第24話 ホテルへ


「来ちゃった」


 テヘッと眩しい笑顔で九条鈴蘭は俺に振る舞った。

 何故、彼女がここに? いや、会えて嬉しいことに変わりはないのだが、あまりにも急すぎて驚きが隠せなかった。


「来ちゃったって。え? どうやって来たの? 車でも六時間は掛かる距離のはず。電話を切って二時間くらいのはずなのに。まさか電話をしている最中で既にこっちに向かっていたってことですか?」


「いいえ。電話を切ってから向かいましたよ」


「それなら尚更、辻褄が合わないんですけど」


「やだなぁ。ヘリで来たに決まっているじゃないですか。空ならひとっ飛びですから」


 流石、金持ちのお嬢様。やることは豪快だ。


「とりあえず上がってもよろしいですか?」


「えっと、少し散らかっていますけど、どうぞ」


 細かい埃などは片付けきれなかったが、そこは目をつぶってもらいたい。

 初めて彼女を家に入れた。というより、女性を入れたのは母親以来だ。


「なるほど。コウくんの部屋はどこですか?」


「どこってここだけど」


「え? ここ、物置じゃなかったんですか」


 うん。お嬢様のボケだろうか。

 一般人からしてみればこれが普通なのだが、金持ちの基準は桁違いなのだろう。


「まぁ、狭ければ狭いだけコウくんと密着する距離も狭いってわけですね」


「すずちゃん。来てもらってこんなことを言うのもあれだけど、何をしに来たの?」


「何をしにって恋人に会う理由がいりますか?」


「いや、いらないけど、気軽に会える距離じゃなかったから驚いちゃって」


「私が来たら迷惑でした?」


 すずちゃんは小動物のような目で俺に訴える。


「いや、迷惑なんてとんでもない。凄く嬉しいよ」


「そう、良かった。今晩は楽しみましょうね」


「楽しむってもしかして今日、泊まるつもり?」


「勿論、そのつもりですけど? 何か不都合でも?」


「いや、良いんだけど布団がないから」


「あら。だったら二人で一つ使えば良いんじゃなくて?」


「それって色々まずいんじゃ……」


「え? 別に付き合っているんですから普通のことじゃなくて?」


「えっと、俺、寝相悪いから迷惑を掛けるかも」


「そんなこと気にしなくてもいいのに」


「いや、でもすずちゃんに風邪を引かせるわけにはいかないから」


「ふーん。お優しいんですね。分かりました。じゃ、ホテル行きますか? そこなら布団もいくらでもありますし」


「いや、でも悪いし」


「安心して下さい。九条グループ系列のホテルですので自由に使って構わないですよ。さぁ、こんな物置じゃなくてちゃんとした部屋に行きましょう」


「は、はぁ」


 サラッと失礼な発言をするすずちゃんだが、お嬢様が俺の部屋で泊まるなんて申し訳なく思う。あえて提案してくれて良かったかもしれない。

 話は流れるように進み、俺はすずちゃんに連れられてホテルに行くことになった。

 安いホテルでもよかったのだが、連れられたところは二流ホテル。以前よりは控えめではあるが、それでも一般人からしたら高級感が漂っていた。


「今日は楽しい夜を過ごしましょうね。コウくん」


 ギュッとすずちゃんは俺の腕に抱きつく。


「そうしたいのは山々だけど、明日も早いので早めに寝たい気分かな」


「一層、仕事辞めても良いんじゃないですか?」


「え?」


「だって私が養ってあげられますからコウくんが働く意味はまるでないと思いますよ」


「それはちょっと」


「ん? ダメですか」


「今の仕事は気に入っていますので続けたいです」


「そうですか。コウくんがそうしたいのであれば私からは何も言いません。余計なことを言ってごめんなさい」


「いや、すずちゃんが謝ることないよ」


「ふふ。コウくんは優しいんですね」


「いや、そんなこと」


「さぁ、夕飯はまだですよね? ここのルームサービスは割と美味しいんですよ」


「そうなんだ。丁度、空腹だったんですよ」


「それはグッとタイミングです。さぁ、行きましょう。行きましょう」


 こうして俺はすずちゃんと共にホテルへ入った。

 当然の訪問だったけど、これは一種のサプライズとして受け取ろうと思う。

 何より俺たちはまだ互いのことをよく知らない状態だ。

 これを機に色々知る機会ができたと思えば申し分ないだろう。

 てか、現役高校生とホテルっていいのだろうか。そもそも付き合う時点で問題なのでは。色々不安が過るが今はそこまで頭が回らなかった。


「コウくん。大好き」


 まぁ、すずちゃんが笑顔なら今はそれでいいのかもしれない。


■■■■■

★★★好き

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