第十八話 神頼み
『はっはっは! 随分と面白いことになっているねぇテオ君。それはもうS級の依頼じゃないか』
「笑い事じゃないよ。近場にも応援を頼んだって話だけど、どうしようか?」
冒険者ギルドのサービスとして、特定の街と通信を繋げる魔道具の貸し出しがある。
利用料が物凄く高額に設定されている上に、1日当たりの時間制限が設けられている不便なものだが、こういった緊急の場合には重宝した。
勇者の動向はギルドでも把握しており、滞在している街にはすぐに交換されたが、しかしウィリアムは事情を聞いても高笑いするばかりだった。
『無論、討伐作戦には参加してくれたまえよ。僕らも用事を済ませたらすぐに向かう』
「ですよねぇ……」
正直に言えば荷が勝つため、テオドールとしてはウィリアムたちが間に合わない場合は、撤退を視野に入れていた。
しかしこのお師匠様なら、確実に突撃を命じてくるだろうという予想もできていた。
「襲撃は6日後辺りらしいけど、ウィルたちは今どこに?」
『サザンレイクにいるよ。ここの魚はどれも美味しくてだね、テオ君にも一度は食べに来てほしい』
ウィリアムの現在地は、無数の湖に囲まれた水上の街だった。
テオドールの地元である、レーツェの街までは船と馬を利用して20日ほど。レーツェから更に、戦場になるエアガルドの街に着くまでは10日ほどかかる。
「……テレポートでもするつもり?」
『ふむ。この距離を瞬間移動できるような大魔導士がいるならば、是非スカウトしたいものだ』
通常通りに進めば、最低でも1ヵ月はかかる道程だった。
それでは間に合わないが、声色から余裕を感じたテオドールは、呆れながら言う。
「まあそうだけど、何か間に合わせる方法はあるんでしょ? どうするつもりなのか教えてよ」
勿体ぶってはいるが、彼が来ると言うなら、間に合うように来られるのだろう。
確信めいた聞き方に、ウィリアムはへそを曲げたような声を出した。
『もっと驚いてくれないと張り合いがないな。あの素直だった君はどこに行ってしまったのか』
「慣れだよ慣れ。打ち解けたんじゃないかな?」
『物は言いようだねぇ。僕らは走っていくから、明日の朝一で用を済ませて……3日後には到着できると思うよ』
電話口のウィリアムは当然のように言っているが、彼は交通機関を使って30日かかる道程を、走って3日以内に踏破するつもりでいた。
鳥になれるテオドールでもそこまでの高速移動は難しいため、勇者と聖騎士の人外ぶりを再確認することになったものの、これが味方なのだと思えば安心感も生まれてくる。
「じゃあ僕は待機しているから、早めに来てよね」
『ああ、間に合わせてみせるさ……と言っていたら、間に合わないのがお約束か』
「勘弁してよもう」
確かによくある展開ではあるが、明後日までに襲撃されるとしたら、テオドールとしても退却するしかない。
その段階で襲われては、近場の街からの援軍すら間に合わないからだ。
しかし万が一間に合わなかった時のことを想定して、ウィリアムは追加で言う。
『いっそ規格外の巨大な飛竜……いや、飛龍になって薙ぎ倒すのはどうかな? 全力全開の僕に変身するよりも、難易度は低いと思うけれど』
「今の僕じゃ魔力が足りないから、魔法が使えなければブレスも吐けない……大きいだけのハリボテになるよ」
そもそもドラゴンは魔法の力を利用して空を飛ぶため、ただ滞空しているだけでも恐ろしく消耗する身体になる。
地を這うトカゲになるくらいなら、いつも通りに変身して戦うか、身体を小型の竜種に作り替えて暴れた方がマシだとテオドールは判断していた。
『うむうむ、実力を把握できているのはいいことだ。確かに現状ではまだまだ修行不足だから、テオ君は大船に乗ったつもりで、僕らの到着を楽しみに待っているといい。はーっはっ』
気が狂うほど陽気な高笑いは最後まで聞かずに、テオドールは通信を終えた。
常時あれだけ笑っていて疲れないのだろうか。そんな疑問を持ちながら、彼は受付に受話器を返却して振り返った。
「テオドール殿。ウィリアム様は何と?」
「明後日には来られるそうです。依頼の料金については直接ご相談ください」
「……頭の痛いことです」
テオドールに任されたのは、渡りをつけるところまでだ。S級依頼になれば街の年間防衛費が半額ほど消し飛ぶだろうが、そこは役人たちが財布と相談しながら交渉する場面となる。
「落ち
「勇者が間に合えば、戦いには心配がないというのが救いですか」
魔物の素材は倒した人間のものだが、今回のように魔物が大量発生する場合は全体の共有物となる。
そして大物を討伐しても一度では運びきれず、回収に向ける注意力と体力も勿体ないため、打ち捨て御免がほとんどだった。
では誰が打ち捨てられた魔物を運搬して、解体するのかと言えば、身寄りのない子どもや満足に働くことができない傷病者たちだ。
こぼれた素材を非戦闘員が回収することを、通称で落ち穂拾いと言う。
つまり大規模動員の際には、現場で戦う人間の負担を減らしつつ、荷物運びの賃金を貧困層に支払う、社会福祉を並行で行うことがほとんどなのだ。
この点で、素材の売却益は国や自治体が受け取ることになるが、竜種は戦闘後に鱗が散らばっていることが多いので、いくらかは依頼料の足しになる見込みだった。
「今年は何故か魔物の被害が多発していて、予算が本当に厳しいんです。ああ、願わくばA級で済む限界の……30頭くらいまででありますように」
「大変ですね、お役人も」
予定している侵攻ルート上に街があるのだから、本隊から流れてきた個体を、いくらか撃退すれば済むような状況には期待できない。この呟きは半分以上が愚痴だ。
とはいえ、近場の街から応援を呼んだとしても迎撃は難しく、一騎当千の勇者に任せるのが最善なことは明白なので、彼らは何としてでも予算を都合するしかなかった。
「間に合うことが前提で、領主様に掛け合ってきます」
「よろしくお願いしますね」
覚束ない足取りでギルドを出ていった役人を見送ってから、テオドールは考える。
普段通りの戦法では雑魚狩りしかできないため、頑丈な敵が大量に押し寄せる場合には、どのような戦法を取るのが最適なのかを。
「変身して戦ったって、倒せる数はたかが知れている。……本格的に何か手を打たないといけないな」
テオドールは継戦能力に乏しく、直接戦闘ではすぐに魔力が枯渇するのだ。
そのため真っ先に考え付いたのは、アイテムを生産して、街の人々に渡す方向だった。
自分の戦力を10から20に上げても、焼け石に水でしかない。ならば100人の戦力を5ずつ底上げして、500のアドバンテージを稼ぐ方が有用だという判断だ。
そう方向を決めると、彼は具体的な方策を練り始めた。
「言うのは簡単だけど、どうしようかな。敵は飛行型だから、武具を生産しても効果は薄そうだし……投石器とかを作って並べてみようか」
師匠から参戦しろと命じられた以上、戦いに出ることは想定しておくべきだが、しかしまだ敵の詳細が掴めておらず、具体的な対策が立てにくいところはある。
そもそも敵は竜の大群だと言うので、やはりメインにはウィリアムとレベッカを据えて、戦闘の補助ができるように、遠距離火力をメインに強化するのが最良という結論に落ち着いた。
「ともあれ、ウィルたちが間に合うことを祈るしかないか。取り敢えずは思いつく限りのことを、片っ端からやってみよう」
まずは彼らが間に合うことを、今では大して信じてもいない神様に祈りながら、彼は彼で《規格外》の力をどう迎撃戦に役立てるかを、一通り試してみることにした。
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