第三話 サポート役として



 作戦会議を兼ねた決起会の席に並ぶ、食事と菓子が豪華になった。

 その成果を確認しつつ、ニコラスとドニーは言う。


「おう、飯が充実することだけは分かった」

「冒険者というよりは、シェフかパティシエなんだよな……」


 色々と議論してはみたものの、特に進展があるわけではない。

 手荷物が減らせて移動に便利。それくらいの使い道が、発想の限界だった。


「どこかに欠陥があれば他は普通なこと。劣化させる箇所を増やせば他の部分の品質が上がること。発見はこの二つか」


 飲食物には困らず、現地生産もできるので遠出には便利。要するに運搬担当ポーターが適切だという雰囲気が流れている。


 差し当たり、どう足掻いても戦闘要員にはならないと見られていた。


「……どうにも地味だね」

「まあ、こればかりはな」


 戦闘面のことを考えるなら、形の悪い代わりに頑丈な石を生産して、投げつけるのが最効率。それ以上の活用法は思いつかなかった。


 ちらほらと提案は上がるが、5人がかりで使い道を何とか絞り出し、得られた解がその程度だ。


「そもそも殴り合いに参加しているテオの姿が、想像できないんだが」

「そりゃそうだ。女顔でモヤシだからな」


 同年代の中でも背が低いテオドールは、素の身体能力が低い。

 童顔であり、全く強そうにも見えない。


 だからこそ熱烈にスキルの補助を求めていたが、食事面以外でも役立てねば、冒険者的にはお荷物が確定するところだ。


 しかし再び凹み始めたテオドールに向けて、名案を思い付いたとばかりにシャーロットは手を打つ。


「そう言えばこれって、食べ物以外は作れないの?」

「と言うと?」

「私たちの武器とか防具。少しくらい性能が悪くても、一通り揃わないかなって」


 神託の際に使い道を聞いた彼らは、どちらかと言えば食料品のことに考えが寄っていた。

 物品を生み出すとしても、石ころ程度の発想だ。


 能力の限界が分からず、サイズが小さいものばかりを生み出してもいたが、大きさや重さの上限とてまだ確かめていない。


 つまり規格外品であれば、武具の生産もできないかと彼女は言う。


「ああ、なるほど」

「確かに節約はしたいな」


 メンバーの内訳を見ると、テオドールの両親が他界済みであり、マクシミリアンとシャーロットは孤児だ。


 ニコラスの家はスラム街の近くにあり、ドニーも没落貴族の末裔という、何とも資金力に余裕の無いパーティとなる。


 そのため、リーダーとして帳簿を管理するマクシミリアンは特に同意したが、ニコラスは不満気な顔でくさした。


「不良品の武器で戦えってのかよ」

「違う違う。例えばこれ」


 例としてシャーロットは懐からナイフを取り出す。

 いつも木の実を採るのに使っている、小ぶりで切れ味の悪いものだ。


「規格だと、刃渡りは15センチ」

「ああ、なるほど。それよりも小さければ規格外品か」


 ナイフを見たドニーが納得したように頷くと、テオドールの顔にも光が戻る。


 彼の力は純粋な不良品を生み出す能力ではなく、あくまで規格外品を生む能力なのだ。元になる・・・・武具のサイズを短縮させれば、普通の武器ができる可能性は高かった。


「少し小さくなっただけの装備がタダで手に入るなら、悪い話じゃねぇな」

「そっか、そういう使い方もあるんだ」


 初心者にありがちな失敗として、資金不足からまともな装備一式を揃えられず、普段着に近い姿で戦おうとすることがある。


 修繕する金も無く、研いだり磨いたり、誤魔化しながら依頼を受け続けて――やがて戦いの最中に装備が壊れて死ぬ。


 新米冒険者が最も多く辿る末路がこれで、彼らにも現実的にあり得る未来だ。

 避けて通れるなら、有用な能力になり得た。


「それじゃあまあ、テオが作る装備が、不良品ガラクタじゃないことを祈るとするか」

「あんたはいつも一言余計なのよ」

「へいへい、そういう性分なんでな。……で、どうよテオ。俺が使う槍とか作れそうか?」


 ニコラスの言い方はともあれ、試してみないことには始まらない。

 装備の性能がどうなるかは、作ってみるまでは未知数だった。


「ダメで元々なんだ。テオ、このナイフを基に作ってみてくれないか」

「分かった」


 再び促されたテオドールは、目の前にあるナイフをじっと見つめる。

 基になる品物の規格を思い浮かべながら、彼は右手を伸ばした。


「出ろ! ちょっと短い《規格外》のナイフ!」


 細部までよく観察してから能力を発動すると、実物よりも少しだけ刃渡りが短いものが、虚空から出現した。


 コマ送りの途中で差し込まれたか、手品で出現させたかのように、突然現れたナイフは――年季や使用感まで――基になった品を完全に再現していた。


 変わるところがあるとすれば本当に、刀身が爪一枚ほど短くなっているところだけだ。


「よし、長さ以外は一緒だ!」

「オンボロ具合まで再現しなくてもいいんだがな……。まあ、俺の槍はピカピカの新品で頼むわ」


 二つのナイフは瓜二つであり、刃の欠けまでそっくりそのまま同じになっている。

 つまり鍛冶屋に赴いて新品を見れば、再現も可能ということだ。


「なら俺もロングソードが欲しいんだけど、注文は付けられるか?」

「俺の槍が先だっての!」


 テオドールが思い描いていた形とは大分違うが、武器防具の整備と生産ができるなら、戦闘で役立つこともあるだろう。

 直接戦闘には不向きでも、補助要員としてなら役立てることが分かった。


 つまり経緯はどうあれ、彼も冒険者としてのスタートラインには立てたということだ。


「よし、やるぞ! 目指すは大陸最強の……サポート役かな?」


 一転してやる気に満ち溢れた彼は、前途が拓けたように感じていた。




   ◇




 明るい気分で解散して、次の日からは街中の鍛冶屋巡りだ。


「一番奥の槍がいいな。もうちょい短けりゃ最高だ」

「よく考えたら万引きしているみたいで、ちょっと気が引けるけど」

「手本にして自作するってだけの話だろ? ほれ、ちゃっちゃと頼むぜ」


 まずは武器から揃えたが、これはひとまず順調に進んだ。店売り品のスケール縮小版を、大雑把に作るだけだからだ。


 力を使い過ぎれば船酔いのような感覚に襲われるが、休み休み続ければ特段の問題はない。

 しかし一緒に揃えようとした防具だが、こちらでは少し手間が要った。


「ぶ、ぶかぶかなんだけど?」


 シャーロット用のローブを作ってはみたが、両手を伸ばしても指先まですっぽり隠れる有様だ。


 防具は武器と違い、サイズをきっちり合わせなければ動きを阻害するので、微妙な調整が必要になっていた。


「《規格外》のローブ! ええと、もうちょっと小さい《規格外》のローブ!」

「サイズの合わない布ばかりが増えていくな……」


 デザインのセンスが無いテオドールでは、元から模倣の難度も高いので、粗製乱造の品が連発されている。

 そのため5着目辺りから、失敗品を預かるドニーがげんなりとし始めた。


「首回りをもう少しだけ小さく……うーん、調整が上手いこといかない」

「か、勘弁してくれ。そろそろ持ちきれないぞ」


 何着か作ってみるが、どれもこれもジャストフィットせず、細かい調整には慣れが必要だという問題点も現れた。

 彼らには少なくとも、この場ではどうしようもないように見えている。


「これだけあれば失敗してもいいな。布はできたんだし、縫い直すか」

「皮鎧とかは、そうもいかないだろ」


 マクシミリアンはローブを分解して裁断するかと思案しているが、前衛組の防具はそもそもリサイズが利きにくい。

 ドニーが言うように、鎧はベルトや紐で調節しても、手直しに限界があった。


「ねえテオ。このローブの規格外品って、できたりしない?」

「規格外品をベースに?」


 既製品からあちこち小さく調整していくのが難しければ、一部が完璧になったものを基にした方が、模倣が簡単という目論見だ。


 言うが早いか、彼女は萌え袖状態のまま、手を横に広げた。


「取り敢えず、全体的に短くしてみて」

「分かった、ちょっとごめんね」


 現状では調整が迷走したため、首回り以外のサイズがちぐはぐで、着丈など膝下まで伸びている、冬用コートと見紛うようなローブだ。


 イメージの増強を図るために、テオドールは並んで腕を伸ばして長さを確かめてみたり、ダンスを踊るように、共に動いてみたりと試してみる。


「一箇所ずつ直せばいいなら、まずは縦方向を《規格外》にしてみようかな……」


 能力をどう発動するか悩みながらローブに触れていると、途端に袖口が発光して、にゅるにゅると丈が縮んでいった。


 肌を擦る布で全身をくすぐられたシャーロットは、奇妙な感覚に飛び上がる。


「うわっ! 何!?」

「あ、あれ? もしかしてこれ、触れた物を規格外品に変換できる?」

「く、くすぐったい……っ!」


 こうして、武具を作る過程で得られた情報は3つだ。


 物品を思い浮かべながら力を発動すれば、規格外品が新たに生まれること。

 これは一瞬で生産が完了する。


 触れた物の規格を変更できること。

 これは形や性質が変化するのに、多少の時間がかかる。


 そして最後に、特別な付加価値は乗せられないことだ。


 仕上げはマクシミリアンとドニーが使う、店頭のショーケースに飾られた炎の魔剣をコピーしようとしたが――振るってみても肝心の炎が出なかった。


「魔剣みたいなものは、形だけの真似になるみたいだね。シャルのローブに付いた付与魔法も、完全じゃなかったりするのかな」

「まあ剣は剣だし、見た目もいいからそこまでは望まないでおこう」


 規格外品はどこまでいっても規格外品ふりょうひんということなのだろう。テオドールはそう納得しつつ、二度の休憩を挟みながら、全員分の装備のリサイズを終えた。


「武器と防具があるだけで、強くなった気分になるね」

「おう。ぶっ壊したら、修理もよろしくな」

「はーい」


 食糧の手配に加えて、武具のメンテナンスを請け負うこと。

 サポート役としては過不足無いという理解を得た上で、彼の役割も定まった。


 野外活動中の食料生産に加えて、微妙に質の悪い武具を大量生産することが、彼の日課となっていく。


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