第40話 十二時間①
朝の七時過ぎ。俺はようやく仕事から解放されて帰宅していた。
「雑用から解放されたと思った途端、これだからな」
海辺のゴミ拾いから離れた俺はナイトプールの監視員として勤務していた。
海とは違い、プール内の秩序を守る業務へ移行して常に気を張っている状態が続いている。
パリピ集団が行き来する施設内ではゴミの数も異常だ。
お客様の過ごしやすい環境にするため、監視だけではなくゴミ拾いや清掃活動も俺の業務の一つである。
そんなことから事件なんて早々起きるはずもなく人助けというビッグイベントが出来ない日々が続いている。
何より業務上、面倒なことが一つだけある。
「ナンパ多すぎだろ」
ナイトプールでは連日のようにナンパが頻発している。
施設内ではそういったトラブルを招く行為は全面的に禁止している。
そういった行為を発見したら止めに入るのも俺の業務の一つとなっている。
いちゃもんをつける者もいれば、ビビって逃げる者もいる。
業務として仲裁に入ったら逆ナンされることだってあるので大変だ。
「瑠衣との約束の時間は十一時だったな。後、三時間は寝られるな」
仮眠をするつもりで俺は眠りについた。
仮眠なら床で寝ればよかったのだが、俺はベッドで布団を被ったことで熟睡してしまう。それが間違いだった。
『ブブブブブブッ!』
スマホの着信音で俺は寝ぼけながらも目を覚ます。
「はい」
『航輔。私の約束はどうなっているのかな?』
「約束? 今、何時だ?」
パッと時計を見ると十二時を回っていた。約束の時間から一時間も過ぎていたのだ。
「しまった。やらかした。悪い。瑠衣」
『扉、開けてくれる?』
「扉?」
玄関を開けるとそこには通話をしながら瑠衣が立っていた。
「遅刻とはいい度胸ですね」
「す、すみません。油断しました」
すると、瑠衣は俺の部屋に上がり込もうとする。
「すぐ支度するから外で待っていてよ」
「こんな炎天下の中で女の子を外で待たせるつもり?」
世の中、夏真っ盛り。歩いただけで汗が吹き出るような気温だ。
「じゃ、玄関先で……」
「何? 私が部屋の中に入ると不都合でも?」
「いや、そういうわけじゃないけど」
「おっじゃましまーす!」
当然のように瑠衣は部屋に上がり込んだ。
すずちゃん以外はあまり家にあげたくないがこの際、仕方がない。
寝過ごした俺が悪いんだから。
「ふーん。一人暮らしの男の家って感じ」
「あまりジロジロみないでくれよ」
俺は歯を磨きながら言う。
着替えをしていると部屋に香ばしい匂いが漂ってくる。
この匂いの元は一体……?
「って何をしているんだ」
視線を向けると瑠衣は俺の非常食である鯖缶を勝手に開けて食べていた。
「これ美味しいです。この辺では売っていないですよね。どこのものですか?」
「彼女に貰ったんだ。なんで勝手に食べているんだよ」
「待っていたらお腹空いたんです」
「ぐっ。そう言われたら何も言い返せねぇ」
支度を済ませて瑠衣を呼びにいった時である。
「おい。今度は何で寝ているんだよ」
まるで自宅のように瑠衣は寝息を立てていた。
「おい。瑠衣ってば!」
俺は肩を揺すって起こした。
「何ですか。人がせっかくいい気分で寝ていたのに」
「寝るな。ここは俺の部屋だ。それより準備ができたぞ」
「あぁ、そうですね。じゃ、今から約束を果たしてください。時刻は十二時五十二分。キリがいい十三時から十二時間でどうですか?」
「分かった。それで構わない」
「決まりです。では十三時から深夜の一時まで航輔の時間を頂きます」
徐ろに瑠衣は起き上がって家を出る準備をする。
ガチャッと家の鍵を閉めたところで十三時を回る。
「さて。時間を貰うって言っても俺は何をしたらいいんだ?」
「何も。ただ、私についてくるだけでいいです」
「それが怖いんだよ。今からどこに行くんだ?」
「ついてくれば分かります」
最後まで瑠衣は行き場所を教えてくれなかった。
ただ街中を歩いているだけで意味があるとは思えなかった。
「おい。どこに向かっているんだよ」
「どこでもよくないですか?」
「行き先も分からず歩かされる不安を考えてくれよ」
「面白いところです。私にとって」と、瑠衣は曖昧な発言を繰り返す。
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