第十三話 最近話題の冒険者
ウィリアムとレベッカは遠方で用事があると言い残して、またいずこかへと旅立っていった。
そのため修行を終えたテオドールは、近隣の街を巡る単独行動を続けている。
今日もいくつかの村を回って討伐依頼をこなした後、最寄りの大きな街に寄って、冒険者ギルドが運営する酒場に寄ったところだった。
「なあ、テオドールって知ってるか?」
「《変身》のテオドールだよな。C級の」
酒場で食事をしていると、不意に自分の話題が聞こえてきた。
冒険者というのは情報が命というか、大体ミーハーだ。
期待の新人が現れたという噂や、大物が討伐されたなどの話は、酒の席ですぐに広まる。
「最近話題の冒険者がこんな近くに居ると知れば、彼らも驚くだろうな」
酒場のカウンター席に座ったテオドールは、自分の名を挙げた冒険者たちのテーブルに背を向けたまま、冷静さを装って食事を続けた。
「ふっ……僕も有名になったものだ」
彼は誰に言うわけでもなく呟いてから、この店で一番高価なステーキ肉を
だが酒に弱いため、これは酒精を抜いた葡萄ジュースに変化させており、宿のテーブルに規格外のフルコースでも出せば、食費は無料でもある。
これはようやく名前が売れてきたところなので、それなりの冒険者に見えるようにと工夫した結果だ。街にいる間は価格だけを見て料理や飲み物を決めていた。
大して違いが分かるわけではないのに、見栄のためにわざわざ高い料理を頼んでいるのだ。
資金には全く困っていないので、最近ではこれが趣味になっていた。
「そろそろサインでもねだられる頃かな? デザインはどうしようか」
実力者という風聞は回り始めたので、ブレイクまでもう一歩というところだろう。ならばあり得ないことではないと一人妄想して、テオドールは格好つけていた。
しかしこの辺りから、聞こえてくる噂の流れが変わる。
「え? 筋肉のテオドールじゃねえの? D級の」
「俺は《ゴブリン》のテオドールって聞いたし、さっきまで居た奴らは野菜職人って言っていたけど、どれが正解なんだろうな?」
衝撃的な二つ名の数々を聞いたテオドールは、頬杖がずれてずっこけた。
確かに変身して筋肉質にはなり、戦闘時はゴブリンの姿でもあり、一時期はひたすら野菜を生産していた。情報自体はどれも正しいのだ。
自身のスキルが、端から見たら意味不明なことも分かる。
「でも、いくらなんでも、《ゴブリン》のは無いでしょ……」
そんな二つ名が広まれば、威厳も何も無い。
その名がこれ以上広がらないでくれ。頼むから訂正してくれと願っていれば、又しても流れが変わった。
「いやいや、ゴブリンはないだろ」
「だな、そんなスキルは流石にねぇやな」
「……それともアレか? テオドールって奴はそんなにブサイクなのか?」
「ああ、ゴブリン面ってことか」
冷静さを保つために元の姿勢に戻った彼は、続く会話にもう一度ずっこけた。
しかし酔客たちの話は終わらない。
「ゴブリン面で筋肉があって、変身できるって考えれば全部の条件にハマるよな。……いや待て、野菜職人はどこからきたんだ?」
「戦闘向きのスキルなら、生産系じゃないよな。野菜の食べ方が綺麗とか?」
「ああ、ありそう!」
事実がどんどん捻じ曲がっていく過程を目の当たりにして、噂とはこうして作られるのかと戦慄しているうちに、今度は別なテーブルの客が三人組に絡んでいった。
「依頼先で聞いたんだけどよぉ、《人面鳥》のテオドールって呼ばれていたらしいぜ」
「人面鳥? まさか――ペットが!?」
「すげぇ……なんてモンを飼っていやがる。流石ソロでCランクになっただけはあるな」
テオドールはもういたたまれない。
それは怪鳥に変身した時、ある村の子どもが、大泣きしたことでついた二つ名だ。
「人間がバケモノになった! 人面鳥だ!」
と、泣きわめかれたのだから、流石に少し傷ついた覚えがある。悪名というほどのものでもないが、こちらもできれば広まってほしくはない名だった。
そして酒が入っているせいか、彼らが語る
「テオドールって奴は三十路の大男で、無類の女好きらしいな」
「俺、男でも
彼らは好き勝手に非実在テオドールの存在を膨らませていく。
それと比例して、実在するテオドールの動揺が大きくなっていった。
「マジかよ! ああでも、生肉が主食って話も――」
「魔物を生で丸かじりするとか――」
どう考えてもあり得ない情報が、次から次に付け加えられていく。途中までは誤情報が
それに周囲のテーブルにいる人間は、他のテーブルから聞こえてきた情報を当然拾うので、ここで作られた話が事実として拡散されてもおかしくはない。
「……おのれらいっぺん、ゴブリンタックルを食らわせてやろうか」
そんな気持ちが芽生え、いつ
むさくるしい酒場に似合わない、高価そうな服装な男が現れると、早足にマスターの元へ向かう。
緊急の用件、又は急ぎの依頼だと察した周囲の視線が、自然とそちらに集まっていった。
「冒険者のテオドール殿はおられるか」
「ああん? 何だいアンちゃん」
「領主館から来た役人だ。ここの2階に宿を取っているはずだが、至急で取り次いでくれ」
それを聞きつけたテオドールは、ふと考えた。
酔っ払いに意趣返しをするなど、小物がやることだと。
助けを求める人に対して、堂々と名乗り出た方が大物っぽいんじゃないか、と。
「ちょっと待てよ……まだ戻ってきてないみたいだな。長期外出の届けは出てないし、その辺で飯でも食ってるんじゃないのか?」
「分かった、探してみる」
この会話を聞きつけたテオドールは、やれやれといった雰囲気を、押しつけがましいほど前面に押し出しながら席を立ち、騒然とする酒場の中で悠然と歩みを進めた。
指名依頼を出されると見た彼は、大物風を吹かせながら役人に声を掛ける。
「僕がテオドールです。何かご用ですか?」
「冗談を言うものではない。テオドール殿は身の丈が2メートルを超える、巨漢の老人だと聞くぞ」
「えっ」
いくら何でも情報が捻じ曲がり過ぎだ。それはもう原形を留めていないと、テオドールは身振りを付けながら慌てて弁解した。
「いやいや、本物ですって。噂の方が間違っているんですよ!」
「急いでいるんだ。済まないが、子どもの冗談に付き合っている時間は無い!」
彼はテオドールから視線を外して、テオドール
「ええと、肉を生で、一度に10キロほど平らげそうな老人は……くっ、いないか。それなら食堂を順番に当たるしか――」
「
これではいくら弁解しても無駄だろうと、テオドールは顔に手を当てて嘆いた。
そしてすぐに考えを切り替えて、胸元を探る。
「はい、これ」
一瞬で弁解を諦めた彼は、冒険者ギルドから発行された、自分の名前が彫ってあるC級のドックタグを役人に突きつけた。
確かにテオドールと書かれたプレートを見て、役人の表情が固まる。
タグと青年の顔を二度見してから、彼は何とか声を絞り出した。
「あ、ああ。貴殿が? ドックタグは本物だが、いや、その……済まない」
「いえ、お分かりいただけたなら何よりです。それよりご用は?」
「領主様がお呼びだ。付いて来てくれ」
思い描いていた流れとは全く違うとは言え、この状況では付いていくしかない。
そう考えた彼は、周囲から突き刺さる視線を感じながら、振り返らずに酒場を後にした。
そのため――後日、役人を脅したテオドールという噂も追加される。
だがそれは、また別な話だった。
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