第25話 火事


 食事を終えて風呂を済ませて後は寝るだけと言う状況の中、俺はホテルの寝間着を着用してベッドの縁に腰を下ろしていた。


「フゥ」


 心を落ち着かせて気持ちを整えた。


「フンフンフンフン」と風呂場からすずちゃんの鼻歌が聞こえる。


「男としてどうするべきだろうか」


 風呂に入る彼女を背中に俺はどのように待っていればいいのか分からずにいた。このまま寝るのが正解か。それとも抱いてあげるのが正解か。

 彼女がまだ高校生と考えるとどちらをとったとしても正解も不正解もあり得るのは射止めない。


「俺はどうすればいいんだ」


 頭を悩ませていたその時だ。脱衣所の扉が開いた。


「ふぅ、いいお湯だった」


 タオルを頭に巻いた状態ですずちゃんは出てきた。


「ん? コウくん、どうしたの? 真っ白に燃え尽きたような感じで」


「いや、なんでもないよ」


「そう。じゃ、寝ようか」


 部屋の明かりは消されてベッド横にあるライトだけになった。

 同じベッドに俺とすずちゃんは横並びに身体を沿わせる。

 本来なら嬉しいはずなのだが、俺の気持ちはどうも盛り上がらない。

 この違和感は一体なんだと言うのだろうか。


「ねぇ、コウくん」


「な、なに?」


「また私の唇を奪ってくれない?」


「え、あぁ。勿論だよ」


 何も迷うことはない。彼女が高校生だからとかお嬢様とか何だ。

 好きならキスくらい当然のことだ。

 雰囲気に飲まれながらも俺は何度もすずちゃんの唇を自分の唇と重ねた。


「嬉しい。ねぇ、コウくん。やっぱり結婚するべきだよ。ねぇ、そうしようよ」


 迫るようにすずちゃんは言う。


「ねぇって言われても」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど、せめて高校を卒業してからの方がいいかと」


「じゃ、卒業したら結婚してくれる?」


「そ、それは……」


 ハッキリした答えが出ない中、すずちゃんは徐々に俺に迫る。


「ね? いいでしょう?」


「えっと、それはその……」


 その時である。


 モヤッと何か変な匂いが鼻を刺激した。


「すずちゃん。何か煙たくない?」


「そういえば。そんな気もしなくはないけど、加湿器じゃなくて?」


「いや、これは……」


 カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンッと!

 緊急事態を知らせる鐘が廊下から響き渡る。

 やはり勘違いでも何でもない。

 俺は布団をガバッとめくって飛び起きた。


「すずちゃん。避難しよう」


「え、えぇ」


 俺はすずちゃんの手を掴んで部屋を出る。


「何なの? 一体」


「多分火事だ。見て。煙が下から漏れている」


 廊下には既に煙が広がり始めており、俺たちを飲み込もうとしている。


「タオルを口に当てて。絶対に煙を吸っちゃダメだよ」


「うん」


 非常口はどこだ。

 落ち着け。緊急事態では誰もが焦って正常な判断ができなくなる。

 慌てずに最善の判断を見出さなければならない。

 そして俺は周囲を見て非常口の看板を見つける。


「ここだ。すずちゃん。こっち!」


「はい」


 非常階段を見つけてそこから避難する。

 外に出たことによりその火元が判明する。

 丁度、俺たちが居た部屋の斜め下のエリアだ。


「ゆっくり急いで」


「え、えぇ!」


 無茶なお願いをしつつ、俺はすずちゃんの手を引いて階段を駆け下りた。

 異変に気付いた客も次々と非常階段から避難をしていた。

 俺たちは無事に避難を済ませた。


「すずちゃん。怪我はない?」


「うん。大丈夫」


「良かった」


 外からホテルを眺めると黒煙が漏れ出していた。


「おい。あれ」


 避難客の一人はホテルの方に指を差す。

 その方角に逃げ遅れたと思われる人物が助けを求めるように手を振っていた。


「おい。消防はまだ来ないのか」


 黒煙は更に立ち込めて緊急を要する状況だった。

 このままじゃまずい。俺の中の正義感が沸き起こった。


■■■■■

★★★ポチッと!

ポチッポチッ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る