二年生になる前に
美沙さん美菜さんが家事をしてくれる。
俺も部活の練習をしながら、時々手伝う。
昇太は相変わらず、文芸部の執筆を続ける。
そんな春休みの暮らしは、さらに一週間続いた。
父さんも瑠美さんも、平日は帰りが夜遅く、俺らが風呂を済ませた頃に帰ってくると、まるで新婚夫婦のようにイチャイチャしながらいろんな話をしていた。
そして仕事が切羽詰まってるとかで、ほとんど家のことはしなかった。
結局、春休みの大部分を、俺ら中学生四人だけで過ごしたのである。
数少ない土日は皆で瑠美さんと姉妹の分の食器や日用品などを買い出したり、市役所で何やら手続きをしなきゃいけないとかで、俺らも一日駆り出された。
「明さん、私たち新婚みたいですって。あそこの雑貨屋さんの店員が言ってましたよ」
「はは、そうかそうか。新婚か……」
こんな会話をしながら歩く父さんや瑠美さんと一緒にいるのが、ちょっと恥ずかしい。
「そういえば母さん言ってたよね」
「結婚式、やるの?」
美沙さんと美菜さんは、ごく自然に瑠美さんの隣で歩きながら話しかけている。
男女だと、自分の親に向ける感情も変わってくるのだろうか。
「色々落ち着いたらやりたいわ。といってもバツイチ同士だし、身内だけでごく小規模な感じになるけど」
えっ。
冗談みたいに父さんが式もやるんだと言ってたのだが、本気らしい。
「今は仕事の方が大詰めに差し掛かるから、しばらく先にはなるけどな。七月、とかかなあ」
「そうね……小さな会場なら、割と直前でも押さえられるし」
父さんと瑠美さんが盛り上がりだした。こうなると二人の世界なので、俺らは少し距離を置いて歩くことにする。
「――父さん、幸せそうだな」
昇太がぼそっとつぶやく。もちろん、そのことに俺も不満はないのだが……
――そんな会話を思い出しながら、俺は遠くの川沿いの桜並木をぼんやり眺める。
きっとこの春休みは、これからあるいろんな事の始まりに過ぎないんだろうな……
ビュッ
開いた窓から突然の強風が吹き込む。
南向きに面した俺と昇太の部屋。
広げていた俺のノートがめちゃくちゃにめくれる。
「……で修也、宿題は終わったのか?」
「もう少しだよ。俺は昇太みたいに要領が良くないんだ」
「……せめて最終日ぐらいは余裕持とうよ」
「嫌々取り組んでたのは同じだろ」
あっという間に、明日は始業式。
俺らは新二年生になる。
一年生と二年生はだいぶ違う。
後輩ができる。
先生の見る目も変わる。
学年が上がるのは小学校の時からあっただろ、と言われても緊張するんだから仕方ない。
俺だけじゃないだろう。
やっぱり肩書が変わるから?
それともクラス替えとか?
「……昇太は、クラス替え誰と一緒が良いとかあるの?」
「別に、願ったって仕方がないだろう。先生が嫌がらせを考えながらクラス分けしていることも無いだろうし」
窓際で、あくびをしながら昇太が答える。
まあこいつは、誰がクラスにいてもそんなに変わらんだろうな。
……心の底では可愛い子を眺めていたいと思っているだろうが、そういうのは外じゃあおくびにも出さないやつだ。
「ふうん……美沙さん美菜さんは?」
「……」
……昇太がスマホを持っている右手が小刻みに揺れる。やはり、身体は嘘をつかない。
俺は畳み掛ける。
「正直になれよ」
「修也こそどうなんだよ。何を言ってもここだけの話にしといてやるから」
「俺か? 前も言ったけど、気まずいだろ」
血は繋がってないとはいえ家族である。
どれだけ可愛くても、他の女子とはわけが違う。
「美沙さんも美菜さんも、必ず注目の的になるはずだ。そこで同じクラスになったら、俺がなんかあったときに出ていかなきゃいけなくなる。心配事は、お前だって増やしたくないだろ?」
「でもさ、3クラスしか無いんだぞ? 最低でもどっちかと同じクラスになる確率のほうが高いじゃないか」
昇太の言うとおり、確率的にはそうだ。
それは俺だって分かってるが……
「まあそうだけど、できれば平穏にやりたいってだけだ」
「……やっぱ修也とはそりが合わないな。そっちの方が面白そうじゃないか」
「昇太は小説のネタにしたいだけだろ」
「さすがに実在の人間では書かないぞ」
……こいつならやりかねんな、と思ってしまう。『面白ければそれで良い』――昇太はそういうやつだ。
「……まあ僕らが心配することはないと思うよ。あの二人にも言ったけど、うちの学校は悪いやつが集まってるようなところじゃない。それよか、修也は目の前の宿題に集中するんだな」
へいへい、分かってますよ。
……ったく、春休みぐらい宿題なんて無くてもいいだろうに。
「それにさ修也、名字同じなんだから僕らだって嫌でも目立つよ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます