第八話 C級冒険者のテオドール



 時期は初夏を迎えた頃、普段は長閑のどかで平和な村が鉄火場を迎えていた。


 大量に発生した小型モンスターの群れによって畑が蹂躙され、急拵えで作ったバリケードも壊滅寸前になっている。


「おい、東側からも来てるぞ!」

「女衆と子どもたちにも、石ころを投げさせろ!」


 村民たちが「今年の春野菜は豊作だなぁ」などと暢気な会話をしていたところに、大量のゴブリンが押し寄せてきたのだ。


 100を超える数が襲来したのだから手は出せず、村人たちは丹精込めて作った野菜が踏み荒らされ、つまみ食いをされる様を、柵の内側から眺めているしかなかった。


「ああ、刈り入れは来週だったのに」

「言ってる場合か! 手を動かせ!」


 ゴブリンたちは作物が目当てのため、死人が出ていないことだけが救いだ。しかし全ての作物が奪われた瞬間、矛先が村人に向かうのは必定だった。


 冒険者の到着はまだかと街道の方向を見た青年は、次の瞬間、目を見開いて叫ぶ。


「でかいのが出てきたぞ! 気を付けろ!」


 村人たちは一斉に、村の東側にある小さな丘に目をやった。


 ゴブリンは概ね小柄で、体長は1メートルもない。大型種でも2メートルほどが精々であり、装備も拾い物がいいところだ。


 しかし丘の先からやってきたゴブリンは、一見して大型種よりも二回りは大きく、最低でも将軍級ジェネラルと呼ばれる固体であり、最悪の場合は王の名を冠する大きさだった。


 高級そうな金属製の鎧に身を包んでおり、突然変異個体であることは誰の目にも明らかだ。


 統率が取れた群れの脅威度は跳ね上がるため、村人たちは顔色を失ったが――ふと、村長が異変に気付く。


「な、なんじゃあ、あの構えは」

「いや……見たことないけど」


 その姿勢はクラウチングスタートと呼ばれるものだ。


 姿勢を低くして、溜めを作った巨大なゴブリンは、放たれた矢のような速さで走り出した。丘の傾斜を利用して更に加速を付けると、村を囲っている群れに正面から突っ込んでいく。


「ゴォォオオァァアアアアアア!!!」

「ギギャ!?」

「ギュエッ!!」


 ただ駆け抜けるだけで、魔物の群れに被害が出ている。


 群がるゴブリンたちを轢き殺していくことは喜ばしいが、しかしその怪物は一直線に村を目指しており、間もなく外周部に到達しようとしていた。


「おい! 矢だ! 早く射かけろ!」

「こんなものが効くのか!?」


 戦闘経験に乏しい村人たちがおろおろしている間にも、彼は凄まじい速さで距離を詰めて、一息に跳躍した。


 巨体が着地する衝撃が周囲に響き、村人たちが顔面蒼白になる横で――緑色の身体がみるみるうちにしぼんでいき――装備品まで残らず縮小させてから、彼は笑顔で周囲を見渡す。


「討伐依頼を受注した、C級・・冒険者のテオドールです。村長さんはどこですか?」


 親玉と思しき化け物の正体は、女顔をした童顔の青年だった。声はボーイソプラノで、一見すると駆け出しの少年にも見える。


 あまりの落差に驚きながら、呼ばれた老人はおずおずと手を挙げた。


「ええ、と。儂じゃが」

「この依頼書でお間違いないですか?」


 村の外には敵がうようよしており、気まぐれに殴られる防壁も決壊寸前。そんな環境を物ともせずに、テオドールはまず依頼の確認から始めた。


 間違いなくこの村からの依頼と確かめた彼は、早速バリケードに向かう。


「今から倒してきますが、その前に《規格外》」

「おおっ!?」


 砕け散りそうな木の柵に触れた瞬間、やや小さくなった代わりに、破損が全て消えた。


 これから戦闘があるため柵の強化までは見送られたが、急場凌ぎには十分な耐久力になったと見て、彼は腕を回す。


「あ、先に言っておきますが、僕のスキルは《変身》です」

「そうか、それで、さっきの姿に……」


 柵が直ったのは形を変形させたからであり、モンスターの姿になっていたのは、単に変身していただけだ。テオドールは自分の能力をそう説明した。


 規格外とは何ぞや、という話を説明しても時間の無駄であり、謎のスキル持ちが来たとなれば、無用な不安を煽りかねないからだ。


「さて、それじゃあいつも通りに、いきますか」


 身体の伸縮と同時に装備品のサイズ調整まで可能になったのだから、この力を使いこなせるようになっているのは間違いない。


 修行を始めて2ヵ月半が経った今では、唱えずとも叫ばずとも、念じるだけで身体を規格外品に変換できるようにもなった。


 だが彼は技の名前を叫ぶ。無言で変身しても、地味だからだ。


「変、身!!」


 大仰な手振りと共に身体が発光するが、今では物品を生産しても、光らないように制御はできる。

 それでも光らせた。その方が派手で見栄えがいいからだ。


「はぁぁああああ!!」


 もう変身戦法には手慣れており、大して困難な作業ではなくなっていたが、彼は叫ぶ。

 その方が強力な能力を使っているように見えるからだ。


 徹底的に映えだけを意識した彼は、人前では多少ゆっくり変身することにしているが、引っ張り過ぎても良くはないと、ようやく戦闘用の身体を作り上げた。


 身長335センチ。体重380キロ。


 元のテオドールから倍以上の大きさになり、更に筋肉や骨格を強化した鋼の肉体だ。


 顔が優し気な童顔のままでは首から下とのギャップが激しすぎると、奇異に見られることもあった点を考慮して、全身をモンスターの姿へと変貌させている。


「身体の方は、これでよし」


 彼は短い修行の中で、新たな能力を得ている。魔力の消費量が爆発的に増加する代わりに、オーバースペック品という意味で規格から外れたものも、生産できるようになっていた。


 しかしデメリットもあり、これを使えば消耗が激しくなる。


 何かをベースに規格を変更するなら少量の力で済み、規格外品を新規に生産するなら中量。規格変更で性能を上げる場合は、品質に見合っただけの力を使い、無から高品質なものを生み出せば特大の容量を食う。


 今回は自分の身体を基に作り直しているが、戦闘前からそれなりの力を使っていた。


「装備はこれでいいかな」


 また、テオドールはいつも鉄製の鎧を着用しているが、武器は相手によって変えている。


 腰に吊るしていたマジックバッグには、現地生産を減らすために上限まで武器を詰めているが、今回は大量の雑魚を相手にするのに最適な装備を取り出した。


 丸太だ。正確に言えば、大黒柱の規格外品である。


 ご丁寧に持ち手まで付いている、元の彼ならぺしゃんこになりそうな代物を肩に担いで、彼は宣言した。


準備完了I'm Ready


 凛々しい顔を心掛けても、顔はゴブリンなのでそこに効果は無い。

 とことん格好つけたショーは終わりで、ここからは戦闘だと、彼は柵を乗り越えて駆け出した。


「そうー-りゃ!!」


 丸太を振り回す巨体が、群れの中央で回転する。

 ただそれだけの動きで、暴風雨のような破壊力を発揮した。


 大型の竜巻に巻き込まれて、吹き飛ばされていくかの如く、近場にいた個体から順に宙へ跳ね上げられていくが、ここに特別な技など何も要らない。


 でかければ、でかいほど強いのは真理なのだから、パワーだけで全てを蹴散らしていった。


「密集地帯は抜けたし、そろそろかな」


 柵の補修と変身でもそれなりに消耗しているが、それを差し引いても、この戦いは長期戦には向かない。

 能力を底上げした場合はすぐに魔力が底を着いて、変身を維持できないからだ。


 回転によって十分な遠心力が付いたとみたテオドールは、一気に片を付けるべく、両手に全力全開で規格外の力を込めた。


「まとめて、吹き飛べ!」

「グワッ!!」

「ギィエエッ!!?」


 叫ぶと同時に、大黒柱が伸びた。突如として長さが3倍になり、並みいる敵を全て薙ぎ倒していく。


 元より作物が目当ての魔物たちは散り散りに逃げ出していくが、敗走する集団で最も大きな個体をボスと見立てて、テオドールは仕上げに入った。


「逃がさないぞ。こいつで終わりだ!」


 丸太の勢いに乗って飛び上がった彼は、滞空したまま武器のサイズを小さくした。

 投げやすい大きさにまで変化させてから、それを力任せにぶん投げる。


 小さめになったとは言え大黒柱だ。空飛ぶ柱がボスの背中に直撃すると、くの字になって吹き飛び、すぐに動かなくなった。


「よし、任務完了っと」


 いくらF級の魔物、小柄なゴブリンとはいえ、現れた数は100を下らない。


 数の関係でB級依頼の仕事になるが、しかし今のテオドールならば、これくらいは余裕でこなせるようになっている。


「今回は楽で助かったけど……さて」


 力の強化と、明らかに実力に見合わないクエストの強制受注。

 これを両輪でこなした結果、粗削りながらも力はついた。


 しかしこの状況が可愛く見える修羅場を、強制的に何度も潜らされたのだ。彼が直近2週間のことを思い返せば、今回の現場は相当生ぬるいと言えた。


「村をお救いくださり、ありがとうございます」

「ははは、当然のことをしたまでですよ」


 村に引き上げたテオドールは、にやけそうになる顔を必死で凛々しく保ちながら、村人たちからの感謝と賞賛を受け取る。


 食費や被服費が無料で済む彼は、人からの感謝さえあれば生きていける存在だ。


 本来であればもう少し省エネルギーな戦い方もある中で、全力を注いで良かったと、彼は内心で拳を掲げていた。


「どうですか、今晩は宴など」


 できれば夜通し感謝の祭りをしてほしいテオドールだが、依頼達成の受領証を受け取った彼は、心底残念そうに首を振った。


「ああ、すみません、近場でもう1件依頼があるんです」

「は、ハシゴ……ですか」


 1ヵ月の修行をした後は、実戦と称して、日に2つほどの依頼をこなしている。

 平均難度はB級ほどで、明らかに身の丈に合わないものをだ。


 しかも師匠は手伝わないため、ソロでこなしている。ウィリアムなどは死闘を繰り広げるテオドールの姿を、爆笑しながら見ているだけだ。


 そうして功績値を独り占めした結果が、この短期間でのC級昇格だ。3ランク上げるのに、介護付きで3年かけたことを振り返れば、40日での昇格はまさに破竹の勢いと言える。


 そんな近況から目を逸らして、テオドールは締めの挨拶に入った。


「あれだけやれば、すぐには寄り付きません。晩にも応援が来ますから、後始末はそちらに任せてください」

「それは有難いのですが、隣村まで、歩いて半日はかかりますよ?」

「ああ、その点はご心配なく」


 依頼の解決速度が速い理由は、移動手段を手に入れたからでもあった。

 野宿を心配した村人たちの前で、彼は意気揚々と姿を変える。


「変身! 《規格外》の怪鳥!」


 叫ぶと同時に身体のシルエットが変化して、身の丈を超える大きさを持つ鳥の姿になった。


 これは元が大きいだけであり、これでも大きさを劣化させている。要は体力さえ持つなら、いつまでも飛べる程度のサイズに落とされていた。


 戦闘力や特殊能力などを残らず削除したことで、消費量よりも回復量の方が大きくなっているため、次の依頼を始める頃には全快という計算だ。


 喋る鳥と化した彼は、村人たちに羽を振ってから、ゆっくりと飛び立った。


「また何かあれば呼んでください。すぐに駆け付けます」


 見送りの声を聞きながら、テオドールは大空に羽ばたく。


 眼下からの声援により、欲求は一時的に満たされたが――まだまだ全然足りてはいない。

 次はどんな演出で登場しようかと、彼は更なる賞賛を受ける算段を立て始めていた。


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