JKとおっさんのバンライフ(車中泊暮らし)

猫カレーฅ^•ω•^ฅ

第1話:JKとの出会い

「私を連れて逃げてもらえませんか?」


 彼女のこのお願いを聞いてしまってから、34歳の俺と17歳JKの奇妙な逃亡生活は始まった。


 ◇

 この日は少しだけ嫌なことがあった。気分転換に広い景色を見ようと思って福岡市内の小高い山の上にある愛宕神社あたごじんじゃに来た。


 愛車のミニバンを無料駐車場に停めてお参りを済ませ、俺は福岡市内が一望できる神社境内の展望台から市内の街並みと共に海を眺めていた。


 広い景色は広い心を取り戻させる。頭にきたことも悲しい出来事もほんの少しだけ忘れることができる。


 それで解決になっているかと言えば、解決には1マイクロメートルも進んでいないのだけど、それでも問題に立ち向かう精神力は回復する。


 何もしなければ何も変わらない。それどころか多くの場合悪い方に進む。また、下手に動いても事態は良い方には向くことがないのだ。


 10分ほど景色を眺めたら、俺は車に戻った。今夜はどこに泊まろうかなと思っていた時だった。


(バンッ)俺の車の助手席のドアが開けられ、制服姿の女の子が乗り込んできた。


 もちろん、そんなヤツは知らない。呆気に取られていた俺に少女は焦り気味に言った。


「すいません! 追われています! 車を出してください!」


 こういう時に冷静に考えることができる人間と、そうではない人間がいると思う。俺は後者だったらしく、彼女に言われるまま慌ててエンジンをかけて車を出した。


 神社のある愛宕山は「山」と言っても標高68メートルの丘みたいなものだ。丘と山の違いなんて俺は知らない。


 車で降りたら数分で国道に出ることができる。


 山を下りて片側2車線の道路に出た。たしか「マリナ通り」だったかな。福岡は北側が日本海に面しているので海が近い。このマリナ通りも海のすぐ近くで周囲は高級住宅地だ。


 山から見知らぬJKを乗せて来たので、このマリナ通りまで出れば俺の役目は終わったはず。無言でチラリと助手席のJKに視線を送った。


「すいません。ここだとすぐ捕まると思うのでもう少しお願いします」


 俺はいつからタクシーになったのか。そして、「もう少し」と言われてもどこに向かったらいいのか。


「家まで送ろうか?」


 何があったのかは知らないけど、追われているからと言って知らない男の車に乗り込む様な非常事態はそうそうないと思う。家に帰りつけば警察に電話するなり何かしらの対策が打てるだろう。


「家もダメなんです。どこでもいいので適当にお願いします」


 家までダメなんだ。実は彼氏とケンカしたとかそんな感じだと思っていた。でも、家もダメだとなると借金取りとか? いや、そんな風には見えなかった。


 彼女が着ている制服は、福岡でも有数のお嬢様学校のそれで、いかにも清楚可憐に見えた。髪も今どきの少女のように染めたりしていない。きれいな黒髪で艶も良く頭頂には天使の輪が浮かんでいた。


 ツヤツヤの髪の光の輪のことを「天使の輪」と呼ぶのは昔のCMの影響だろうか。34歳の俺にとってはそう呼ぶのが普通なのだが、助手席に乗っているJKには通じないかもしれないな。


 そのJKは横や後ろをきょろきょろ見ているので、追われているのは本当らしい。事情を聞きたいところだけど、個人的なことだろうし少し憚られる。


 世間話でもして落ち着かせてあげたいけど、俺の様なおっさんとJKに共通の話題なんてない。アイドルの事なんて分からないし、最新のヒット曲だって知らない。


「あの……大丈夫? 警察に行こうか?」


「警察もダメなんです!」


 警察にも追われているとしたら、この子は一体何者なんだよと思った。国家を揺るがす秘密でも知ってしまったのだろうか。そんなバカなことまで考えてしまう。


 通常あり得ない事柄だが、俺としては少しだけ「おいしい」と思っていた。いくつかの仕事を兼業している俺の仕事の一つがWEBマンガ家だ。


 amazonに無料マンガを日々アップしている。おっさんの日常なんて普通は誰も興味を示さないと思うけど、少し変わったライフスタイルなので注目度も高いのだ。あれは無料なので印税はないけれど、その代わりに「インディーズ無料マンガ基金」から分配金がもらえる。


 Youtubeなど動画配信にも興味はあるけど、激戦区なので中々収益化が難しい。それに対して、amazonの無料マンガはまだそれほど注目されていないので俺みたいな趣味の延長でもやり方を間違えなければ十分収益化できる。


「JKが突然車に乗ってきた」と言うのは、マンガのネタとしては まずまずだ。物語として考えた場合は、少々荒唐無稽すぎるので読者は引いてしまうかもしれないが、俺のマンガは実録の日常系マンガなのだ。


 書き方次第では面白い1話になりそうだ。そんな打算もあった。


 さて、このJKをどこで降ろそうか。下手に動くと俺は犯罪者にされてしまわないだろうか。きょうびJKとはおっさんにとっては危険物に近い存在だ。


 満員電車ではぎゅうぎゅう押し付けられただけで痴漢扱いされてしまう可能性があるし、何もしなくても服がダサいとか髪の毛がはねているとか どうでもいい理由で笑われたりしてこちらの心を折ってくる。


 いくらマンガのネタになるとしても警察に捕まってしまう様な事態は避けたい。


 考えてみれば社会においてJKはチヤホヤされ過ぎではないだろうか。


 そんな事を考えていたら少し世の中の理不尽が頭にきたので本格的にJKを下ろしたくなった。


「もういいでしょ。どこで降ろそうか」


 場所は天神の渡辺通り。さっきの愛宕神社から10km弱は走った。


「この車いっぱい荷物載ってますね!」


 俺の問いに答えるものではない回答が来た。


 JKはシートベルトをしたままで身体ごと後ろを向いていしまっている。


「まあ、ね」


「後ろの席 倒して合ってクッションが置いてあるし、ベッドみたい……あれ? 私もしかしてピンチ⁉」


「俺が連れ込んだみたいに言わないでもらっていいかな。きみが勝手に乗り込んできたんでしょ」


「でも、車の後ろがベッドみたいになってる。私はおいしくいただかれてしまうのでしょうか?」


 割と真顔で物騒なことを言いやがる。


「あのねぇ……ここは、俺の寝床なの」


 彼女を安心させるために律儀に答えてやった。


「車が寝床……ですか? ホームレス?」


「まあ……家が無いという意味ではホームレスで合ってるけど、俺みたいに車に住む事を『VAN LIFEバンライフ』って言うんだよ。だから、俺のことはバンライファーかな」


「え⁉ 車に……住んでるんですか⁉」


 俺はルームミラーで後ろを見て、尾行している車がない事を確認した。


「そうそう。住んでいるどころか、この車は俺の足であり、家であり、職場なの」


「ええ⁉」


 まあ、驚くのも分かる。


 俺は海の方に車を走らせて人気が無い倉庫街に来たら路肩に車を停めた。


 俺が車を降りると恐る恐る彼女も車を降りた。しばらくあちこちきょろきょろしていたけれど、夕方ともなるとほとんど人通りもない倉庫街だ。車どころか通行人もいない。


「せっかくだから、見せてあげるよ」


 どうして俺はそんなことを言ってしまったのか。あまり人と会話をしない生活が続いていたので誰かと話したくなってしまったのかもしれない。


 俺の車はミニバン、5ドアだ。左右2枚のドアが両方で4枚。そして、後ろに跳ね上げ式のドアが1枚あるので合計5ドア。


 運転席と助手席のシートは通常通り椅子の状態にしているけど、後部座席はベンチシートになっていて、倒すとフルフラットになる。


 そして、その上に折り畳み式のベッドマットを敷いてベッドにしている。俺の寝床だ。


「さっき俺達が座ってたシートを前に出すだろ」


 そう言いながら俺は運転席、助手席のシートをスライドさせて前に出した。


「そして、そこにできた隙間にこの四角いクッションを詰め込む」


「ふんふん」


 ピッタリサイズに作ってもらったクッションは倒した後部座席と前の席にできた隙間に綺麗にすっぽり嵌った。


「そして、さっきのベッドマットを全部広げたら……俺のベッドの出来上がりだ」


「わ! すごい! 意外と広い! 寝てみてもいいですか?」


「……まあ、いいけど。靴は脱いでね」


「はい」


 車の中ということで少し感覚が分からなくなってしまっているかもしれないが、通常俺が寝ている寝床だ。正直、俺の寝床に見知らぬJKが制服姿であがりこむのはなんだか罪悪感がふつふつと湧いてきた。


「すごい! 広い!」


 そう言って気を付けの状態で真っすぐ寝転ぶJK。


 そりゃあ、175センチの俺が寝ても足が付かないくらいには広いのだ。160センチも無い様な彼女が寝転んだところで余裕があるくらいだった。


「横も広い! 2人は寝られますね!」


 俺の寝床でJKがごろごろと寝転がる。直視したらいけないような気すらしてきた……。


「あっ!」


 彼女の声で俺はびっくりして、ビクッとしてしまった。犯罪臭がしているのでビクビクしているのだろう。恥ずかしい。


 彼女は車の天井脇から丸めた毛布を見つけ出し、俺の許可なく抱きしめ更にベッドの上をごろごろ転がっていった。


「いい! これいい! 寝れる!」


 まあ、俺の寝床だけどな。


「はい、一回 降りて」


「むー、寛いでたのに……」


 少し不満そうに頬を膨らませたJKだったが、言われた通り素直に車から出てきた。彼女が降りる時 短いスカートが少し捲れたので俺は思わず目をそらした。


 彼女が車から出てきたので、俺は毛布を元あった場所に戻し、マットレスを1/3に畳んだ。その上で床に敷き詰めた50センチ角のクッションを動かすとその下からフライパンとキャンプなどで使う折り畳みのコンロを取り出して見せた。


「え⁉ フライパン⁉ ここでお料理もするんですか⁉」


「この中はキッチンでもあるんだよ」


 JKのいい驚き具合にどや顔をしてしまったが、別に自慢する程の事はなかった。


「ちなみに、こっちには着替えが置いてある」


 別のクッションを動かして着替えのシャツを見せた。


「ええ! すごい! ホントにここに住んでるんですね!」


 JKの目がキラキラしている。凄く前のめりだ。


「まあ、俺の秘密基地みたいなもんだからね」


「え、お仕事はどうしているんですか⁉」


「運転席のハンドルに取り付ける板があって、そこにタブレットとかノートPCを置いてやることもあるし、ファミレスとかマンガ喫茶とか色々かな」


「えーーー! すごい! すごい!」


 少し前までの警戒心100%の表情と違って、いたずらっ子が秘密基地を見てわくわくしている表情だった。


「どうして車に住んでるんですか?」


「まあ、色々あってね」


 動かした荷物を元に戻して、後部座席を「ベッドモード」に戻しながら答えた。


「この車でどこに行くんですか? 日本一周とか?」


「まあ、悪くないけど、仕事もあるししばらくは九州内かな」


 運転席と助手席も元に戻した。


「え、仕事って会社勤めされてるんですか⁉」


「そりゃあ、俺はまだ34歳だもの。仕事しないと食べていけないよ」


「え? え? え? 家はないけど仕事はしてるんですね!」


 まあ、バカにしているのではないのだろう。純粋に驚いているのはその表情を見れば十分に伝わってくる。


「さ、乗って。どこかまで送って行くよ」


 俺は助手席のドアを開けて彼女が乗るように促した。


「あの……えっと……」


 彼女は胸のところで左右の指をくねくねさせながら、少し恥じらいながら言った。


「私を連れて逃げてもらえませんか?」


「は⁉」


 この出会いが俺をあんなにもややこしいことに巻き込むとはこの時の俺は予想もしていなかった。

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