第31話 帰宅
「どうもお世話になりました」
俺は遂に退院の日を迎えた。
火傷の跡は多少残ってしまったが、日常生活には支障がなかったことから退院しても問題ないと判断された。
「はい。お大事に。退院したからといって激しい運動はしばらく控えて下さい。身体は大事にして下さいね」
「はい。気をつけます」
お世話になった看護士さんたちにお礼を言った俺は病院に背を向けて自宅に帰ることとなった。
「さて。ようやく自分の家に帰れるな……ん?」
病院の出入り口付近で突っ立っている少女の姿に俺は足を止める。
「あ、雑賀さん」
「結衣菜。どうして?」
「どうしてって今日退院でしょ?」
「そうだけど、タイミング見計らったように見えるのだが」
「看護士さんに雑賀さんの退院する時間等聞いておきました。せっかくの退院なのに誰も迎えがないと寂しいでしょ?」
「でも、今日平日だし学校は?」
「こんな日に学校なんて行っていられませんよ」
「いや、行けよ」
「雑賀さんは私が迎えにきて迷惑でした?」
結衣菜は小動物のように涙目になる。その姿に俺はどうも弱いようだ。
「いや、そうじゃない。俺なんかのために単位を落とされたら困るというか」
「優しいんですね。雑賀さんって」
ギュッと結衣菜は俺の手を両手で握った。
「え、ちょ……」
「さぁ、約束通り私の家に来て下さい。ご馳走、振る舞いますから」
「えっと、気持ちはありがたいんだけど、一回家に帰りたいかな。しばらく家を空けていたから心配で」
「あ、そうですよね。分かりました。では一時解散でまた待ち合わせしましょうか」
「え? あぁ、うん」
うまく交わしたつもりだったが、そんなこともなかった。
断りきれずに俺は再び会う約束をしてしまった。
「ふぅ。何でこんなことになっちまうんだろうな」
自宅のアパートまで辿り着いて溜息を吐く。
俺の不安は拭い切れずにいた。
えっと、家のカギ、カギっと。
「雑賀さん?」
扉の前で家のカギを探している時だった。不意に声を掛けられる。
「火乃香さん」
隣人の天霧火乃香。タイミングよく扉が開き、鉢合わせとなった。
「ずっと帰ってきていない様子でしたけど、出張か何か行っていたんですか?」
「いや、出張ってわけじゃないんだけど。ちょっと入院していて」
「にゅ、入院? どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
驚きのあまり火乃香さんは高い声で言った。
「いや、大したことじゃないから」
「大したことなくて入院なんてしませんよ。何があったか教えて下さい。隣人として何か出来ることは何でもしますから」
「えっと、その……」
俺は変に嘘が付けずにコトの発端を話した。
「それは大変じゃないですか。何も知らずに私が恥ずかしいくらいですよ」
「いや、火乃香さんが心配するまでもないですよ」
「そんなことありません。隣人としてこれは失態です」
「そ、そう? なんか、ごめん。心配かけて」
「病み上がりなんで私に出来ることは何でもしますからね。家事や料理、洗濯なんかもしますから!」
「いや、そこまでしてもらわなくても」
「こういう時くらい隣人を頼って下さい。私、それくらいしか出来ないんですから。迷惑じゃなかったらサポートは全力でします」
「あ、ありがとう。助かるよ」
「はい。今日はこれから大学に出かけなくちゃならないので帰った時に声を掛けますね。それまで安静にして下さい」
「うん。何から何までありがとう」
「気にしないで下さい。当然のことです。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
火乃香さんを笑顔で送り出して俺は部屋に入る。
「あれ?」
自宅に入ると少し違和感があった。
確か、最後に部屋を出た時は片付けの途中でごたついていたはずだ。
それなのに今見るとスッキリと片付いている。どういうことだ。
泥棒でも入った?
いや、普通泥棒が入ったのなら部屋を荒らされているはずだ。
その逆になっているということは果たして……。
リビングにあるテーブルの上には一通の手紙が置かれていた。
俺はそれを手に取り、中身を拝見する。
『コウくんへ
退院おめでとう。部屋が散らかっているので綺麗にしておきました。食事に困ると思って賞味期限が長いものをいくつか取り揃えて置きました。食欲がある時にしっかり食べて下さい。退院したからといって爆食や激しい運動はダメだぞ? また、すぐに会いに行くからね。愛しい愛しい彼女より』
丸文字を見ただけですずちゃんからと一瞬で分かる。
まぁ、彼女が家に勝手に入る分には問題ないか。
それよりも家事が完璧すぎる。
普段、大掃除でもなかなか手が出せない冷蔵庫の中や後ろ。ガラス窓、換気扇などが綺麗に掃除されていた。まるでハウスクリーニングがやったような仕上がりだ。
いや、すずちゃんのことだ。業者を呼んだ可能性は否定できない。
それよりも気になることが一つ。身に覚えのない段ボール箱が三箱。
俺はそれらを開封することにした。
「これか。例の非常食は」
レトルトや缶詰などが敷き詰められていたが、どれも非常食の中でも高級品の数々が並んでいた。
大食いの俺としてはかなり有難い。これだけで一ヶ月以上は過ごせそうだ。
「ありがてぇ。けど、申し訳ない気持ちが優っているな」
お礼しても仕切れない思いが頭の中で交差していた。
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