革命的な環境改善
いつまで陸上部ではこの話題が続くのだろうか。
そんなことを思いながら迎えた次の日の朝は……
「ん……修也、部活は……?」
「中止だよ中止」
春の嵐、というのがぴったりの、窓の外の光景。
俺ら兄弟の部屋からも、強風と雨が容赦なく家の壁を叩く音が聞こえる。
布団の中から寝ぼけ眼でスマホをつかみ、時刻を確認する昇太。
「……まだ九時か」
消え入りそうな声を出し、再び昇太が布団に潜る。
ほっとくとこいつはずっと寝ている。
夜遅くまでアニメを見たりPCに向かっていて、休日は本当によく寝ている。
無理やり叩き起こさないと、朝食すら満足に食べようとしない。
「昼までには起きてこいよ〜」
そう言い残し、着替えて居間へ下りる。
すると、ほんのりとバターの香り。
「おはよう、朝ごはんは済ませちゃいました」
「おはよう、昇太君はまだ?」
美沙さんと美菜さんが、ソファーでくつろぎながら答える。
昨日とは違う、でも二人共揃いの私服。
……やっぱり見分けがつかない。
そしてテーブルの上には、俺と昇太の分のトースト、目玉焼き、サラダ。
「……おはよう。本当に二人共、いつも申し訳ない」
一回は俺らも自分で朝食をなんとかしなきゃな、と思うが、結局毎日、早く起きるのは美沙さん美菜さんの二人だ。
しかも本当に嫌な素振りを何一つ見せない。
学校のある時は毎日俺が引っ張り出してくる昇太は論外としても、俺も何も無い日に早起きできる確証はない。
部活のある時は目覚ましをセットして起きるが、毎日そうやって起きられるかというと、正直嫌だ。
――俺ら兄弟とこの姉妹と、どこで差がついたのか。
原因はともかく、これに関しては、感謝してもしきれない。
料理のできない男三人だった頃からすると、革命的な環境改善だ。
朝なんてコンビニおにぎりで済ませてた頃からすると雲泥の差である。
程よく焼き目がついたサクサクのトースト。
半熟で温かい目玉焼き。
瑞々しいレタスとトマト。
……まあ、他のやつから羨ましがられても、やっぱり仕方ない、と思う。
***
雨と風は収まるどころか、昼に向かってどんどん激しさを増していく。
……そういえば、一緒に住み始めてからこんなふうに天気が悪いのは初めてか。
ソファーに寝転がって電子書籍の漫画を読む横で、テキパキと洗濯物を居間に運んでくる美沙さんと美菜さんを見て、俺はふと気づく。
……我が家では、洗濯物が外に干せない時は居間の窓際にあるつっかえ棒にハンガーで服を引っ掛ける。
俺の体操着が汗臭いとか、父さんのシャツからおっさん臭さがするとか言ってられない……というか、男同士なのであまり気にならなかった。
今までは。
「父さんのやつとか、臭くて仕方ないだろ」
「いや、それほどでも……」
「洗剤使ってますし……」
そんなことを話してると、洗濯物の山の中から父さんのYシャツが出てくる。
顔を近づける二人。
「……うん、大丈夫」
「……うん、平気」
二人共、若干顔が引きつっているのがわかる。
「別に無理しなくていいぞ」
俺はそう言って、二人から父さんのYシャツを取り上げる。
父さんは今年で42歳――ちなみに瑠美さんも同い年だそうだ――である。
これが加齢臭……というやつなのだろう。
俺なんかはもう慣れきったものだが。
「手伝うよ。男物はこっちに除けて」
俺は自分のスマホを置いて、美沙さん美菜さんの反対側に座る。
自分の目の前で二人が色々やってくれることに、もはや罪悪感さえ浮かび上がってくる。
こういうできるところから手伝っていかないといけない。
そんな使命感が頭をもたげてきて、俺の手は勝手に動いていた。
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