第十四話 領主からの依頼



 領主の館だという屋敷に通されたテオドールは、役人の案内に従って、奥へ奥へと通された。


 彼の主観では、王様の私室と見紛うほど豪華で、高級そうな家具が並ぶ執務室へ通されたところ、そこには赤茶色の髪を短く切りそろえた、中年男性が待っていた。


「閣下。こちらにいらっしゃいますのが、件のテオドール殿でございます」

「……この少年が? 同じ名前の、別人ではないのか」


 領主は疑わしそうな顔をして、文官に問う。

 しかし身分証明を受けていた文官は、念押しにも冷静に返した。


「いえ、彼が本人で間違いありません」

「《変身》のテオドールと言えば、片手で丸太を振り回す、背中に翼が生えた人外の化け物だと聞くが」

「それが、情報の方が間違っていたようでして……」


 一部事実が混じっているだけにタチが悪い。それがテオドールの感想だ。誤った情報が出るたびに訂正するのも面倒だと、彼は大きく息を吸って自己紹介を始めた。


「初めまして、C級冒険者のテオドールです。年齢17歳、身長167センチで体重は59キロ。スキル《規格外》を持つ、《規格外》のテオドールです」

「う、うむ」


 厚さ5センチという規格外シークレットブーツ込みでの身長だが、靴を脱がなければバレない。

 さらっと見栄を張りつつ、彼は続ける。


「現在はC級冒険者パーティ、チーム・テオドールのリーダーをしていますが、勇者一行に仮加入している身でもあります。直近の活動については冒険者ギルドにお問い合わせください」

「やたらと具体的な自己紹介だな……?」


 テオドールは一息に捲し立て、無理やり押し切った。

 そしてダメ押しに、冒険者ギルドから発行されたドックタグを領主に突き付ける。


「ああ、失礼した。聞いていた話と随分違うものでな」

「街でも同じような話を聞きました。お気になさらず」

「そ、そうか?」


 そこまでやってようやく信じてもらえたが、領主ですらこの有様では、自分の評判がどうなっているのかは非常に怪しい。そう思いながら、彼は領主の反応を待った。


 困惑して動きを止めた領主はすぐに再起動すると、執務室の脇に置かれたソファーを指して言う。


「まあ、まずは掛けたまえ」

「失礼します」


 促されるままに、テオドールはふかふかのソファに座った。

 執事から紅茶が出されたのを確認してから、領主は重苦しい雰囲気を出しつつ話を切り出す。


「早速本題だ。君に指名で、依頼を2つ出したい」

「光栄なお話ですが、何故ぼ――私に? この街にはB級の冒険者が数名いたはずですが」

「いるがね、全員顔が怖いんだよ」


 そんな理由で、最大戦力に依頼を出さないのはどうなのか。しかし依頼の内容次第かと黙って頷けば、領主は先を話した。


「まずは亜竜の討伐だ。近ごろワイバーンが、街道の近くに巣を作ったらしくてね。被害が広がる前に仕留めてもらいたい」

「数はいかほどですか?」

「大きな群れというわけではなさそうだ。いいところ5、6頭だろうな」


 ウィリアムとレベッカが、テオドールの地元であるレーツェの街に帰ってくるのは10日後を予定しているので、時間は十分にある。


 難易度もそう高くはないと見て、テオドールは頷いた。


「承知しました。お引き受けします」

「助かる。場所は担当者に確認してくれ。……そして2つ目なのだが」


 領主の眉間にシワが寄り、迫力が一段増した。

 どうやらワイバーンは前座で、ここからが本題なのだろう。


 そう察して居住まいを正したテオドールに向けて、領主は前提を確認する。


「君のスキルは《変身》ではないのか?」

「本来の用途とは違いますが、変身はできます」

「ならばよし。実はな、その能力を見込んで、個人的な頼みがあるのだよ」


 テーブルの上で手を組み、真剣な表情で領主は語る。


 四十絡みの男の威厳。統治者が放つ渋い雰囲気に、思わず唾を飲んだテオドールだが、続く言葉は何とも気が抜けたものだ。


「実はな、娘が家出してしまったのだよ」

「……なるほど?」


 テオドールが依頼の内容を理解すると共に、渋みも威厳も、たちまち消え失せることになった。

 領主は真面目な顔をしているが、どこか困った様子を見せている。


 ここにいるのは、もう娘に逃げられた普通のお父さんでしかなかった。


「領主の娘という立場上か、警戒心が強くてな。街のC級を何人か派遣したのだが……全て空振りに終わった。いなくなってもう2週間になる」

「さ、左様でございますか」


 それはB級冒険者に頼まなくて正解だと、テオドールは内心で納得する。


 C級ですら過剰戦力だと思い困惑する彼に向けて、傍で控えていた役人も口を添えた。


「領主様のご説明に補足を致しますと、信用ができる冒険者に依頼したいということです」

「この街に来たばかりの私が、信頼できるんですか?」

「C級以上の冒険者については、ギルドでもしっかりと身元を調べてから昇格させているはずなので、問題ありません」


 テオドールは昇格時に、特に素行調査をされた覚えは無い。


 地元の職員たちは皆顔見知りであり、改めて調査する必要がなかったのか。それとも勇者の特権でフリーパスだったのかは彼にも分からないが、それはさておき彼は考える。


 この街には大勢の冒険者がおり、領主なら自前の兵士たちも使えるだろう。


 先ほどの回答にしても、C級以上は信頼しているという答えであり、外部の人間に依頼する理由にはなっていない。


 部下や顔見知りの方が間違いなく信頼できるはずなのに、わざわざ外様の冒険者に依頼するのはどういう意図だろうかと、彼は思案していた。


「……どうだね。こちらの依頼も、受けてくれるか」

「……ふむ」


 興味が湧いたテオドールは、無礼にも領主の顔をまじまじと見つめる。

 しかしがっくりと肩を落とした領主は、一転して覇気の無い声で言った。


「駄目で元々だと思っている。失敗しても特にペナルティは設けないつもりだ」

「お受けすること自体は構いませんが、変身はどこで使えばよろしいので?」


 冒険者は基本的に何でも屋だ。領主からの依頼を受けたとなれば箔も付くため、受けることそれ自体は一向に構わない。


 だが、彼らが自分に期待しているのは変身能力だと言う。

 家出中のお嬢様を捜索するのに、何故、どこで変身すればいいのか。


 これまでの流れに納得がいかないテオドールが、内心で首を傾げていると、領主は大きく両手を広げてジェスチャーをした。


「特に子犬なんだが、娘は犬が好きなんだ。君が子犬に変身してだな……油断させたところで、こう、バッと」

「えっ」


 テオドールはこの力を戦闘用に使っていたため、子犬ほどのサイズに変身した経験は無い。

 そして肝心の作戦内容もすぐに飲み込めず、彼は目が点になっていた。


「一度、見せてみてくれないか。その変身とやらを」

「ええと、では……失礼します」


 可愛らしい子犬と念じて胸元に手を置くと、衣服がばさばさと舞い落ちる音が響いた。

 山になった衣服に埋もれた子犬を見て、領主は喝采の声を上げる。


「おお、これは見事! テオドール君、持続時間はどれくらいなのかね?」

「この身体であれば、どれだけでも持ちそうです」


 魔力の消費量は、質量、品質、特殊能力の掛け算で決まる傾向にある。

 何ら能力を持たない子犬であれば、変身時間は無限と言えた。


「しかし、よろしいのでしょうか?」

「何がだね」

「可愛らしい子犬が、突然人間に変身する姿をお見せすることです」


 人間に戻って衣服を整えたテオドールは、改めて尋ねた。この戦法を使って近づけば、最終的にはご息女の心にトラウマを植え付ける可能性があると。


 しかし尻込みをしたテオドールを見て、領主はヒラヒラと手を振る。


「依頼した冒険者の半数は発見すら叶わなかったが、後の半分は娘に撃退されたのだよ。……危険度B級の魔物を、無傷で捕獲するくらいの心構えでいてほしい」

「えっ」


 依頼先は基本的にC級冒険者と聞いたテオドールだが、平均的なC級の戦闘員であれば、一般人の30人は軽く相手にできる。


 パーティ単位で派遣すれば相乗効果もあるため、更に戦闘力が上がる。

 それを箱入り娘が撃退したと聞き、彼は唖然としていた。


「手が出せないことを分かった上で、自分を人質にして、攻撃魔法を乱発したみたいでな……」

「ああ、それは、確かに」


 魔法系のスキルを持つ相手を、無傷で無力化することは難しい。


 そのため街に寄った冒険者の中で、騙し討ちに向いたスキルがある人間に声を掛けたということだ。

 この裏側を知ったテオドールは、何とも言えない顔をした。


 とはいえもう承諾してしまったのだから、今さら引けるはずもなく、テオドールを連れてきた文官も、既に依頼書の作成を終えていた。


「ワイバーンの討伐と、お嬢様の捕か――保護については、どちらもB級相当としてギルドに依頼をしておきます」

「今、捕獲って言いかけませんでした?」

「……気のせいですよ。こちらは依頼書の控えですので、お持ちください」


 有無を言わさずに依頼書を押し付けられて、彼は執務室を後にした。


 こうしてソロ冒険者テオドールによるワイバーン討伐、そしてお嬢様捕獲クエストが始まる。


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