第22話 お茶


「ちょっと待ってくれる?」


「待ちません。今すぐ返事を下さい」


「じゃ、ごめんなさい!」


 流れるように俺は火乃香さんの告白を断った。


「どうして? 何が不安なんですか」


「どうしても何も急に結婚って言われたら反射的に断ってしまうよ」


「じゃ、私を都合いい女として扱って下さい」


「あの、意味分かって言っています?」


「はい。とにかく私と何か関わり合いがあるようにして下さい」


「そう言われても困るというか。そもそも俺……」


「なんですか。ハッキリ言って下さい」


「彼女いるし」


 その直後、火乃香さんは石のように固まった。まるで生気がない。


「あの、火乃香さん?」


「彼女ってどんな人ですか。私に勝ち目はありますか」


「え? えぇぇ?」


 この人、全然諦めていない。むしろ勝ち取ろうとしている。

 恐るべき白馬に乗った王子様理論。


「えっと、少し感情が渋滞していますから落ち着きましょう。俺も少し混乱していますし」


「そうですね。まずはゆっくりとお茶を飲みながら冷静を取り戻しましょうか」


「えぇ。はい?」


 話は流れるように進んでいき、何故か俺は火乃香さんの自宅でお茶を出されていた。


「すみませんね。まだ引っ越したばかりで散らかっていて」


「いえ。俺の部屋に比べれば大したことではありませんよ」


 グイッとお茶を口に含み、乾きを潤した。


「彼女とはどれくらいなんですか?」


「まだ二日目ですね」


「二日目ってことは私と会ったその日に付き合っていたんですか?」


「えぇ、まぁ。本当は彼女になるつもりはなかったんですが、成り行きで」


「成り行き? もっと詳しく!」


「え? はい」


 グイグイ来る火乃香さんに俺は彼女が出来た経緯は話した。


「そっちの方が私よりロマンチストですね。なんだか負けました」


「すみません。そういう訳なので火乃香さんとは関係を持てないんですよ」


「分かりました。結婚は諦めます。でもそれ以外はまだ可能性ありますよね?」


「それ以外? 何を言っているんですか?」


「え? そんなこと言わせないで下さいよ。分かっているくせに」


「いや、本気で分からないのですが」


「私のこと、好きにして良いんですよ」


 そう言って火乃香さんは俺の太ももに手を置いた。


「好きにして良いって冗談でも言わないで下さい」


「冗談に見える? 私、本気なんだけど」


「だとしてもこんなこと間違っています」


 俺はその場を立ち上がった。


「そろそろ帰りますね」


「え? 待って。もう少しゆっくりしていってよ」


「いえ、これ以上居ると考えが鈍っちゃいますので」


「そんなに彼女さんが大事ってことですか?」


「大事かどうか正直まだ分かりませんけど、一度付き合うって向き合った以上は大事にしようと思います」


「私、そういう航輔くんが好きなのかもしれない」


「お気持ちは嬉しいです。でもこれからはお隣さんとして助け合いましょう」


「なるほど。彼女に対する気持ちは本物のようですね。だったら私にも考えがあります」


「どういう……」


 俺の視界は急にボヤッとグラついた。

 立っていられずにその場に崩れてしまった。


「ようやく効いてきたようですね」


「効いたって何を?」


「そのお茶に少し睡眠薬を加えさせて頂きました」


「睡眠薬?」


「さぁ、楽にして下さい。少し手荒なやり方になってしまいますけど、私は本気を出さないといけなくなりました」


「さっきから何を言っているんですか」


「あなたと結婚したいです。これで失敗したら諦めます。少しだけ大人しくして下さいね。すぐに済みますから」


 火乃香さんは俺に向かって何かを始める。

 俺の意識は段々と遠のいた。

 いや、ダメだ。これで意識を失ったら何をされるか分かったものではない。

 ここまで結婚に執着する意味はあるのだろうか。

 いや、彼女はロマンチェストを貫きたい術中にハマっているだけだ。

 俺の人助けは思わぬ方向へ進もうとしていた。


「さぁ、航輔くん。楽しいことしましょうね」


 ニコッと火乃香さんの笑顔は暴走へと変わろうとしていた。


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