第十七話 絶対に無理



「ワイバーンの討伐と、お嬢様の保護に成功しました」

「おお、無事だったかテオドール君!」


 テオドールは違法な商売をしている男たちと、捕らえられた奴隷を解放してから領主の館に向かったが、街の入り口ではひと悶着があった。

 騒ぎは既に伝達済みであり、出迎えに出てきた領主は苦笑いを浮かべている。


「いやはや君の仕事が早すぎて、下達が間に合わなんだ」

「いえ、こちらこそ。お騒がせしました……」


 大勢の人を空輸するのだから、テオドールはかつてないほど巨大な、凄まじい大きさに変身して飛んだ。

 浮かれた気分の彼は、怪鳥の姿のままで街まで飛んできたのだ。


 十数人を運べるほどの巨大な鳥が、街の目前にまで迫ってきたらどうなるか。

 当然、防衛部隊から迎撃される。


 遠目では足に吊るされている網の中身が、人だと分からないため、牽制の魔法攻撃を数発撃ち込まれることになった。

 人的被害は出ないまま決着したが、一歩間違えば撃墜されていたところだ。


「《変身》のテオドールが、鳥の姿で戻ってくるかもしれないという伝令と、人攫いの怪鳥が現れたという報告が行き違いになってな。……無事なようで何よりだよ」

「勿体ないお言葉です」


 衛兵だけならまだしも、たまたま通りかかったB級の冒険者パーティからも魔法攻撃が飛んできたので、彼は一旦街から離れて着陸した。


 奴隷商人とヴァネッサが逃げないように監視をしながら、助けた人を使いに出して、誤解を解いてから再離陸している。


 この事件の原因としては、今ではビッグサイズでの変身に慣れが出ており、一般的に見てどう思われるかという視点が欠如していたことが大きい。


 客観視ができていない以上に、能力でやりたい放題やっていた報いだが、後先考えない軽挙は控えるべきだと――戒めるべき事案ともなった。


 つまり目立つのはいいが、問題行動を起こせば名誉を損なうため、人間社会で問題なく生活できる程度の自重はするべきだ。というのがテオドールが得た教訓だ。


 しかし任務は無事に完了したため、若干の気まずさを覚えながらも彼は依頼書を提出する。


「では……請負いました依頼の、完了をご報告いたします」

「ああ、すぐに祐筆ゆうひつを呼ぼう」


 公的機関の長、特に領主を始めとした貴族が決裁する書類は重要事項のみであり、細々した処理は雇っている代書屋がサインをすることが多い。


 出来に問題がなければ依頼達成の伝票が発行されて、これを請負人と依頼主の両方がギルドに提出した段階で、報酬が支払われる仕組みになっている。


 だが、公的機関からの依頼は処理が面倒な印象を持っていたため、何の足止めもなしに伝票が出てきそうな流れに、テオドールは意外そうな顔をした。


「討伐対象の亡骸なきがらを、確認されてからの方がよろしいのでは?」

「領主を相手に、嘘を吐く冒険者を見たことがないのでね。まあ確認の人手は寄越すが、先払いでも問題あるまいよ」


 わざわざ庭先で死体を並べずとも、ギルドで素材の受け渡しを行えば裏は取れる。


 雑ではあり、民間では考えにくいことでもあるが、手続きを部下やギルドに丸投げするのは、貴族として正しい姿かと思いテオドールは頷いた。


「あの、それで……お嬢様の保護は多少手荒になりましたが、問題はありませんか?」

「うちの娘にも、いい薬になっただろう。大した外傷も無いのだから、もちろん不問にするよ」

「いい薬、ですか」


 家出をした後、追手を返り討ちにして逃避行を続けていた、跳ねっ返りお嬢様の様子を横目で見ると――彼女は部屋の隅で震えながら――固い誓いを立てていた。


「やだ……お空、怖い。私、一生地に足付けて生きていく……」


 生まれて初めての空中浮遊が、網に捕らわれて鳥に運ばれるという、ショッキングな環境で行われたのだ。


 子犬に化けて襲い掛かる場合よりも、深いトラウマを植え付けたのではないか。

 そこも反省するテオドールだが、領主が良いと言うのであれば責任問題は起こらない。


 堅実に生きることを誓ってもらえたようで、何よりだと片づけた彼の前で、領主は咳払いをしてから話の中断を申し出た。


「さて、テオドール君。少し待っていてもらえるか?」

「構いませんよ」


 依頼が成功して、報酬が貰えるとなれば何も言うことはない。少なくともテオドールにとっては美味しい依頼だった。

 だが領主は、娘に対して言いたいことが山ほどある。


「よろしい。ではヴァネッサ。こちらに来なさい」

「え、いや、ちょっとお父様……」


 娘の首根っこを捕まえて、領主が隣の部屋に移動した数秒後。


「こんっのドラ娘がぁ! 一体どこをほっつき歩いていたか!」


 テオドールが待機している執務室にまで聞こえるほど、もの凄い剣幕の怒鳴り声が響いた。

 長いこと行方知れずだったことで、領主は烈火の如く怒りを燃やしている。


「……席を外しましょうか?」

「いえ、そのままで結構です。この依頼票を処理を致しますので、ここでお待ちください」


 酒場までテオドールを探しに来たお付きの文官が、依頼票を持ってどこかに去って行った。


 だから彼は人の家で、家主が娘に説教する声を延々と聞き続けながら、味もよく分からない紅茶を一人で飲むことになった。


「……気まずい」





    ◇





「やあ、お待たせした」

「……いえ、お構いなく」



 目がバッテンになりそうなくらいに絞られた娘を連れて、領主が戻ってきた。かれこれ20分くらいは待たされただろうかと、テオドールはげんなりとした様子を見せている。


 しかし仕事は終わったので、これ以上ここでやることもない。別れの挨拶をして早々に退室しようとしたが、テオドールは不意に領主から話を振られた。


「君は勇者の関係者だと名乗っていたが、本当かね?」

「え? ええ、彼らの弟子に当たります」


 ウィリアムに会ったことがない領主は、テオドールが権威ある存在の弟子と知り、感心したような声で唸った。

 実物は変態でも、ネームバリューはやはり一級品だと納得するテオドールに向けて、彼は続ける。


「そんな君を見込んで、もう一つ依頼をしたい。今回のものは長丁場になるが、時間はあるかね?」


 領主は真剣な表情だが、前回はこれで出てきた依頼がB級お嬢様・・・・・の捕獲だった。


 テオドールとしても、今度は何があるのか気になるところではあるが、しかし遠征中のウィリアムとレベッカは10日後に帰還する予定だ。


 遅くとも8日後の朝にはここを発たなければならないという、タイムリミットについては変更が無いため、彼は期限を区切って念押しした。


「来週までであればこの街に滞在できます。その後はウィリアムの予定もありますので」

「やはりそうか。万が一のために、今は戦力が欲しいのだが……」


 見るからに悩んでいるが、これで次は「息子が家出をした」などと言い出したら、どうしようか。


 そんな考えが過ったテオドールだが、さりとて、ここまで話して帰るわけにもいかない。

 用件だけでも聞いておくべきだと考えて、早速切り出した。


「何かお困りですか?」

「娘は家出中に、来たる危機への調査をしていたそうでね」

「危機ですか」


 奴隷商が蔓延はびこっていれば治安が悪くなるだろうが、危機とまで言うほどだろうか?

 そう首を傾げるテオドールに向けて、領主は溜息を吐きながら答える。


「もうじき、この街に飛竜の大群が押し寄せてくる」

「……今、なんと?」

「B級指定モンスターの飛竜が、大量に襲い来ると言ったのだよ。事実関係はこちらでも確認するが、どうにも緊急のようだ」


 B級のモンスターを討伐するならB級のパーティが1つか、C級パーティが2、3組は必要になる。

 もちろん相性の問題はあるが、一般的な目安としてはその程度だ。


「この街の冒険者は、どれくらいいますか?」

「君を除くと、滞在しているのはB級が2組に、C級が9組だったはずだ。それより下は確認が必要だな」


 D級以下の冒険者でも、人海戦術で迎え撃つことはできる。

 街の下位ランク全員で迎え撃てば、5、6頭くらいまで対応できるだろう。


 街の衛兵もそれなりの数を受け持てるが――いいところ、20頭くらいまでが限界だ。

 しかし、大群・・というからには、それを超える可能性が高い。


「お嬢様の調査結果で、具体的な数などは判明しませんでしたか?」

「……娘と行動をしていた《予言》のスキル持ちによると、200は超えているそうだ。それだけの群れを統率できる飛龍もいるらしい」


 確実に対処できない数が出てきたのだから、テオドールは率直な感想を口にする。


「それは、無理ですね」

「現状では、絶対に無理だな」


 1対1の戦いを繰り返すのであれば、テオドールだけでも全頭を撃滅できるかもしれない。しかし一度に襲い掛かってくるのであれば、確実にカバーしきれない数だ。


 現時点では領主にもテオドールにも、防衛不可能という結論が見えていた。


「勇者、お呼びしましょうか?」

「……ああ。こちらでも裏取りをしてみるが、事実であると判明した段階でコンタクトを取ってくれ」


 未来予知のスキルは外れることもある。変な香具師やしにヴァネッサが騙されている可能性もある。

 だが事実であれば街が滅亡するため、予断を許さない状態ではあった。


 果たして3日後、公的機関による調査の末に――襲撃の予知が――非常に高確率で訪れる、近未来のものだと判断された。


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