第七話 欲望の叫びと規格外の筋肉
手続きが終了した瞬間に、翌々日に再集合とだけ伝えられたテオドールは、釈然としない顔のまま家に帰った。
そして今、彼はレベッカと出会った湖のほとりで、彼女と向かい合っている。
「では、地獄の特訓を」
「りーゆーうーの、説明!!」
ここで内向的なテオドールにしては珍しく、地団太を踏んで説明を求めた。
加入経緯から現状までの一切が意味不明なのだから、それもさもありなんといったところだ――がしかし、レベッカが小首を傾げて言うには。
「珍しい力だから、育ててみたいと思った?」
「どうして疑問形なのさ」
可能なら冒険者家業を続けようと思っていたテオドールにしてみれば、勧誘は有難いことではあった。
だが理由は、「珍獣を育成してみよう」というのと然して変わらない。
嘘でもいいから、もう少しドラマティックなエピソードを用意できないのかと呆れてはみたが、向こうは育てる気満々で、仮加入の申請を終わらせているのだ。
勇者への協力が国民の義務と言われれば徴兵と変わらないため、今さら逃げることもできないが、彼には気掛かりな点もあった。
「地獄の、とか銘打たれると、怖いんだけど」
「修行の予定はウィルが組んだから問題ない。絶対できる。目標は3ヵ月以内に、あの街で最強のクラスになること」
今の戦闘力は最弱に近い順位なので、ほぼ全員をごぼう抜きにする勢いで鍛えることになる。
しかも四半期で達成しろと言われたのだから、テオドールはもう笑うしかなかった。
「まあ、鍛えてくれるならありがたいけどさ……」
強くなれば自信も付き、前向きな人生を送れるだろうという展望はあった。
だが今の彼にとっては、目先の問題がまず先にくる。
「これは何に使うの?」
「無論。筋トレ」
彼らの目の前にあるのは、赤茶けた大きな岩だ。
何の変哲もない、ただの岩だ。
「……具体的に、どう使うつもりでいるの?」
「背中に載せて、筋トレ」
「だよねぇ」
ただし、テオドールの身体よりも大きな岩だ。
背中に載せれば、まず間違いなく下敷きになって潰れる。
「大丈夫。自分に、スキルを付与して」
「……自分に?」
「そう。補助魔法の要領で」
生産系の能力者という自認でいたため、そんな使い方をしたことはもちろん無い。そもそもテオドールには魔法の素養が無く、補助や付与の魔法も使ったことがない。
それに規格外という力で、何をどう補助しろというのかも、分からなかった。
しかしなるようにしかならないので、ダメ元でも何でもいいからやってみようと、期待1割、諦め9割くらいの低いテンションのまま、スキルの発動準備に入る。
「僕は規格外だ。型にハマらないビッグな男だ……。何だってできる……ええと……出過ぎて打たれない、高い杭……《規格外》!」
自己暗示のように念じ続けたのだが、これでいいのだろうかと――何やってんだろうかと――いう気持ちは、彼の中にも当然ある。
ひとまず言われた通りにはしてみたが、レベッカは酸っぱい顔をして唇を尖らせていた。
「……違う、そうじゃない」
「……じゃあ、どうしろと?」
「そのスキルを、どう使ったら課題をクリアできるか。考えるのも修行」
「なるほど」
今の彼では生み出した岩を持ち上げることすらできず、圧倒的に筋力が足りない。
これを、スキルの力でどうにかするのが課題になる。
「規格を思い描いて、そこから外れたものを生み出す力を……トレーニングに使うか」
便利な力ではあるが、何となく「岩を持ち上げる力!」と念じて、どうにかなるほど万能ではない。
だが、穴が開くほど凝視してくるレベッカの手前、何かの成果を出さねばという思いが彼の頭脳を回転させた。
「補助、付与。つまり、自分の身体にこの力を使うってことは?」
考えること数分。論理的に考えた結果、テオドールの中でそれらしい筋道が立った。
自分の体を、
つまりは、ローブに触れることで長さと大きさの調節が可能となったように、自身の身体に触れて筋力を調節するということだ。
「補助って言うと、そういう結論だよね……」
「わくわく」
人間として規格外の筋肉だったり、霊長類として規格外の骨格だったりと、身体を丸ごと規格外品に置き換えてしまえば、絶大にパワーアップすることも夢ではないという結論だ。
「これなら、できるかな。一応実績はあるし」
補助魔法で筋力を底上げするのと変わりないので、最初のアドバイス通りでもある。
しかし果たして「規格外品を生み出す」という力が、そこまで自由な解釈で使えるのかは疑問符が付くところだった。
失敗したら
「できる。こういう力を取り扱う時は、まずは、信じることが大事」
「信じる?」
「そう。自分の持つ力と、可能性を信じること。力を手にして何がしたいのか、願ってみて」
見栄っ張りなところがあるテオドールからすれば、そんなことを言われて「ダメでした」では恰好が付かない。
このまま立ち止まっていたところで、仕方がないことも自覚している。
だから彼は素直にアドバイスを受け止めて、自分が思い描いていた将来像に考えを巡らせた。
「僕がなりたいのは、八百屋じゃない。冒険者なんだ」
「一流の冒険者になったら、何がしたい?」
目標を具体化させることで、モチベーションを上げよう。レベッカからすると、それ以上の意味は無い激励の言葉だ。
問われたテオドールは更に掘り返す。
どうして自分が冒険者になりたかったのか、その原点を振り返って曰く。
「そうだ。僕は有名に、なりたい」
「……ん?」
「でっかいモンスターをぱぱっと討伐して、皆から尊敬されたい!!」
幼少の頃からどんくさく、何をやってもてんでダメな少年時代を過ごした彼は、あらゆる方面へのコンプレックスが蓄積していた。
下積みを3年続けても全く芽が出ず、パーティへのやっかみを一身に受けた上に、メンバーの一部からもバカにされる日々。
そんな毎日を黙って受け入れてきた彼は、冒険者という職業そのものに執着するようになったが――素直な願望を口にしろと言われれば――話は早い。
「金や稼ぎなんてどうでもいい。僕は、ちやほやされるために……冒険者を志したんだーッ!!!」
「ええ……」
あまりにも直球の欲望に、無表情を崩さなかったレベッカの眉が八の字に曲がる。
だがテオドールは止まらない。通算10年の時をかけて熟成された感情が、一気に噴き出した彼は、突如として承認欲求モンスターと化した。
どちらかと言えば、これが彼の素だ。仮に神託の際に、戦闘系のスキルを入手していた場合、もっとハッピーで有頂天な性格になっていたはずだった。
「普通のやり方を散々やってダメなんだったら、やってやる! やってやるぞ! 賞賛と喝采を一身に集めてやる!!」
「え、ええと。発破の掛け方を、間違えた……?」
困惑するレベッカだが、彼女としては大したことを言ったつもりがない。
励ますために、ありきたりな言葉を投げかけただけだ。
「むむ……」
どれだけ不自由な空間で過ごしてきたのかと、不憫に思う気持ちは彼女にもある。だがやる気が漲っていること自体はプラスなので、目前の宣言は一旦無視した。
するとテオドールは深呼吸をしてから胸に右手を載せて、力を発動した。
「どらぁ! 《規格外》の僕!」
少し筋肉質になったところで、身の丈を超える岩など持ち上げられない。
ならば大柄の人間ではなく、人間よりも巨大な生物の規格をベースにした方が早いだろうと思い、彼はイメージを膨らませる。
そこで描いた身体はホブ・ゴブリンのものだ。
「武装した人間を片手で持ち上げる、あの筋力。完全武装の僕を、素手で数メートルも吹き飛ばした、あの腕力!」
冒険者を辞めるきっかけになった、トラウマもののモンスターだ。
強そうなイメージなど幾らでもできた。
使い慣れた力の新しい用途が、彼の身体を人間という枠の外へ運んでいく。
人外の力を。常識と規格から外れた力を、この身に。
テオドールがそう念じ続けると、身体に変化が起こった。
両腕が輝き始めると――眩い光の中から――頑健な新しい腕が姿を現す。
「……成功だ!」
両腕は一瞬で、巨大で筋肉質な姿に変身した。自分の体で、
「って、なっ、なんじゃこりゃあぁあ!?」
「……ぷっ」
「笑わないでよ! ……ど、どうしようこれ!」
彼はすぐに、自分が犯した失敗に気づいた。
というのも、イメージがあまりにも鮮明だったため、忠実に再現し過ぎたのだ。
ふと気づくと細身の胴体には、筋肉質で大型の腕が付いていたものの、それは鮮やかなまでに
肩の付け根から指の先まで、彼は
要するに今の彼は望みどおりに、規格外の人ではなく、規格外のホブ・ゴブリンだ。
ベースよりも小さめになった、ゴブリンの親玉という存在である。
そして強化されたのは腕だけであり、両手を地面に手を付けば、足が浮いてしまう有様だった。
もちろん腕の重さに耐えかねるため、自力での歩行もできない。
「えっと、これ、元に戻るかな?」
「……イメージ次第?」
「う、うおおお!? に、人間の腕! 人間の色になれぇ!!」
慌ててやり直しを試みるテオドールをよそに、レベッカは冷静さを取り戻した。
彼女は指先をあごに当てて、
「スキルを極めれば、別系統のスキルや必殺技に昇華できる。テオの技は、変身?」
「こんな姿、人に見せたくない!」
「見た者は生かして帰さない。故に必殺」
「言っていることは格好いいけど、絶対にゴメンだね!?」
動揺していたせいかイメージが定まらず、先ほどよりも苦戦することにはなったが、たっぷり3分ほどの時間をかけて、どうにか腕の色は元に戻った。
ただし、戻ったのは色だけだ。当初の目標を達成するため、腕の大きさはアンバランスなままにしてある。
「ぜっ、はぁ、はぁ……できたぞ。これで訓練にも耐えられる」
「ぐっじょぶ」
ともあれ、これだけ太い腕があれば、岩の重量も支えられるだろう。
自信を付けたテオドールは、意気揚々と腕を回した。
「分かった? レアスキルの使い方は、大抵想像力次第」
「それはもう、十分に」
自由にスキルを扱うというのが、「こういうこと」だというのも、彼には理解できた。
鍛え方の方向さえ間違わなければ、順調に強くなれる能力だともだ。
「良かった。訓練はできそう?」
「いつでもいいよ」
「……いいの? なら、始めよう」
開始の宣言をするや、レベッカは片手でひょいと岩を持ち上げた。
華奢な女性が、自分よりも大きな岩を持ち上げる姿に、どこかシュールなものを感じるテオドールだが――それはさておき、次いで放たれた言葉で、彼はもう一つの失敗を悟る。
「それじゃあ、己の想像力不足を嘆くといい。きっとその痛みが教訓になるから」
「へ? それはどういう……」
彼がよくよく考えると、強靭になったのは腕だけだ。
すなわち、岩を支える胴体や、踏ん張るための足は貧弱なままだった。
「あ、ちょっと待っ」
「ごう」
レベッカは、一般的な冒険者なら十分に耐えられるだろうと思い岩を下ろしたが、残念ながらテオドールの身体能力は、平均から遥か下にある。
無慈悲な
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