第29話 人助けをしたばかりに


「やだなぁ。さっきの話は冗談だって言ったのに。ほら、受け取って下さいよ」


 結衣菜は無理やり茶封筒を俺に握らせようとしたが、頑なに受け取らなかった。


「この際、嘘でも本当でも構わない。だが、一つだけ教えて欲しい。俺に助けられて迷惑だったか?」


「その件に関しては感謝しています。嘘偽りもなく正直な気持ちですよ」


「はぁ、良かったああああああああぁぁぁ!!」


 溜めていた感情を一気に放出させた。


「雑賀さん?」


「助けておいて恨まれるようじゃ、助けた意味ないからな。それが確認できて本当に良かった」


「そんなに人助けできて嬉しいですか?」


「それはもう。俺は人助けをするのが生き甲斐だからな」


「面白い人ですね。雑賀さんって。人助けをしたところで自分に何の得があるって言うんですか。そんなのただの自己満です。私だったら見返りもなく人助けなんてしたくないかな」


「そうか? 別に俺は見返りを求めて人助けをしているわけじゃない。自分がそうしたいからしているだけだ。何より気分がよくなる。相手も自分も」


「なるほど。本当に純粋で真っ直ぐな人なんですね。雑賀さんって」


「まぁ、裏表がないって言えるかな」


 そう言うと結衣菜はジッと俺を見つめた。

 何かを見定めたように決意が固まったような感じだった。


「ねぇ、雑賀さん。一つ、頼みがあるんですけど、聞いてもらえますか?」


「頼み?」


「私を貰って下さい」


 結衣菜は距離を詰めた。


「貰うって?」


「言葉通り。好きにして欲しいです。なんなら……」


 結衣菜は俺に耳打ちをした。その内容が《結婚もありだよ》と言うものだった。


「は、はぁ? 何を言っているんだよ。また冗談を言っているのか?」


「私、もう雑賀さんの前で冗談なんて言いません。正直でいようと思います」


 それが尚更困る。それはつまり冗談ではなく本気で言っているということになる。そんなことを本気で言ってどうしろと言うのだろうか。


「いや、だから……」


「あぁ、でもこんな援交女、嫌ですよね。雑賀さんがお望みでしたらもう辞めます。これからは雑賀さんのために生きていこうと思います」


「ちょっと待て。いきなり何を言っているんだ。冗談でも……」


「だから本気なんですって」


「どうしてそんなことを言えるんだ。君にはまだ他に選択肢だってあるはずだ」


「あったとしても私、雑賀さんがいいんです。私の命を拾ってくれたんです。だったら助けてくれた雑賀さんの為に生きるのが筋じゃありませんか?」


 グイグイと結衣菜は俺と距離を詰める。

 ベッドからまともに動けない俺としては逃げようにも逃げられなかった。

 その身を捧げると言わんばかりに誘惑が止まらない。


「肌黒のマッチョっていいですよね。ほら、私の腕と照らし合わせてみて下さい。白黒だ。まるでオセロみたい」


「はははっ……」


 完全な愛想笑いに俺はどうしたらいいか困っていた。

 人助けをしたばかりにこのような面倒ごとを迫られるなんて考えもしなかった。断ろうにもショックで自殺をされたら困る。助けたのなら最後まで責任を持てと言われているようである。

 そう、ペットを飼ったら最後まで面倒を見るような感覚とよく似ている。


「好き」


 ピトッと結衣菜は俺の肩に頭を擦り付けた。

 これは本気の証拠なのだと言っているようである。


「汚いお金を受け取ってくれないなら私を受け取って下さい。それならいいですよね?」


「何がいいんだ? 余計に意味が分からなくなったぞ」


「あぁ、そう。退院したら初デート行きましょうか。どこがいいですか?」


 この子、全然人の話を聞いてねぇ。

 一人で盛り上がっていらっしゃる。

 第一、俺には結婚を約束した彼女がいる。もうお腹一杯なのに話はどんどんと良からぬ方へと進んでいた。


「えっと、結衣菜さん? 気持ちは有難いんだけど、俺には俺の都合というものがあって。それにほら。親御さんも心配するだろうからもう少し冷静に……」


「そうだ。そろそろ面談終了の時間だったね。気付いてくれてありがとう。明日も来るからね」


「いや、そうじゃなくて。俺の話を……」


「じゃ、また明日。雑賀さん」


 満面の笑みを浮かべて結衣菜は病室から去っていく。

 可愛いんだけど、どうしようか。俺の悩みは増すばかりである。

 人助けをしたばかりに。そんな言葉が頭の中を巡らせた。

 知らずのうちに結衣菜の中では俺と交際を本格的にスタートしたと思い込んでいるようだ。それは勘違いと言ったところで聞いてはくれない。


「俺はどうしたらいいんだぁ!」


 入院中に起きた思わぬ悲劇に俺は頭を抱える。

 

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