第28話 お見舞い
入院生活三日目。
体調は良くなったのだが、身体の傷は癒えていない。
それでも予定より一週間早く退院できると医者から言われて安心しきっていた。
「……暇だな」
早くも俺は入院生活に暇を持て余していた。
それもそのはず。個室で娯楽物は何も用意されていない。
入院している身で何を言っているんだと思われるが、実際退屈で死にそうなのだ。
その時である。
コンコンと扉がノックされた。
「はい。どうぞ」
看護士さんと思われたが、姿を見せたのは少女である。
茶髪のショートヘアーでキリッとした目つき。
スポーツメーカーのパーカーにズボンとスポーティ服姿。
どこかで見たような見ていないような。誰だっけ?
「……雑賀航輔さん?」
「はい。君は?」
「覚えていませんか? 火事場であなたに助けられた者です」
「あ! あぁ……はい、はい。君か」
わざとらしく今、思い出した反応をしてしまうが、実際そうなのだから仕方がない。
少女は病室に入るとすぐに俺の正面に立った。そして頭を下げながらこう言った。
「あの時は助けていただきありがとうございました。意識が戻ったと聞いて来ました。お身体、大丈夫ですか?」
チラリと頭を上げて俺の目を見る。
「あぁ、まぁ見ての通りだけど心配ないよ。来週には退院できるらしいから」
「そうですか。良かった」と、少女はホッとしたように安堵した。
「君は? 怪我していない?」
「はい。私は無傷です。雑賀さんが庇ってくれたおかげです」
「そうか。それは何よりだよ。えっと……そう言えば名前」
「あ、申し遅れました。私、
高校生? 中学生に見えたけど、それを言うと怒らせると思い黙った。
身長は155センチほどと小柄だ。胸も大きいわけではないが、張りはある。
それにしてもわざわざお礼を言いに来てくれたのか。内心は良い子なのかもしれない。
「あの、私、貧乏で高価なお礼ができないんですけど」
「いや、気にしなくていいから」
「でもそう言うわけにもいきません。何かお礼をさせて下さい」
「いや、本当に気持ちだけで」
「お礼させてくれないんですか?」
愛咲さんは泣きそうな顔で俺を見た。
女のその顔は弱い。と言うよりずるい気もした。
「分かった。可能な範囲で受け取るよ。だからそんな顔をしないで」
そう言うと愛咲さんは満面の笑みを浮かべる。
とは言え、気持ち以外でお礼の受け取り方が分からない。
愛咲さんは花やフルーツなどお見舞い品を持って来たわけではなく手ぶらだ。
これで一体、何をしてくれると言うのだろうか。
すると、愛咲さんはドカッと俺の入るベッドに腰を下ろした。
「愛咲さん?」
「結衣菜でいいよ。雑賀さんの方が歳上でしょ?」
「まぁ、そうだけど」
「お礼を言っておいてなんだけど、正直助けられて良かったのかなって思うんだ」
「どう言うこと?」
その問いに結衣菜は天井を見上げて考え込む。
「はぁ。私、あのホテルに一人でいた訳じゃないんだ」
「知り合い?」
「ううん。知らない人。しかも、火事だと分かった瞬間、真っ先に私を捨てて一目散に逃げちゃった」
「知らない人ってどう言う……」
「ホテルに知らない人と一緒だった。つまりそう言うことです」
「どうしてそんなことを」
「生きていくためには仕方がないことです。どう? 引きました?」
「俺は人の生き方に口出しする権利はないよ」
「じゃ、助ける権利もなかったんじゃないですか? 私、あの場で死ねたら楽になっていたかもしれない。こんなことを言ったら怒られるかもしれませんが、私って生きている価値がないかもしれません。実際、楽しいことなんて一つもない」
「そんなことない!」
俺は咄嗟に声を張り上げていた。
結衣菜はビクッと身体を震わせた。
「ごめん。大声出して」
「いえ。ひょっとしたら私、怒られたいのかもしれません。実際、それを望んでいましたし。もっと怒ってくれませんか。雑賀さんにしか頼めません」
「いや、怒れって言われても……」
俺が助けた少女はちょっと特殊な問題が抱えているようだった。
「なーんて。冗談です。変なことを言ってごめんなさい。はい。これどうぞ」
結衣菜は茶封筒を取り出して俺に渡した。
「お礼の印です。受け取って下さい」
「いや、これは受け取れないな」
「受け取れない? お礼をさせてくれるって言ったのに?」
「男から貢いだ金を素直に受け取れないよ。だからこれは返す」
その瞬間、結衣菜の顔は曇った。
この険悪な空気はしばらく続くことになる。
俺、また何かやっちゃったか?
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