第18話 痴漢騒動


「うーん」と俺は電車に揺られながら頭を悩ませていた。


 すずちゃんと別れてすぐにひっきりなしにメッセージが届き続けている。


『私のこと好き?』 


『私の運命の相手はあなただよ』


『今、どの辺かな?』


 どうでもいいようなことが永遠と続く。

 面倒臭いとまでは思わないが、全てのメッセージに返事対応ができないことがネックである。


「はぁ、帰ってからゆっくり返信しよう」


 一旦、俺はスマホをポケットにしまうが、それでも通知が止まらない。

 彼女ってこんなものなのかと改めて実感する。

 電車の乗り換え続きで正直疲れている。

 椅子に座って仮眠を取りたいところだが、生憎帰宅ラッシュにハマって満員電車の波に飲まれていた。


「もう少しの辛抱だ」


 グッと堪えていたその時だ。

 荒い息を吐く女性に目がいく。

 茶髪パーマで小柄な女子大生といった感じだ。


「はっ……んっ……あっ……」


 人の熱気に体温が上がっているのか。俺の目から見れば辛そうである。

 モジモジと足をくねらせていてどこか不自然だ。

 そして彼女の後ろにはスーツ姿の中年男性がはぁはぁと息を吐いている。

 痴漢だ。

 中年男性の左手は女子大生のスカートの中に突っ込まれている。

 きっと恥ずかしくて助けを呼べないに違いない。

 疲れ切っていた俺だったが、人助け精神が一気に向上した。

 人の波を強引に突破して俺は女子大生の元に向かう。


「はい! そこまでだ!」


 ガツッと俺は中年男性の左腕を掴んだ。


「な、何だね。君!」


「今、この女性に痴漢していましたね? 次の駅で降りてもらいます」


「は、放せ! 私は何もしていない」


「そんな訳ないでしょ。俺がこの目で見ました。言い逃れはできませんよ」


「言い掛かりだ。あんまりしつこいようだと警察に突き出すぞ」


「上等だ。どっちが不利か一目瞭然ですがね」


「すみません。被害者のあなたには時間を取らせることになりますが、証言として一緒についてきてもらってよろしいですか?」


 俺が女性にそう言うと小さく頷いた。

 電車は駅に止まり、ドアが開いた。


「は、放せ!」


「いいから来い」


 終始、中年男性は俺の手から逃れよると必死に抵抗する。

 だが、俺は逃げられないようにしっかりと腕を掴んでいた。


「駅長室はどこかな」


「改札口の横です」


 被害者の女性が見つけて教えてくれた。


「クッソ! 放せって言っているのが分からないのか!」


 ついにキレた中年男性は右手を使って俺の頬に殴りつけたのだ。

 ボカッと鈍い音と共に俺は手を放してしまう。

 尻餅を付いた俺を目にした中年男性は荒い息を吐いて逃げ出してしまう。


「ザマーミロ!」


「テメェ! 待ちやがれ!」


 俺はすぐに追いかけようとしたが、視界がぼやけてうまく立ち上がれなかった。その間にも中年男性との距離は切り離されてしまう。


「ま、待て」


 俺は手を伸ばすことしかできずよろめいたところで被害者女性が支えてくれた。


「もういいです。追わなくていいですから」


「いいって。いい訳ないでしょ。あなたを不快にさせたあいつを逃すわけにはいかない」


「私は大丈夫です。それよりあなたの怪我が心配です。顔、擦りむいていますよ」


「え?」


「手当をします。丁度救急セット持ち歩いていますので」


 俺は壁際に移動させられて被害者女性から手当を受けた。


「はい。これで大丈夫です。病院に行かなくていいんですか?」


「大丈夫です。鍛えていますからこれくらいどってことありません。それより被害届を出さなくていいんですか? 容疑者は取り逃してしまいましたが、防犯カメラ等で割り出すことだって出来ると思います」


「いいんです。これ以上、目立ちたくありません」


「そうですか。あなたがそう言うなら俺からは何も言えません」


「本当に助けてくれてありがとうございました」


「いえ、当然のことをしたまでですよ」


「あの、お礼をさせてくれませんか。この後、少し時間ありませんか?」


「お礼? いや、そんな悪いですよ。俺はそんなつもりで助けたわけじゃないですから」


「私がそうしたいんです。じゃないと私の気持ちが収まりません。お礼。させてくれますよね?」


 彼女の気持ちは強いようで俺はお礼を受け入れる形になった。


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