第8話 接触②


「痛っ!」


 俺は再びゴミのようにビルの外へ摘み出される。

 せっかく本人が目の前にいたというのに俺の目的は果たされることなく散ってしまう。

 俺を摘み出した警備員たちは清々したように鼻息を荒げながら業務に戻っていく。

 俺は惨めなあまりアスファルトの地面に向けて拳を叩きつけていた。


「くそ。もう少しだったのに。それもこれも全部このチャランポランな格好のせいだ。もういい。正体を隠すのがバカらしくなってきた。こんなもの脱いでやる!」


 俺は変装を解いて元の姿に戻った。


「フゥ。元々この姿は柄でもないんだよな。何だか重荷がスッと抜けた気がする。それにしてもどうやって九条鈴蘭に接触すればいいんだ」


 頭を悩ましている時だった。


「あ、あなたは……」


 突然の大声に俺は声の主に振り向く。

 それは磯部という白髪頭の執事である。

 磯部は俺の正体を知る人物の一人だ。

 何と言っても九条鈴蘭を助けた場所に居合わせている人物なのだから。


「や、やべぇ」


 俺は咄嗟に逃げ出す。全速力で。


「お、お待ち下さい」


 体育会系の俺は老人から逃げるのは容易である。

 磯部との距離はどんどん離されていく。


「お、お願いします。待って下さい」


 息を切らしながら磯部は懸命に俺を追いかける。

 その必死さが気になり、俺はチラリと後ろを振り向く。

 ゼーゼーと言いながら倒れる寸前だ。

 そして、足がタイルの溝に取られて転んでしまう。


「危ない!」


 俺はUターンして引き返す。

 磯部を転倒から守った。


「大丈夫ですか?」


「あ、ありがとうございます。それよりどうして逃げるんですか」


「どうしてと言われても」


 そういえば俺が逃げる理由って特にないよな?

 反射的に逃げてしまったというのが正直なところだ。


「とにかく私の話を聞いて下さい。お願いします」


「分かった。ところん聞いてやろうじゃないか」


 磯部の引き止めにより俺は九条グループ本社の商談室へ行くことになる。

 不審者ではなく正規の方法でビルの二階に案内された。

 待たされること十分である。


「お待たせしました」


 磯部がようやく入った。


「まずは自己紹介をさせて下さい。私は九条グループの執事長をしております。磯部優作と申します。現在は引退まで鈴蘭お嬢様のお世話をさせて頂いております。どうぞお見知り置きを」


 そんな挨拶はどうでもいい。俺として聞きたいことは一つ。

 話を戻そうとしたその時だ。

 磯部はテーブルに分厚い茶封筒を俺に差し出した。


「どうぞ。受け取ってください。百万円分は入っております」


「金? いや、いや。そんな大金受け取れませんよ。何のために?」


「そう仰ると思いまして現金ではなく九条グループで使える商品券でございます。どうぞ。お納め下さい」


「いや、だとしても受け取れませんって。何の理由で受け取るんですか」


「迷惑料として受け取って下さい。あなた様には色々と気分を害されたと思いますし、せめてこれくらいはさせて下さい」


「確かにそうかもしれないけど、これはちょっと」


「いいんです。お嬢様からもあなたを発見できた際はお渡ししてほしいと渡されたものです。どうぞ受け取って下さい」


「そこまで言うなら遠慮なく」


 茶封筒の中身は九条グループで使える商品券が百万円分入っていた。

 商品券と言っても九条グループはテーマパークや宿泊施設など広い範囲で経営している。使おうと思えばいくらでも遊べる魔法の券になり得るものだった。


「ところであなた様のお名前を聞いてもよろしいでしょうか。あの時は名乗ってもらえませんでしたから」


 ここで偽名を使うか悩んだ。

 また必要に九条グループに目を付けられることは避けたい。


「本名じゃなくても構いません。現状、あなたの存在はまだ誰にもお伝えしていません。私をどうか信用してもらえないでしょうか」


 俺の不安の察したように磯部は言う。


「コウスケだ。ちなみにこの名前は本名だ」


「コウスケ様ですね。信用してくれてありがとうございます」


「いや、別に信用したわけじゃない。信用するのは俺の質問に答えた後だ」


「はて。質問というのは?」


「どうして俺は九条鈴蘭から指名手配をされているんだ。それを答えてもらおうか」


 俺がそう言うと磯部は笑顔から無表情に切り替わった。


■■■■■

★★★がほしー!

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