも、支払う側は高いと見ている。


 領主に防衛策を提案するにもロードマップが必要なので、街の役人たちが総出で、作戦の前準備となる調整に乗り出していた。

 しかし彼らは侃侃諤諤かんかんがくがくの議論をしながら、予算の話を繰り返している。


「ここで最大戦力を逃すわけにはいかない」

「うむ。頼んだ援軍だけでは、撃退できるか怪しい規模だぞ」


 どうにか依頼費を捻出しようとしているが、明確に苦しそうな顔が並んでいる。しかしテオドールが腑に落ちないのはウィリアムの様子だ。


 散々交渉やら《値切り》やらのスキル攻撃に遭っても、最初に掲示した金貨2万枚というラインは絶対に割らずに微笑んでいる。


 仮に交渉相手が自分なら、あっさり半額まで値切られる場面だが、ウィリアムには一切堪えた様子が無いことに首を捻っていた。


「どうしてウィルには値下げが効かないんだろう?」

「この世には、スキルも及ばない不思議な力があるの。あれは天が与えたもうた神秘」


 テオドールの脳裏に、市場の露店で店主をやっていた時の思い出が蘇るが、振り返れば商売系のスキルに苦しめられた場面しか思い浮かばない。


 勇者特権でそれが無効化されているなら、テオドールにとっては衝撃的なことだ。


 彼は陰ながら理不尽を嘆き、恨みがましく交渉現場を見つめたところ、視線に気づいたウィリアムは呆れたようにレベッカをたしなめた。


「おいおいレビィ、詩的な表現で誤解を招くのは良くないなぁ」

「え? 嘘なの?」

「不思議な力の部分は本当だよ。……いいかいテオ君、これ以上値切りの余地が無い時は、スキルが不発になるんだ。まあ僕にだって普通にスキルは効くさ」


 等級ごとの依頼料は、冒険者ギルドによって相場と最低料金が定められている。

 ウィリアムが設定したのは、その最低金額だ。


 これ以上の賃下げをすればルールに抵触するという、下限の値段を最初に掲示したのだから、相手が伸るか反るかだけの話になっていた。


「むぅ、種明かしが早い」

「ということは、からかってたのかな?」

「うん。聖騎士ジョーク」


 レベッカは唇を尖らせて不満げな顔をしているが、表情の変化は小さい。

 ほぼ真顔で冗談を言う彼女に、テオドールも苦笑いを浮かべるしかなかった。


「はっはっは、レビィには意外とお茶目なところがあるからなぁ」

「ああ、まあそうね」


 悩める役人たちを尻目にしてウィリアムもお茶に加わると、いよいよ温度差ができてくる。


 修羅の役人たちから目を逸らして、テオドールがのんびりお茶に口をつけると、彼らは追加で補足説明を入れた。


「……例えば役所の手数料とか、税金とか。決まり事に対しては商売系のスキルも無力」

「まあスキルに熟達して、必殺技にまで昇華できた人間なら、できないこともないけどね。怪しい動きが発見され次第、対抗できそうな人員が送られると思うよ」


 特定のスキルを持っていれば税金踏み倒し放題などと、徴税吏が許すはずがない。どんな機関であれ、その辺りはしっかりと対策済みだ。


「もし強引な値切りを強行したら、恐ろしい目に遭う」

「だろうねぇ。詳細は、あえて言わないけども」


 無法な使い方をすれば社会が黙っていない。つまりテオドールが交渉系のスキルを生産したとしても、空前絶後、規格外の《値切り》スキルを発動することは考えない方がいいということだ。


「くず野菜については……まあ、最悪の場合は無料まであり得るからか」

「値引きの下限が無かったという話だねぇ」


 少し損をした気分になったテオドールだが、それはさておき。


 役人たちが苦悶の声を上げる横で悠々と紅茶を嗜みながら、ウィリアムはこの前置きに照らして本件に立ち返る。


「冒険者ギルドのガイドラインに従って依頼をしたまでだからね。社会が承認した約束事に則する提案だから、値下げは無理筋なのさ。だから今の僕は無敵なんだよ」

「……本当なら、倍でもいい」


 余裕の態度で寛ぐウィリアムとは対照的に、街の運営陣はもう阿鼻叫喚の様相を呈している。

 話は中々まとまらずに、客人の前にもかかわらず、彼らは大わらわしていた。


 そのためテオドールらは検討の間は口を出さずに、離れていた間の近況報告などをして、時間を潰すことになった。


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