第十六話 大漁
「おお、やってるやってる」
近づいてみると馬車は、5騎の騎馬から攻撃を受けていた。追手は警吏や騎士などではなく、全員がフードを被った怪しい集団だ。
山賊に追われている方のパターンだと判断して、テオドールは攻撃動作に入る。
「よし、助太刀するぞ!」
「な、何だ!?」
右足だけ変身を解除して、彼は上空から不意打ちをする。そして真上からの飛び蹴りには反応できず、先頭を走る騎馬を駆っていた男はあっさりと落馬した。
相手も攻撃しながら移動しているのだから、全速力ではない。死にはしないだろう思いながら転がる男を見送り、テオドールは後続の馬車に飛び乗る。
「お困りですか?」
「おお、援軍か! やっと手を回してくれたんだな!」
「早くやっちまってくれ!」
「お安い御用で――」
テオドールが追手の方を振り返った瞬間、炎の槍が飛んできた。
狙いが外れて後方に逸れていったが、命中すれば馬車が横転する威力だ。
「《魔法使い》か《魔導士》。それか《火魔法》辺りの使い手がいるな」
高威力の射撃を行った人物は、フードを目深に被っている。
その肩口から髪が覗いているので、テオドールは敵を女性だと判断した。
紳士的な振る舞いを心掛ける彼としては、丁重に捕縛をしたいところだが、まずは商人たちの身の安全が優先だ。
構えると同時に追撃が飛んできたため、ひとまずは彼もスキルで対抗した。
「ファイア・ランス!」
「なんの! 《規格外》の
「なっ!?」
巨大化した代わりに厚みが薄くなっている、鉄板のような盾が、道のど真ん中に突如として突き刺さる。
横2メートル、縦4メートルの巨大な盾だ。
それは生成されてからすぐに、敵方に向けて倒れていく。
盾は飛んでくる魔法攻撃を悠々と防ぎ切ってから、騎馬と激突して役目を終えた。障害物に激突して、また1騎脱落したことを確認したテオドールは、更に追撃を加える。
「ついでだ! 投網を食らえっ!」
「くそっ、こんなもの……!」
道を塞ぐほどに広がったネットに絡まり、更に2騎が脱落する。
魔法使いには馬捌きで避けられたが、残るは彼女だけだ。
「ファイア・ラン――」
「《規格外》の――特大ファイア・ランス!」
「っ!?」
テオドールは撃たれた魔法と同種の魔法を、規格外の大きさにしてぶつける。真っ向勝負で打ち破るために、デメリットなしで、ただ攻撃範囲が広いだけにした魔法だ。
力量差があれば再現しきれずに押し切られるが、今回は威力と規模で一方的に押し切ることができた。
酷く燃費の悪い炎の槍は、飛んできた火の槍を突き破って爆散する。
「あっ、きゃあっ!?」
放った魔法は、女の進行方向にある地面に着弾した。その衝撃で馬から身を投げ出したので、これで戦闘は終了だとテオドールは腕を下げる。
「おお、やったぞ! 支部長にも礼を言わねば」
「支部長……? まあいいや、取り敢えず捕まえてきますね」
「捕まえる? 何でだ?」
盗賊を引き渡せば金一封が出るのだから、余裕があれば捕まえるのが一般的だ。
商人にその常識は無いのだろうかと、訝しんでいたテオドールだが、脂ぎった顔をした中年の男はすぐに、得心がいったとばかりに手を叩いた。
「ああ、なるほどな。アイツらには先に行かせろ。俺たちで回収する」
「……? まあ、お手伝いいただけるなら、ありがたいですが」
何かが腑に落ちないと思いながら、彼は転回した馬車と並走して追手のところに戻った。
しかしこの辺りから、何かがおかしいと気付き始める。
「おおう、こりゃ思ったよりも上玉じゃねぇか」
「へへっ、高値が付きそうだなぁ」
怪我をしてもなお、立ち上がろうとする女性に対して、男たちは下卑た笑いを浮かべながら首輪を持ち出しているのだ。
テオドールも見たことがあるが、それは奴隷の逃走や反乱を防止するための首輪であり、流通が制限されているものだ。
「あれっ?」
何故そんなものを、馬車に積んでいたのか。
答えはすぐに分かった。
「くっ、こんな、奴隷商なんかに……」
「えっ」
「要らない正義感で仲間入りをしてちゃあ、世話ないぜ」
「なあ、売り飛ばす前に楽しんでおこうぜ」
この地域では、奴隷は違法だ。テオドールとて依頼を受けて検挙したことがある。
違法な商売に手を染めた輩の、手伝いをしてしまったと気付き、彼はあからさまに落胆した様子を見せた。
「うーん、これは失点かなぁ……」
「何ですかい? 旦那」
「いやいや、ごめんね。勘違いだったみたい。《規格外》」
「は?」
唱えた瞬間、テオドールは限りなく筋肉質になった。
そして首輪を持っている男の頭を鷲掴みにすると、そのまま勢いをつけて、馬車に向けて放り投げる。
「ぐぼぁ!?」
「いきなり何しやがんだ!」
「裏切ったのか!?」
奴隷商たちの声を無視して、全員にげんこつを食らわせて気絶させた。
彼は全員をのしてから、馬から投げ出されて倒れている女性の方に向かう。
「お姉さん、僕を雇う気はないですか?」
「何なの、キミ」
「C級冒険者のテオドールです。あまりに怪しい恰好だったので、山賊に馬車が襲われているものかと」
テオドールは報酬にがめつい方だ。と言っても生活には困らないため、賃金は求めていない。
依頼達成による功績ポイントを稼ぎ、B級へ昇格することが目的だった。
他の冒険者が失敗したミッションを引き継ぐこともあるので、今回もそのていで処理をしようと決めたテオドールは、早速交渉を始めた。
「……この際襲撃は不問にするわ。早く、先に行った方の馬車を止めないと」
「雇っていただけるので?」
赤髪の女性はげんなりとした表情を見せたが、首を縦に振った。
ただ働きにはならないと見て、彼は西に逃げる馬車を見据える。
「承りました……といっても、馬車はもう遥か先か」
「追いつけないとか、言わないわよね?」
「まさか。《規格外》の投網と大岩」
鳥の姿になれば追いつけるが、乗っている奴隷を人質にされれば面倒が起きることもあり、ここでテオドールは一計を案じる。
テオドールはまず縮小化した代わりに強度を上げたネットを敷くと、それなりに大きな岩を生成して網の上に置いた。
取っ手を強く握りしめた彼は、全身の規格を変化させて、一気に力を解き放つ。
「《規格外》……出力15%勇者!」
彼は出力を8割以上落としながら、ウィリアムの肉体を再現した。
その身体は岩を投擲する瞬間だけ、ほんの一瞬だけしか使わないものだ。
ハンマー投げのようにネットを振り回したテオドールは、遥か先に狙いを定めて放り投げる。
「オラァ! 飛んでいけッ!」
馬車の半分くらいの大きさを持った岩の塊が、道の先へ飛んでいく。
数秒の滞空時間を経て着弾したが、それは峠道の上、崖に命中して土砂崩れを起こした。
「ふぅ……これで足止めは完璧だ」
ほんの数秒とは言え変身の反動は大きく、彼の右手はビリビリと痺れている。だが、慣れるためにも積極的に使う必要があるので、それも込みで遠投戦法を選んだ。
まだ戦闘は可能な程度の余力を残してあるため、テオドールは悠々と腕を回す。
「立往生だろうし、後は捕まえるだけだね。いってきまーす」
ひとっ飛びしたテオドールは、峠道で右往左往していた奴隷商人のもとに降り立つ。
彼は混乱した商人たちをまとめて捕縛してから、奴隷を保護しつつ悠々と帰還した。
一般人など既に相手とならないため、ここに特筆すべきことはない。
「……よく分からないけど、まあ、助かったわ」
「いえいえ、手違いで攻撃してしまいましたが、報酬はお忘れなく――ん?」
フードを外した女性の顔が明らかになったが、どこか既視感があると思い、テオドールが思案すること3秒ほど。
彼は背に吊るしていたマジックバッグの中から、依頼書を取り出した。
「えっと、《規格外》の投網」
「私の名前はヴァネッサよ。報酬については相場通りに、街に帰ってから……って、どうして網を握りしめているの?」
領主から渡された依頼書の、人相書きと瓜二つな人間が目の前にいる。
燃えるような赤髪に、猫科の動物を思わせる目元。顔の輪郭から細々した特徴まで、完全に一致している姿を見て、テオドールは飛びかかった。
「確保ーッ!!」
「え、ちょっと!? なにごと!?」
ここまで似ているなら間違いようがなく、間違っていたとて領主から弁解してもらえば済む。
そう考えたテオドールは、容赦なくこの場での確保を試みた。
「もしやお父様の差し金ね! ちょっと、離しなさい!」
「……確定」
父親から追われているという要素まで加わったので、もう確実だ。
テオドールは邪悪な笑みを浮かべながら、彼女を網で絡めとった。
「それがもう、依頼を受けてしまったもので。申し訳ありませんが、このまま空輸させていただきますね」
「空輸って……あわわわわ!?」
事情は分からないまでも、奴隷商と攫われた人たちを放っておくわけにはいかない。
そのためテオドールは、お仲間であるフードの集団と馬を残し、それ以外の人間を投網で一括りにして――漁船が網漁をするかの如く――運ぶことにした。
いつもより更に大きな怪鳥の姿に身体を変えて、右足に網を括り付けた彼は、再び空へ飛び立つ。
「いやっ、お、降ろしてぇ!」
「落として?」
「違う! ゆっくり優しく降ろして!」
高所に怯えるヴァネッサだが、テオドールとしてもその願いを聞くのはやぶさかではない。
だが、着地点は明確に決まっていた。
「畏まりました。ゆっくり優しく着陸しますが、場所は領主様の館になります」
「ああ、もう、どうしてこうなるのよッ!」
まさかお嬢様の確保までできるとは、思わぬ僥倖だった。
ワイバーンの討伐帰りなので一石二鳥。いや、奴隷商の引き渡しも含めて、一石三石だとテオドールは笑い、怪鳥の表情がにやける。
「一日の成果としては十分過ぎるね。ははっ、今日は大漁だーっ!」
ウキウキした気分で凱旋していく彼は、今の自分がどんな姿なのかを自覚しておらず――街に到着して早々に――騒ぎに巻き込まれることになる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます