第九話 ジェネリック勇者


 依頼を終わらせた翌日の早朝、テオドールは町はずれの湖に向かった。これは日課であり、遠出をした時以外はほぼ毎日ここに通っている。


 日が昇りきらないうちの集合だが、彼が着くと既に、ウィリアムとレベッカは揃って待っていた。


「さあ、そろそろ修行の課程も修了だね」

「長いようで短い3ヵ月だったな……」


 肉体的な鍛錬と模擬戦はレベッカが、スキルについての発想訓練はウィリアムが請け負い、交互に指導を受けてきた。


 そしてテオドールは予定通りに、同世代のトップクラスどころか、街で有数の戦力にまで成長している。


「さてテオ君。修行期間中に、一番辛かったものは何かな?」

「筋トレと食事」

「戦いじゃないと断言できるとは。うんうん、成長したねぇ」


 この3カ月で、テオドールが最も辛かったのは筋力トレーニングだ。


 特に最低限の基礎を作っていた最初の2週間は、訓練の次の日は指一本動かせないほどの筋肉痛に陥っている。


 例えば訓練2日目の思い出を振り返ってみると、散々な目に遭っていた。


「強化系の支援を受けたら、フィードバックがある」

「実力以上の力を振るった反動だね。はっはっは、これも勉強さ」

「……当然のように家に上がり込んでいるのは、もう何も言いませんけども」


 限界を遥かに超えて追い込んだのだから、トレーニングの効果は絶大だ。


 そして身体作りには休養と栄養が必要ということで、1日間隔で徹底した休養日を割り当てられるとも言われたが、問題は栄養を補うための食事だ。


「さあ食べたまえ、二十四種の薬草スープを」

「……まっず」

「お代わりは寸胴いっぱいにあるからね!」


 朝昼晩に分けて、レベッカの回復魔法による手当を受け、ウィリアムからは激烈に苦い健康スープを無理矢理流し込まれ続けた彼は、行動不能なまま1日を終えた。


 慣れるまではこれが隔日で訪れており、秘伝の薬草スープはほぼ毎日掻き込むことになったが、特訓開始10日目になり、彼は気づいた。


「あれ? 栄養素をそのままに、味の規格だけ変えればよくない?」

「できると思うよ!」


 それ以降は苦みとえぐみから解放されたが、彼の舌はまだあの不味さを覚えていた。

 そんな日々を振り返ったテオドールに、ウィリアムは改めて言う。


「さて、ある程度鍛えたことだし、そろそろ集大成の話の話をしよう」

「集大成?」

「ああ。テオ君のスキルを知った時、僕はピンときたのさ。手っ取り早く君を強化できる、最強の戦法を!」


 テオドールからするとレベッカも大概だが、ウィリアムには輪をかけておかしな雰囲気がある。

 今しがたの宣言からも、不穏な気配はひしひしと感じられた。


 下手をすれば集大成とやらが、勇者の力じんるいさいきょうを基準にしている可能性がある。

 そんな考えが頭を過ぎり、テオドールは一歩後ずさりをした。


「……大丈夫ですか、その方法」


 これまでは育成に重点を置いていたが、世界で一番強い男に合わせた訓練に切り替えた場合はあの世へ直行なので、正しい恐れ方ではあった。


「今更他人行儀にならないでくれたまえ。その戦法とは、こちら!」


 アシスタントとして待機していたレベッカと、得意満面なウィリアムが両端を持ち、横断幕を広げた。

 大袈裟過ぎる仕込みのもとで公開された布には、簡潔な文が書かれている。


「君も勇者になろう。……あの、どういう意味なの?」

「そのまんまの意味さ。君には規格外の勇者になってもらおう」


 説明を求めた。説明を受けた。

 その上で、テオドールには全く意味が分からなかった。


「ごめん、ちょっと分からない」

「いいかい君の能力は、イメージが全てなんだよ? 野菜を作っている時だって、まるで農業系の上位スキルだと、周りに零していたらしいじゃないか」


 事実として、己を慰めるために、テオドールがよく使っていたフレーズだ。

 意外とよく調べているなと感心しつつ、彼は相槌を打つ。


「それで?」

「規格外の剣や野菜を生み、規格外の肉体を生むこともできた。ならば、規格外の・・・・スキル・・・だって生産できるはずじゃないか。現実的に複数持ちはいるのだし」


 スキルは原則として一人に一つ与えられるが、鍛錬や経験でスキルを取得することも稀にある。


 強大な力を持つ物は発現しにくいが、ダブル、トリプルくらいまでの人間なら、どこの街でも探せば見つかることは間違いない。


「つまり祝福以外で取得する方法があるのなら、スキルで生産することもまた、可能なはずだという説だね」

「そんなことが、できるものかな」


 テオドールの中では半信半疑どころか、疑いがほとんどだ。


 一生に一度の機会に恵まれなかった者の悲哀は、彼自身がよく知っている。そして自分が持つ不良品生産の力に、それを覆せるほどのポテンシャルがあるとは到底思えなかった。


 しかしウィリアムは大袈裟な仕草と共に、元気よく私見を述べる。


「できると思うよ。何なら、規格外品なら何でもオーケーという特性を見て、僕は真っ先にそれが思いついた。だから君に声をかけたのさ!」


 堂々と言い切ったウィリアムだが、常識からは外れた発言だった。

 可能か不可能かを差し引いても、常人ではその発想に至らない。


 テオドールも含めて、スキルは神から授かるという認識の者がほとんどだからだ。


 信仰心や宗教のことも絡むため、「スキルを自作する」などという発想は、異端かつ危険な思考でしかなかった。


「頭のネジが飛んでいると、そんなアイデアも出てくるのか……」

「酷い言われようだねぇ」


 宗教裁判が開かれかねない、非常識な発案ではある。

 しかし強く念じれば叶うことは、これまでの特訓で学んできた。


「つまりこれまでにやってきた練習は、基礎トレーニングということだね。本命は別なスキルを生み出しつつ、複合させて取り扱うことさ」


 ウィリアムは横断幕から手を離すと、音が立ちそうな勢いで人差し指を向けた。


「やればできる! さあ、《勇者》のスキルを作ってみよう!」


 ウィリアムの目論見とは、言わばジェネリック勇者の生産だった。


 自分と同一か、それに近い能力者が誕生すれば、彼の負担が半分になるという狙いがあってテオドールの育成を始めた。


 更に今となっては、彼は様々な意味で仕事に前向きなため、自分よりも熱心に英雄としての営業活動をするだろう。という面も込みでの発案だ。


「やってはみるけどさ……今までにやってきたことよりも、遥かに難易度が高いね」


 しかしテオドールとしては難しい顔をしている。

 この提案はこれまでに採用した戦法と比べて、難度の高い問題だからだ。


 まずはスキルという目に見えない存在に規格を作り、そこから更に、規格から外れたものを作り出すという、二段階の作業が必要となる。


 作り方や設置場所もよく分からないので、彼は首を傾げていた。


「そもそも勇者がどんな戦い方をするのか、イメージがつかないし」

「ふむ。そう言えばテオ君の前で戦ったことがないね」


 何から手を付けるかと考えるテオドールを前にして、ウィリアムはおもむろに背中の剣を抜き放った。


「では勇者のスキルで使える技を一通り実演するから、一つずつ組み込んでみてはどうだろう? 徐々に規格を変更しながら、完成に近づけていく感じで」

「一気に作るよりは、その方がやりやすそうだね」

「では早速見せようか。とうっ!」


 不意にウィリアムが屈み、垂直跳びをすると、姿を見失いそうになるほど遠くまで飛び上がっていった。


 数秒後、急激な速さで地上に舞い戻ってきたウィリアムは、白く輝く剣を湖に向かって振り下ろす。


天翔雷鳴斬てんしょうらいめいざん!」


 紫電を伴った剣撃の衝撃波が、余波となって天地に轟く。


 目を開けていられないほどの光がほとばしり、湖を横断した光は湖面を真っ二つに切り裂いた。

 早朝のため攻撃方向は無人だったが、通行人がいれば大惨事になっているところだ。


「これが僕の必殺技の一つだ。さあ、遠慮なくマネしていいよ」

「……いや、無理でしょ」


 これは再現できないどころか、むしろ再現してはいけない技だ。

 テオドールからすると、真似できた時の方が問題だった。


「あんなものを撃ったら――いや、撃てたら。僕の体が反動でバラバラになっちゃうよ」

「む? あー、まあ、そうかな? そうかもしれない」


 この技を再現するにはどうしたらいいか。


 その一、垂直跳びで大空に舞い上がる。

 その二、上空から加速をつけつつ落下する。

 その三、技を出しながら、怪我をしないように着地する。


 細かく言えばもっと手順はあるが、大雑把に分けるとこの3ステップが求められる。


「普通の人はそんなに高く跳べないし、跳べたとして、着地できずに真っ赤な・・・・トマト・・・になるから」

「うーん。最強スキルを取り扱えるようになれば、他を幾つ作っても楽勝という算段だったのだけれど」


 仮にホブ・ゴブリンの身体を強度10倍で作ったとて、高度が足りなければ着地にも耐えられない。

 実現不可能かつ、実現させた場合は死亡に直結しかけない。


 様子を見ていたレベッカも、やれやれと言いたげに肩をすくめて言った。


「ウィルは、やり方が雑」

「確かに」


 模擬戦の相手がレベッカでよかったと、心の底からテオドールは思った。

 しかし心外そうな顔をしたウィリアムは、即座に代案を出す。


「まあ待ちたまえ。大丈夫、跳躍ができる方法があれば、反動を受け止める方法もあるんだ。……さあテオ君、まずは最強の肉体である、僕の四肢を造るといい」


 服を抜いだウィリアムは、しなやかな肉体を惜しげも無く露出させた。


 あっという間に全裸になったウィリアムは、この肉体を再現しろと言いながら華麗なポージングを決める。


「通報しますか」

「おいおい、冷たいなぁ」

「安心してよ、冗談半分だから」

「半分は本気じゃないか」


 一部の隙もない鋼の肉体は、巨匠が彫り上げた彫刻のようであり、肉体美のコンテストなら優勝もかっさらえそうな身体ではあるが、ここは屋外だ。


 勇者が逮捕されることはあり得ないため、これは茶番だが、手早く済ませてしまいたい状況に違いはなかった。

 下半身から目を逸らしたテオドールはまず、肩回りをまじまじと眺める。


「さておき、これはいつもと同じことだね。どこを規格外にしようかな」


 変身を使う際は、サイズの大小を変更することが多い。大きくなった方が強いので、基本的には身体を巨大化させる方向で使っている。


 しかし今回は新たな試みと並行して行うため、やや小さくなったウィリアムの身体をイメージして、テオドールは力を発動させた。


この身体・・・・のコピーを、《規格が――がっはぁああ!?」

「えっ!?」

「おおう! どうしたテオ君!?」


 スキルを発動して、刹那。体が爆散するかのような衝撃が、彼の全身を走り抜けた。

 痛みに耐えられなかった彼の体は、いとも簡単に意識を手放して沈む。


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