第四話 引退宣言
「やっぱりさ、テオは足手まといだと思うんだよ」
今日は冒険者としての等級がD級に昇格したこと。そして来週から活動4年目を迎える節目を兼ねて、酒場でお祝いをしているところだった。
しかし近頃頻繁に出てくる話題は、そんな席でも変わらずに出てくる。
「相変わらず酒癖が悪いな。その話は、もう止めろって言っただろ」
酒臭い息を吐きながら切り出したドニーに、マクシミリアンはうんざりとした顔を向ける。
しかしドニーの悪態は止まらず、すぐに言い返した。
「俺はな、テオはここから先の戦いには、付いてこられないって言っているんだよ」
「まあ、ドニーも間違ったことは言ってねぇよな」
この話題になると、途端に雰囲気が荒れる。
マクシミリアンとシャーロットは脱退に反対しているものの、ドニーは体よくお荷物を切り離したがっており、ニコラスも脱退には賛成の立場を取っているからだ。
今日は虫の居所が悪いのか、ドニーは木のコップをテーブルに叩きつけて言った。
「序盤の金策は助かったけどさ、テオのスキルってもう要らないじゃないか。今となれば、装備の買い替えになんて困らないし、功績値が減るだけだよ」
彼らのランクアップは予定よりも遅れていたが、これは昇格に必要な功績が人数で
武具の整備にしても、中堅ともなれば高品質な武具を、自前で十分に用意できる。
加えて言うなら、物資を現地調達できる能力もお払い箱となりつつあった。
「空間収納の鞄も人数分買えたからさ、荷物持ちの役割だって必要ないだろ?」
今では彼らも
これは見た目の10倍ほどの容量を持つ魔法の鞄だ。
戦利品の確保用に入手したものだが、内容物の重量は大幅に軽減されるため、事前準備を怠らなければテオドールは不要という意見も、もっともではあった。
「それでも、ずっと一緒にやってきただろうが」
「もう限界なんだよ。ここらが潮時だ」
「そうそう。テオの実力じゃ今だってキツイだろ? これ以上は無理だとは、俺も思うがね」
今日ばかりは本気だと、くだを巻いているドニーに、酔ったニコラスも同調した。
そして、これを受けた本人がどう思うかと言えば、どれも事実であると素直に受け止めている。
「うん、まあ、キツいのは確かにそうだね」
「あっさり認めてんじゃないわよバカ!」
「あだっ!?」
シャーロットはテオドールの後頭部を叩いたが、彼に言わせてみれば、事実は事実なのでどうしようもない。
テオドールは、草原でよく遭遇するレッサー・ウルフ――F級の駆け出し冒険者が倒せる程度の魔物――くらいしか相手にできないのだ。
等級で言うと下から2番目の魔物ですら、彼にとってはそれなりの強敵だった。
「テオが戦えないなんてことは、最初から分かってただろ? そんなのは持ちつ持たれつなんだから、俺たちでカバーすればいいだろうが」
「カバーした結果、どうなったんでしたっけね? リーダー」
ニコラスがおちょくるように言えば、マクシミリアンも言葉に詰まる。
前回の依頼では彼がテオドールを庇って、代わりに負傷したからだ。
標的はホブ・ゴブリンだった。恵まれた体格を持つパワー系のモンスターであり、大抵は削ったこん棒で襲い掛かってくる。
力比べでは分が悪いが、しかし厄介な特殊能力を持っているわけではない。
注意して戦えば、危なげなく勝てる敵だった。
「あれは、事故だろ」
「実力があれば回避できたことだっての」
しかしテオドールから見れば相当な格上であり、敵の攻撃を盾で防いでなお、一撃であっさりと態勢を崩されていた。
追撃を阻止するために割り込んだマクシミリアンは、その際に右手を負傷して、その後は利き手を庇いながら戦うことになっている。
そんな事件の直後だったので彼は言葉に詰まり、好機と見たドニーは煽るように言った。
「なあテオ、恥ずかしくないのか。自分の評判は知っているだろ?」
「……知ってるよ、当たり前じゃないか」
力を授かってから数年の子どもたちが、下位で
特にひ弱な非戦闘員で、文句を言いやすいテオドールは格好の得物だった。
聞こえよがしに悪口を言われること。面と向かって罵倒されることなどもう日課になっていたのだから、評判は誰よりも自覚しているところだ。
「まあ、戦いにゃ全く貢献してないんだから、そんな話が出るのも当然だわな」
「またアンタはそういうことを言って!」
「ひゅう、おお怖っ」
ニコラスは、シャーロットが怒ればあっさりと引いた。
しかしドニーはここぞとばかりに、とにかく解雇を主張する。
「うちの評価にも関わるから、テオには辞めてもらった方がいいと思うんだよ。それが本人のためでもあるんだし」
ドニーが退職勧告を始めたのは最近のことだが、これにも理由がある。
いくつかのパーティを集めた集団をクランと呼ぶが、彼らのパーティはつい先日、地域最大手のクランに内定したのだ。
定着できれば安泰となる登竜門を潜ることができたのだから、上から睨まれるような要素は、極力取り除いておきたいと考えた結果がこの提案だった。
上を目指すなら、もう使えない人間を入れ替えて、もっと戦える人間を入れたい。
テオドールから見ても、その理屈が間違いとは言えなかった。
「……お前ら毎日毎日、いい加減にしろよ。冗談じゃないぞ」
「うん、今さら知らない人と組むなんて嫌よ」
言われている本人をカウントしないなら、メンバーの入れ替えに賛成する人間と、反対する人間が半々だ。
業を煮やしたマクシミリアンも、終わらない話題に
「冗談はこっちのセリフだ。いい加減に現実を見ろよ」
「何だとコラ」
大手に入れば、絡んでくる先輩も減るだろうか。
大所帯ならばやるべき仕事はいくらでもあるだろうから、生産や雑用の回数を増やして、もっと役に立てるように頑張ろう。
昨晩のテオドールはそんなことを考えていたが、現実はこんなものだ。今日の諍いが収まったところで、今後もこの状態であれば、まともに活動していけるかは怪しいところだった。
「いいよ、分かった。確かに僕の実力じゃ、この辺りが限界だ」
ここまで険悪になってしまえば、解雇は時間の問題でしかない。
ならばここが潮時だと、昇格の節目で――テオドールは諦めをつけた。
ドニーの胸倉を掴んだマクシミリアンを制止しながら、彼が首を横に振ると、途端にドニーも上機嫌になった。
「やっと決断してくれたか。……いや良かった。俺も円満に終わりたいと思っていたからな」
「おい、勝手に話を進めるな!」
テオドールからしても、現状や環境に嫌気が差していた。
少なくともこのまま続けるには無理があると、前々から考えてはいたのだ。
「いいんだ。付いて来られないって言葉も本心だと思うし、僕は抜けるよ」
丸3年間を過ごして芽が出なかった以上、移籍して続けるつもりはない。
ただの便利屋なのだから、臨時雇いならともかく正式な移籍先も見つからないだろう。
だからこれが、彼の引退宣言になった。
「えー……。おいおい、本当に抜けるのかよお前。見返してやろうとかさぁ、もっと頑張ろうって気持ちにはならないワケ?」
ニコラスは腰抜けと揶揄するが、こんなやり取りはテオドールの日常だった。
いつから、こんなものが日常になってしまったのだろう。
そう自問しながら、彼は席を立つ。
「本当に辞めんのかー? おーい」
ニコラスはなおも、からかうような声色で言葉を投げかけたが――ここに至ってマクシミリアンの我慢が限界を迎えた。
「ニコラス! てめぇいい加減にしろ!」
「ぐあっ!? やりやがったな、この野郎!」
「お、おい、二人とも止めろよ!」
マクシミリアンが衝動的にニコラスを殴り飛ばし、止めに入ったドニーのことも、テーブルの向こう側に放り投げた。
そこからはもう滅茶苦茶だ。戦闘系のスキル持ち3人が乱闘を始めたのだから、周囲のテーブルを薙ぎ倒す大惨事に発展した。
「ちょ、コラ、あんたたち! 止めなさい!」
「皆、落ち着い――ぐえっ!?」
「うわぁ!? テオがテーブルの下敷きになった!?」
周囲の人間は遠巻きにしていたが、ここまで暴れれば流石に止めに入る。飛んできたテーブルにテオドールがぶっ飛ばされた辺りで、ようやく乱闘が停まった。
◇
険悪な雰囲気のまま、お開きとなった。
彼本人も冒険者人生が終わる日が、こんな締めくくりになるとは思ってもみないことだ。
「はぁ……これからどうしようか」
とぼとぼと帰路についたテオドールは、第二の人生についてふと思いを馳せる。
明日からは無職なのだから、考えることはいくらでもあった。
「何か、別な仕事を始めなきゃな。……何にしよう」
最後は自分で決めたようなことを言ったが、追い出されたようなものだ。
しかも相手は、小さい頃から一緒に遊んでいた幼馴染たち。
落伍したことは、この上なく
「向かない仕事にしがみ付いていないで、もう少し早く決断するべきだったのかもしれない」
呟く間にも、ぽつぽつと雨が降り始めた。こんな時に降らなくてもいいのにと思いながら、テオドールは夜空を覆う分厚い雲を見上げる。
春先の冷たい雨に打たれながら、上を向いた彼はただ静かに白い息を吐いた。
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