第19話 お礼


「改めまして。私を痴漢から救って頂き、本当にありがとうございました」


 駅地下にある喫茶店に入った俺は痴漢被害にあった女性にお礼を言われていた。


「いえ、どう致しまして」


 お礼をされて臨まれた展開になった訳だが、俺としては少しもどかしい。

 その理由は容疑者を取り逃がしたことが大きい。

 数秒の時間が流れた矢先、最初に口を開いたのは彼女の方である。


「おっと。まだ名前も名乗っていませんでしたね。私は天霧火乃香あまぎりほのか。二十歳。美術大学に通っています」


「俺は雑賀航輔さいがこうすけ。十九歳。ライフセイバーをしています」


「へぇ。ライフセイバーですか。なんだかカッコいいですね。見た目もたくましいですからまさに天職じゃないです」


「いや、見た目ほど良いものじゃないですよ。救助活動なんて滅多にないですし、ほとんどゴミ拾いばかりですよ」


「それでも人の役に立てている仕事じゃないですか。素敵です」


「ははっ。ありがとう」


 どうも好意的だ。ここまで褒められると嬉しいのだが、お世辞感が射止めない。


「航輔さんが助けてくれて本当に嬉しかった。実は痴漢をされるのは七回目なんです」


「そんなに?」


「はい。いつも私が我慢すれば済む話ですのでひたすら時間が過ぎ去るのを待つばかりですが、こうして助けてもらったのは初めてです」


 痴漢されやすい体質なのだろうか。いや、それよりも原因と取れるものがあるのではないか。俺は言うか迷ったが、言わずにはいられない。


「あの、気に障ったら申し訳無いのですけど、肌を出しすぎじゃ無いですか?」


「へ? 肌ですか?」


 天霧さんの服装は全体的に肌の露出が高いものである。

 スカートもミニで下着が見えるか見えないかギリギリの長さである。


「あ、お見苦しい格好で申し訳ない。私、強度の暑がりで電車の中では特に汗が止まらないほど汗っかきなんです。だから少しでも涼しい服装を心がけているんですよ」


「それが逆効果になっているのでは?」と、俺は冷静なツッコミを入れる。


 そんな服装をしていれば誘っているように見えることも否定できない。


「なるほど。今度から気をつけます。航輔さんに言われたことを改善しようと思います」


「ははっ。それは良かった」


「そうだ。ここのお代は私が出しますので好きなものを頼んで下さい」


「はぁ」


 俺はメニュー表を眺めるが、目新しいものがない。

 と言うよりも軽めの軽食ばかりで今の俺はがっつり系のものが欲しい気分だった。


「とりあえずアイスコーヒーを一つ」


「もしかして遠慮しています?」


「いや、そう言う訳じゃなくて。頼みたいものがないと言うか」


「あ、そうですね。男性にはがっつりしたものが必要ですよね。店、変えましょうか」


 俺の気持ちを察してくれたのか、天霧さんは提案した。

 コーヒーをそれぞれ一杯頼んで店を後にする。

 駅を離れて俺たちは街中を歩いていた。





「偶然ですね。航輔さんも家がこの辺だったなんて」


「そうですね。天霧さんは一人暮らしなんですか?」


「火乃香でいいですよ。はい。大学に通うようになってから一人暮らしをしています。航輔さんも一人暮らしを?」


「火乃香さんの方が一つ年上なんですから呼び捨てでいいですよ。そうですね。就職が決まってから実家を出て一人暮らしです」


「そうなんですか。一人暮らしって何かと大変ですよね。実家の有り難みが今更実感しました。実家だけに」


「ははっ!」


 今のはボケたのか。イマイチノリ掴めず空返事をしてしまう。


「着きました。ここでお礼させて下さい」


 火乃香さんが立ち止まった場所に俺は驚愕した。


「ラブホテル?」


 俺の前に立っていたのはラブホテル。え? そんなことある?


「あ、違います。その隣の焼肉屋です」


「隣? あぁ」


 ラブホテルと横並びになっているのは焼肉屋である。


「ここ、安くて食べ放題なんですよ。航輔くん。来たことありますか?」


「いや、初めて来たよ」


「そう。なら楽しめると思うよ。さぁ、行きましょうか」


「はい」


 建物は年季があって古い感じだが、店内に入ると肉の香ばしい香りが一気に刺激した。

パイプ椅子に木目のテーブル。そして肉は七輪で焼く形式。

こう言う所が意外と美味いって言うのは鉄則である。


「さぁ、ドンドン頼んで下さいね」


 俺よりも火乃香さんの方が随分乗り気だった。

 せっかくのご恩に受け入れなければ失礼と俺は腹を括った。

 移動疲れで俺の胃袋は限界である。


■■■■■

★★★を是非ともよろしくです。

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