第2話:俺のバンライフ(車中泊生活)とは

 俺の愛車のバンは、スズキ ソリオ バンディットだ。


 キャンピングカーなどではなく、普通車のミニバンだ。ステップワゴンやアルファードみたいに全長が5メートルまではない。ソリオ バンディットの全長は4メートル弱。


 5人乗りで前方には運転席と助手席にそれぞれ1人用のシートがある。後部座席はベンチシートとなっているが、左右に分かれているので片側ずつ倒すことができる。


 そして、その後ろに荷物スペースがあり、車全体でかんがえれば人が住むには十分な広さがあるのだ。


 俺の使い方としては後部座席は基本的に常に倒していてフルフラットにしている。


 その上で、ふたができる箱状の物を敷き詰めて収納にしている。その上に50センチ角のクッションを敷き詰めることでクッション性を高め、更にマットレスを敷くことで快適に寝られるベッドにしている。


 仕事は運転席で行うことが多いし、疲れたり体制を変えたいときはファミレスに行ったりマンガ喫茶に行ったりしている。


「住めば都」とはよく言ったもので、もしかしたら周囲の人が見たら少し狭苦しく感じてしまうかもしれないこの環境に俺は「快適」を感じ始めていた。


「お願いします! 私も一緒に住ませてください!」


「いやいやいや。無理無理無理」


 言葉だけ聞いたら押しかけ女房みたいだ。そして、それを言っているのがJKなのだから、もはやマンガやアニメの世界だ。


「私 捕まったら大変なことになります」


「んー……大変だとは思うけど……」


 走りながらなので運転しているのであまり難しいことは考えられない。一応運転に集中している。


「ほら、俺達 知らない者同士だし……」


「はい! かわゆい私立 六本松女子高等学校2年生17歳です」


 自分で可愛いって……。自分は名前も名乗らないのかよ。それに対して学校名は言っちゃうんだ。ちぐはぐだ。


 まあ、彼女の名前なんて聞いたら厄介レベルがもう一つ上がるだけだ。彼女なんて「JK」で十分だ。


「はい、次。お兄さんの番!」


 気を使って「お兄さん」かな。


「俺は我妻あがつまだ」


「我妻なにさん?」


 JKが俺の方を見ながら小首を傾けて問うた。


「我妻健吾34歳」


 ああ、JKは若いと思ったけど、17歳って言ったらちょうど俺の半分じゃないか。


「お仕事は何をされているんですか?」


 彼女が見えないマイクをこちらに傾けて言った。


「メインはソフト会社でSE……システムエンジニアやってる」


「システムエンジニア……」


 まあ分かってないだろうなぁ。高校生にSEがどんな仕事か伝えるのは難しい。


「プログラマーみたいなもんだ」


「へー、プログラマーさん」


 厳密に言うとプログラマーを束ねてソフト全体を見る仕事だけど、高校生相手だ分かりやすそうなことを言っておけばいいだろう。


「他には?」


「ん?」


「この間は、マンガ家さんって」


「ああ、WEBマンガを描いてる。こっちは個人でやってるから同人誌みたいなものかな」


「へー、他には?」


 意外と聞き上手だなこの子。


「企業誌のライターをやってる。地域情報の」


「記者さんだ!」


「まあ、そうなるね」


「他には? もうないの?」


「……小説を少しだけ。これだけだ」


「すごく多才ですね! マンガとか乗ってないんですか?」


 JKが後ろを振り向きながら言った。それらの本が車に乗っていないのかってことだろう。


「ほとんどがWEB媒体だから車には乗ってないな。スマホとかタブレットでは見れるよ」


「えー、見たいです!」


「スマホで『ガツ バンライフ マンガ』って入れたら出てくると思うけど」


「私スマホ持ってないです」


「え? そうなの?」


 今どきのJKがスマホを持たずにどうしているというのか。


「んー……じゃあ、今度 停まったらタブレットで見せるよ」


「わーい」


 ついつい律儀に答えてしまうのは俺の性格なのだろうか。


「『ガツ』ってペンネームですか?」


 さっき言ったからな。


「苗字が『あがつま』だから割と言いにくいだろ? だから職場でも『ガツ』って呼ばれてるんだよ。そのままペンネームにした感じ」


「へー。でも、ほら、これでお互い知らない者同士じゃなくなりました!」


 そこにつながってくるのか。


「いやいや。JKと一緒とか俺 捕まるわ」


「でも、JKですよー? えっちなこととか……」


「バカ揶揄うなよ」


「でも、私から差し出せるものなんて……」


「だから、家に帰ったらいいだろ」


「帰るうちなんてありません」


「ご両親は?」


「……いません」


 絶対嘘だ。


「可愛そうだとは思うけど、俺じゃどうしようもない。家に帰ることができないんなら親戚の家とか、警察とか……」


 そう言いかけた時だった。


「きゃーーーーーーーーっ!助けてーーーーー!攫われるーーーーー!!」


 JKが耳をつんざくような大声で叫び始めた。


「わー! 分かった! 分かったから!」


「……私も連れてってくれますか?」


 少し涙声でJKが訊いてきた。車の窓は閉めていたから外に声はほとんど聞こえていないだろう。彼女が叫ぶのをやめた今のタイミングなら冷静に考えることはできる。


 でも、この細くて小さな少女からあんなおっきな声が出るとは……


「はぁーーーーー、分かったよ」


 負けた。年が俺の半分しかない子に負けた。


「さあ、今夜はどこに行きましょう?」


 いたずらっ子の笑顔で彼女が俺に問いかけた。面倒なことになってしまった……俺の感想はそれだけだった。

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