縮まる?距離
「ところで、昇太君は?」
「相変わらず?」
「ああ、部屋で執筆だとさ」
美沙さんと美菜さんが、俺のジャージをこっちに渡しながら聞いてくる。
昇太によると、春休みの文芸部は、新歓用の部誌を作る期間らしい。
俺が『たまには家のことをしろ』と言っても、昇太は忙しいの一点張りだ。
絶対めんどくさいからだけなのだが。
「あいつは前からあんなんだから気にすんな。全く……」
一種見習いたいぐらいの図太さだ。
良いのか、男としてあんなんで。
「じゃあ今までは、こういうのは修也君が?」
「ああ……父さんと一緒にやってたかな」
そうは言っても平日は父さんがいない。
何も考えず、洗濯物を洗濯機に入れてたし、畳み方も適当だった。
美沙さん美菜さんの、綺麗な手つきに比べたら……
「……そういえば、修也君と昇太くんのお母さんは、離婚したんだよね」
「どんな人だったの? わたしたちのお母さんとは違う?」
……思わず姉妹の手元に見とれていた。
急に質問されて、たじろぐ。
「ええっ……う〜ん、瑠美さんとはちょっと違うタイプかな……」
それから俺は、洗濯物を畳みながら、思いつく限りの母さんの話を二人に聞かせた。
几帳面な人で、俺と昇太の持ち物には全部名前を書かせた。
近所の人との集まりには必ず行っていたし、俺たちにも時間を厳格に守らせた。
そして事あるごとに父さんと衝突していた。
でも、それを見ていた俺らに優しく大丈夫と声をかけてくれたのも、記憶に刻まれている。
今でも定期的に俺と昇太とは顔を合わせている。
決して喧嘩別れでは無いことを、俺は最後に付け加えた。
……その話を、美沙さんと美菜さんは興味津々という感じで聞き続けていた。
本当に俺らに興味を持ってくれているように。
「ありがとう。修也君と昇太君のことがちょっとわかった気がする」
一通り聞き終えると、二人はぴたりと声を合わせて言った。
「……そう? ならよかった」
答える顔がなんだか熱くなる。
ほんのちょっとであるけども、二人との距離が縮まった気がする。
……ちょっと嬉しい。
「それにしても、二人はその……俺らに緊張とか……しないの?」
ふと浮かんだ言葉を口にしながら、俺は洗濯物の山から次の服を無造作に引っ張り出す。
……いや、それは服というよりは、下着だった。
俺たち男子中学生も近いものを履いてるけど、それとは決して違うやつ。
異性の実物なんて、目にする機会などなかなかない……パステルの水玉模様の、穴が3つ空いている、あれ。
「あっ……えっと……ごめん」
「……」
「……」
顔が真っ赤になり、言葉を失う姉妹。
「瑠美さんのもの……じゃないんだね……」
二人の反応を見れば明らかだった。
もちろん、俺たちや父さんのような男が履くものでもない。
「……これは……二人に任せるよ……」
「修也、昼ごはんはどうす……あっ」
その時、最悪のタイミングで居間に入ってきた昇太と、一瞬目が合った。
「まじか〜……修也意外と攻めるんだな……じゃあ僕はもう少し上で進捗出してくるよ」
「待て待て! 誤解だから! 昼飯にしよう!」
必死に呼び止めると、昇太が再びこちらを向く。
「……冗談だって。洗濯物畳んでたんだろ。それより、早くそのパンツ除けないと、二人に誤解されるぞ」
「あっ……」
指摘され、俺は慌ててパンツを山の中に戻す。
ただの布なのに、その手触りが妙に残る。
「修也もうぶというかなんというか……そういう事故だってこれからはたくさん起こり得るんだから、気をつけようよ。もしくは事故上等、ラッキースケベ上等って考えるんなら良いけど」
「はあ!? ……ああ、ほんと二人共申し訳ない。昇太は昔からこういうところがあるっつーか、一言多いっていうのかな……」
「面白いから大丈夫」
「わたしたちとは全然違ってびっくり」
昇太の高く止まった言葉にも、俺の謝罪の言葉にも、姉妹は微笑んで答える。
……そうなのか。
そういえば、俺と昇太のやり取りを間に入るでもなく、この二人はいつもほほえみながら眺めている。
俺ら兄弟がこの姉妹を見て色々思うように、美沙さん美菜さんも俺ら兄弟を見て、何か考えるものがあるのかもしれない。
「……ま、いいか。 ……昼飯、お得用の冷凍チャーハンでいい?」
「異議なーし」
「大丈夫」
立ち上がって台所に向かう俺の後ろから、昇太の間延びした声と、姉妹の揃った声が聞こえた。
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