第2話 美少女救出


 目の前で起きた船と岩の衝突事故。

 俺は人命救助の為に独断で水上バイクを走らせていた。


「急げ! 急げ! 手遅れになる前に」


 アクセル全開で俺は現場に急行した。

 現場付近には船に投げ出されたと思う人が何人か浮いていた。


「大丈夫ですか!」


 俺がまず見つけたのは白髪の優しい顔立ちの男性だった。


「はい。私は大丈夫です。それよりもお嬢様を」


「お嬢様?」


「鈴蘭様です。お嬢様は泳げません。今の衝突でどこかに投げ出されてしまいました。お願いです。お嬢様を助けて下さい」


「分かった。あんたはこれに乗ってくれ」


 とは言っても鈴蘭という女性は周辺にいない。ということは海の中?

 俺は水上バイクを捨てて海に飛び込んだ。

 息を大きく吸い込んで海の中へ。

 ゴーグルを付けていた為、周囲は見えるが、近くにいない。

 頼む。無事でいてくれ。

 近くを捜索するとブクブクと空気泡が見えた。

その先を見ると一人の美少女が沈んでいるのが見えた。

 おそらく彼女が鈴蘭という人に違いない。

 黒くて長い髪。しなやかな細い手足でビキニ姿だ。

 意識はなく身体がだらんとなっている。

 すぐに駆け寄った俺は海上へ運び出そうと彼女の肩を抱えた。


「ん……?」


 浮上しようとした俺だが、何かが引っ掛かって動かない。

 彼女の足元を見ると海藻が足に絡まっているのだ。

 くそ。早く解かないと溺れ死んでしまう。

 だが、焦れば焦るほど息が続かなくなる。

 俺は講習で学んだ手順を思い出して目の前の問題を冷静に解決していく。

 海藻を解いて彼女を運んで浮上する。

 一つ一つ解決していけば何も怖くはない。


「ぷふぁ!」


 息を一気に吐き出した俺は無事に生還した。

 息継ぎ無しの自己ベスト記録は十分十二秒。これくらいの潜水は問題ない。

 だが、俺はいいとして彼女は息をしていない。水を飲み込み過ぎたようだ。

 急いでなんとかしてやりたいところだが、ここは海の上。まずはどこか陸に上がらないとどうにもできない。


「お嬢様! 無事でしたか」


 先ほどの男性は水上バイクで俺たちの元に来た。


「息がない。急いで水を吐き出さないとまずい」


「な、なんですと!」


 そんな時だ。別の小船が俺たちの前に来た。衝突の音を聞きつけて来たのだろう。


「だ、大丈夫ですか?」


 ナイスタイミングだ。俺の運はまだ尽きていないようだ。


「息がない。一旦、船の中に入れてくれないか?」


「どうぞ。早くこちらへ」


「助かる」


 俺は彼女を小船に引き上げた。

 顔は真っ青になっており、一刻を争う事態だった。

 俺は両手を彼女の心臓に当てて体重を掛けて心臓マッサージをする。

 グッグッグッと、小刻みに手を押し当てる。


「頼む。戻ってこい」


 人命救助の講習を受けていた俺だが、実践は初めてのこと。

 だが、自然と身体が動いていた。

 それは目の前の人を助けたいという強い思いが出ていたからだ。

 俺の手で助けるんだ。

 だが、心臓マッサージでは彼女の息は吹き返さない。


「こうなったら人工呼吸をするしかない」


 男女が唇を重ねるのはいかがわしいものと思われるが、今はそんなことを言っていられない。生きるか死ぬか。そんな時にモラルなんて関係ない。

 俺は何の躊躇いもなくプクッと息を入れる。

 後は人工呼吸と心臓マッサージの繰り返しだ。

 少しでも力を抜けば刺激が足りず、手遅れになってしまう。

 俺は力の限りベストを尽くした。

 周囲が見守っている頃である。


「ぷふぁ。エホ、エホ、エホ!」と、彼女は水を吐き出した。


「よし。吹き返した」


 彼女は一命を取り留めた。

 彼女の生還に小船の乗員は喜びを噛み締めていた。

 良かった。良かったと一人の命が救われたことに安堵していた。


「お嬢様! 大丈夫ですか?」


「磯辺……。私は一体……」


 薄ら目で彼女は周囲を見る。


「一応、病院で診断してもらいましょう。どなたか救急車をお願いします」


「あなた様はお嬢様の命の恩人です。どうかお名前を聞かせて下さい」


 と、白髪の男性は俺に尋ねた。


「名乗るほどの者ではありませんよ」と、俺は人生、一度は言ってみたかったセリフを言い残して船を降りた。


■■■■■

★★★があればやる気に満ち触れます。

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