第六話 特に説明のない強引な勧誘
「ここ。入って」
「ここって、冒険者ギルド!?」
女性の後ろを付いて行くと、到着したのは先週まで通っていた職場だった。
テオドールがここに入ったのは、パーティを脱退する申請をしに来た日が最後だ。
「入りたくない? ……どうして」
「いや、どうしてと言われても」
引退を宣言した上に、ギルドに併設された酒場で大乱闘をしたのだから、顔を出す必要が無いどころか避けて通りたい施設だ。
足を止めたテオドールを見た女は何を思ったのか、ポンと手を打ってから視線を合わせた。
「私はレベッカ。レビィでいい」
「このタイミングで自己紹介!?」
名乗ってすらいなかったと、今さらながらにテオドールは気づく。
素性も知らない怪しい女性の後をノコノコ付いて来てしまったが、このまま一緒にいてもロクなことにはならないだろう。
そう考えた彼は遅ればせながら、回れ右して逃げ出そうとした。
「もういいです、僕はこれで……あだっ!?」
「おっとごめんよ」
一歩踏み出した瞬間に、折り悪く後ろから歩いてきた男とぶつかった。
男は細身ながら上背が高く、胸当ての位置にテオドールの額があるため、げんこつを食らったような格好だ。
そして幸か不幸か、男はレベッカの連れでもあった。
「おやレビィ、今日の
男の装備を見ると、フルプレートの青い鎧は金で縁取りされており、見るからに高級品だ。
背負っている両刃剣も肉厚で幅が広く、使い込まれているように見える。
そんないで立ちをしている金髪の優男は、親し気にレベッカに話しかけた。そして今日の成果を問われた彼女は、横にいるテオドールの肩に手を置く。
「ここに」
「おやおや、これは随分と大きい
どうも変な人が、変な人と合流してしまったようだと思いつつ、テオドールは頭を摩りながら零す。
「……類友?」
類は友を呼ぶという単語も、テオドールの頭に浮かんだ。
そんな彼を脇に置いたまま、金髪の男は踊るような仕草で、上機嫌に話を続ける。
「僕も調べてみたんだがね、どうもこの街には掘り出し物が多いみたいだ」
「それは
「態度が素っ気ないけど、まあいつものことだね。最近活躍している若手でいくと、赤髪の重戦士とかが目立っているみたいだ」
重戦士という単語を聞いて、テオドールの心臓が跳ね上がった。
会話から察するに、この二人は他の街からやってきた、どこかのスカウトだ。
戦力を引き入れるつもりであれば、彼の幼馴染たちは若手の有望株なので、引き抜きが掛かる可能性が高い。
加入予定の大手クランと天秤にかけて、条件がいい方を選ぶはずだ。
「そりゃまあ皆、実力者だからね……」
テオドールとしては友人たちが出世していく様を、見せつけられる結果になるだろうと予感していた。
さりとて、門出を祝えるほど整理はついていないが、嫉妬するような段階は1年以上前に通り過ぎている。人生の無常さを噛みしめつつも、彼の気分は無だ。
しかし次いで出てきた言葉で、彼は当惑した。
「まあ、まずは大本命。《規格外》持ちの青年から探そうか」
「情報は?」
「名前はテオドール君。年齢は17歳の瘦せ型で、髪と目の色は茶色。小柄で童顔な子だそうだよ」
スカウトの優先順位が、有能揃いの幼馴染軍団よりも、自分の方が上だと言う。
そんな評価を受けたのは人生で初のため、テオドールの目が点になっていた。
「なんだい少年、知り合いかい? それなら僕らに紹介してくれまいか」
「いや、知り合いと言うか……」
反応からして関係者だと思ったウィリアムだが、まさか本人だとは思っていない。
年齢よりもかなり若く見られるテオドールは、子ども扱いを受けて何とも言えない顔をした。
「ああ、僕の名前はウィリアム。気軽にウィルと呼んでくれたまえ。さあ、案内してくれたらお駄賃をあげようね!」
何がそんなにおかしいのか、ひたすら笑い声を上げる男から目を逸らすと、今度はテオドールの視界いっぱいに、レベッカの顔が広がった。
「名前は?」
「えーっと、あの、名前ね」
「テオドール?」
挙げられた条件の全てに合致する人間が、今まさにここにいるだろうと思い、レベッカはぐいぐいとテオドールに迫った。
顔と顔の間が数センチしか空いていない、超至近距離での見つめ合いだ。距離感がおかしいとは思いつつも、名前が挙がった理由に心当たりが無いテオドールは、思考回路が停まっている。
どう誤魔化すか思いつかなかった彼は、迷った末に首を縦に振った。
「ん、発見」
「なんだ君が本人か。よしよし、手間が省けるのはいいことだ!」
ウィリアムはテオドールの右手を掴むと、ギルドの中へとぐいぐい引っ張っていく。
引っ張られる側からすれば、地獄へご招待といった気分だ。
「い、いやです! ちょっと! やめてぇ!」
「人聞きが悪いね。セリフだけ聞けば、僕が少女を誘拐せんとする悪漢のようだ」
「構わない。テオは立派に男の子」
左手もレベッカに拘束された彼は、抵抗空しくギルドの中へ拉致された。
高身長の男女が両脇を抱えて、小柄なテオドールを引きずっていく様は、室内の人間を二度見させるには十分なインパクトだ。
「あっ、ちょっと、レビィさんもやめてよ! ……って力、強っ!?」
「これでも聖騎士だから。あと敬語はいらないし、さん付けもいらない」
《聖騎士》とは《騎士》の上位互換であり、最高峰のスキルの一つだ。
戦闘系のスキルを持たない一般人が、腕力で抗うのは無駄でしかない。
それはさて置くとしても、テオドールの脳裏には追加で疑問が湧いた。
「……いや、どうしてそんな人がここに?」
魔王討伐の最前線や、国王陛下の護衛にでも就いているのが当然の力だ。さほど大きくもない場末の地方都市に、わざわざやって来る理由が見当たらない。
怒涛の展開に戸惑うばかりのテオドールだが、しかして周囲の注目が集まっていると自覚した瞬間に、考える余裕は無くなった。
彼が半ば追い出される形で離脱したという話は、既に公然の事実として広まっていたため、好奇の視線が一斉に降り注いだからだ。
「あれ? テオのやつ、クビになったんだよな」
「そうらしいな」
案の定、哀れみの声がかけられる。
視線についても総じて悪意ではなく、ただただ、可哀そうなものを見る目だ。
「かわいそうに。ソロでやっていけるのかね」
「引退したって聞くけど、実際のところどうなんだ?」
はっきりと聞こえるひそひそ話を前に、テオドールはいたたまれない顔をした。
しかしその声はパタリと止み、代わりにどよめきが生まれる。
「もしかしてあれ、ウィリアムじゃねぇか?」
「知り合いか?」
「違ぇよ! 勇者のウィリアムだ!」
《勇者》とは世界を救うほどの力を持つ、最強のスキルだ。
保持者は例外なく歴史に名を残すという、言い伝えまで存在していた。
「お、おいマジで言ってんのかよ」
「本物か!?」
「はーいどうもー。皆さんご存じ、勇者のウィリアムでーす!」
自意識過剰にもほどがある名乗りだが、勇者の存在を知らない冒険者は確かにおらず、テオドールとて名前くらいは知っていた。
しかし希代の英雄というイメージと、ウィリアム本人のキャラクターが全く重ならないのだから、彼にとってはこれも混乱の素だ。
そしてテオドールからすると、話の通じないおかしな人という印象だが、周囲からすると陽気な男という程度であり、トップオブトップの実力者には羨望の眼差しが注がれている。
そんなふうに、盛大な注目を受けるウィリアムを見てどう思ったのか。
レベッカも進み出て、名乗りを上げた。
「そしてこちらは、テオドール」
「お、おお」
「そっちは知ってる」
いい加減にこの状況を説明しろと言いたいテオドールだが、情報が洪水のように流れてくるのだから全く余裕が無い。
しかしここに至って、紹介に与ったテオドールはもちろんのこと、紹介を受けた周囲の人間たちまでもが困惑した。
レベッカが代理で紹介するまでもなく、もれなく全員が顔見知りだからだ。
「いやいや、どうして僕のことまで紹介するのさ。ここは僕の地元だよ」
「……なんとなく、勢いで?」
「……ああ、そう」
実力がどうであれ、彼らが変人であることはテオドールの中で確定した。
この混沌とした状況には収集がつかないかと思いきや、騒ぎを聞きつけた大柄な男がカウンターの奥から現れると、騒然とする周囲を黙らせるべく一喝した。
「やかましいわ! 何の騒ぎだ!」
出てきたのは、厳めしい顔のギルドマスターだ。
彼は魔物を、数千体は捻り殺していそうな顔を、怒りで赤く染め上げていた。
「やあやあマスター、お久しぶりだね」
「ん? おう、ウィルじゃねぇか」
無駄に騒いでいる馬鹿者をとっちめてやろうか。そんな考えで登場したマスターだが、この騒ぎの原因が分かると、破顔して笑顔を浮かべた。
「はっはっは、お元気そうで何より」
「5年ぶりか? そっちも相変わらずだな」
巨体に反して軽やかにカウンターを飛び越えたマスターは、熊のような太い腕を伸ばして、ウィリアムと固い握手を交わす。
そのついでとばかりに、ウィリアムは用件を告げた。
「テオ君を今日から臨時メンバーとして迎え入れるよ。手続きを頼めるかな?」
「はっ?」
ウィリアムとレベッカ以外の全員が、不可解な勧誘に衝撃を受けた。
だが、彼はどこ吹く風といった態度で話を進める。
「どこの国でも、勇者が望めばパーティ加入の義務があるのさ」
「そういうことで」
勇者と聖騎士は既定路線の手続きを淡々と処理すべく、窓口を目指してぐいぐいと進んでいく。
だが、もちろん特に説明は無い。
「えっ、ちょっと、どういうこと?」
「どういうことかは知らんが、まあ落ち着けよ。一回奥に行こうぜ、な?」
左右に加えて、騒ぎを嫌ったマスターが、テオドールの肩を押す。
「……はい、記入用紙」
「ペンを持たせて、と」
「ほら、書け」
抗議をしながら暴れてみるも、特に意味は無い。
小柄なテオドールがジタバタしたところで、人類最強の男たちは微動だにしなかった。
「せ、説明を! せめて説明を!」
「……往生際が悪い」
「さあ、名前を記入したまえ!」
「面倒臭い。早く書けオラ」
3分後には勢いに負けて、仮加入の申請用紙にサインを済ませた。
かくして彼は、引退してから1週間という短期間で、冒険者稼業を再開することになった。
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