第30話 迷宮職と地雷職

「ぬし殿、もふもふなのじゃ?」


 ぬいぐるみ好きの鈴鹿が確かめるようにくっついてきて、お腹のあたりをぺたぺたしてくるが、残念ながらもふもふじゃないぞ。


「もふもふじゃなくて、武士もののふ。昔は物部もののべとも書いて、朝廷に仕えた文武両方の官吏のことだったらしいわよ」


 指で宙に字を書きながら説明してくれる。


「はるか昔、饒速日命ニギハヤヒノミコトの末裔だった物部氏が鉄器や武器製造から軍事を司っていて、物部が戦士の代名詞となったのが転じて、物部氏でなくても武器を持って戦う官人を総じて物部と称したという説もあるわね。武士は後の当て字なんですって」


 早口で立て板に水のように説明をされた。 

 今の時期に魔石の買取依頼に来るのは我々ぐらいなので、とても暇らしい。


 たくさん並んだ窓口に誰も人がいないので、いつもの店員さんがワンオペで回しており、実にブラックな労働条件だとぶつぶつ言っていた。

 まあ、客も来ないなら店員もいらないんじゃないかな、とは思うけど。

 来週あたりから徐々に人も増えるらしいので、こうやって無駄話ができるのは今のうちだそうだ。

 

 気になることは色々聞いておこう。


 基本的にこの学校に入学した生徒たちは、最初はほとんど無職で、その後迷宮でよく使った武器や戦い方によって得られる職が変わるという。


 主に刀を使っていると、職業は剣士、侍、浪人、武芸者、ブレイダー辺りになるらしい。

 但し、最初から刀を持っていることはめったにないし、武器屋でも安くないので、最初は剣士になるのが一般的だとか。


「あなた方は例外ね」


 さっき刀をしまったのを見られていたみたいで、ジト目で見られた。

 教室でも何人かは、実家の蔵から持ち出したとか、親から貰ったとかで刀や槍を持ち込んでいるのを見たから、そんなに例外でもないと思うんだけど。

 木刀なら警棒よりも強いと思うし、安く買えるんじゃないかなあ。


 迷宮職での剣士系列は、文字通り剣や刀を使う戦士である剣士が基本だ。

 剣士は、近接戦闘特化で色々な武器や防具が装備できて、強力な一撃を放つバッシュや素早い一撃のライトニングアタックのような物理攻撃に優れたスキルを使えるそうだ。

 スキルというまた新しい概念が出て来たので、これも後で調べておかないと。


 それ以外は剣士から転職するのが普通で、侍は刀や槍だけでなく、遠距離用の弓も使えて、騎乗も可能で機動力にも優れている。

 遠距離兵器は減衰しやすいと聞いていたが、侍だと多少減衰が少ないらしい。

 今日の投石が効いたのも、そうだろうか。

 昔の合戦では石を投げる印字いんじ打ちは重要な戦い方の一つで、剣聖として知られる上泉信綱も秘伝があると残しているほどだ。

 あれもスキルが働いたと考えてもおかしくない。


 浪人は刀や槍中心で防具にも制限があって、騎乗できない近距離軽戦士、ブレイダーはサーベルや西洋刀も含めた機動力に優れた戦士だが、基本的に全員個人戦闘がメインとなる。


 それに対して武士は戦闘を家業としている設定のせいか、個人戦闘だけではなく、集団戦闘の指揮や戦術構築、組織の維持経営や築城、武器製造まで特性があるらしい。

 要するに、職業軍人一族か。

 あのクソ親父の息子だし、これは何となく分からなくはない。


 同じように、巫女は直接戦闘も遠距離戦も魔法も使える魔法戦士だが、神凪かむなぎは神と交流し神を鎮め、その力を借りて戦う存在だとか。

 多分『母さん』と同じ系列だろう。


 両方ともレア職だそうだ。

 まだ授業でやっていない迷宮職の説明を受けられて助かった。

 手帳にも概要が書いてあったはずだから、あとでちゃんと読んでおこう。


「それぞれのスキルに関しては、どこで調べればいいでしょう?」


「手帳に書いてあるのは基本的な初級職だけだから、図書館ね」


 やはりそうか。


「手帳を見せれば、迷宮職に応じた資料閲覧許可が出るので、司書と相談して頂戴。さすがにこっちではレア職の説明までは無理よ」


 図書館は何度も通うことになりそうだな。


「それと先に帰した二人も、今の状態で職を選ぶか、もっと選択肢が増えてからにするかよく相談した方がいいわよ」


「その心は?」


「職はしっかりと選んだ方がいいってこと。転職も可能だけど、最初に就いた職次第でその後の転職先も変化するから、地雷職とか伸びしろが少ないのを選ぶと後で困るようになるから」


 起きたら二人と相談してみよう。


「因みに地雷職とはどんなのが?」


「鬼とか闇とか暗黒とか付いてるのは大体地雷ね。暗黒騎士とか剣鬼とかは名前がカッコイイし中二病だからホイホイ選ぶ生徒がいるけど、確かに強いけどデメリットも凄いから」


 暗黒騎士は、攻撃力が上昇して魔法無効になるから便利そうだが、味方からの治癒魔法や支援魔法も全部弾いてしまうし、徐々に体力が減少するそうで、それは間違いなく地雷だな。

 剣鬼も攻撃力と速度が猛烈に上がるが、敵味方関係なく目に付いたものをなんでも斬ってしまう上に、斬る相手がいなくなると自分を斬るという。

 確かに絶対に選んだらダメな奴だ。


 店員さんの最初に選ぶべきお勧めは、賢者とか聖騎士とか魔法戦士のような上級職だそうだ。

 発現条件と必要経験値は厳しいが、上級職ならレベル毎の成長度合いが大きいので、最終的に強くなる。

 もちろん、戦士、剣士、闘士、射手、狩人、盗賊、僧兵、魔法使いのような基本職はレベルアップに必要な経験値が少ないので、中には転職をしないで基本職で限界を極めようとするのもありだそうだ。

 過去には戦士でレベル上限に達して、上級職よりも圧倒的に強くなった先輩もいたらしい。

 転職するたびにレベルアップに必要な経験値が増加するので、転職しないでどこまで行けるか挑戦した結果だそうだが、人間極めるととんでもないことになるといういい例だと店員さんが笑っていた。

 罠は全て踏み抜いて行けばいいのおとこ解除で、攻撃に対してもレベルを上げて防御力を極めればいい、物理攻撃が効かない相手でも1でも攻撃が入るなら、死ぬまで殴ればいいという脳筋の極みの思考で単独中級迷宮最深部を踏破したそうだ。


 人間って凄いね。


 まあ、クソ親父も似たようなことを言ってたが。

 

「そうそう、多分二人ともお腹空いてると思うから、しっかり食べさせた方がいいわよ。急に成長したようなものだから、特にタンパク質が足りなくなるから」


 ああ、あれか。

 TVで見た、ミートボールパスタを食べるアニメの「血が足りねぇ」ってやつだ。

 何でもいいから肉をじゃんじゃん持っていかないとダメってことか。

 寮の食事時間には間に合わないかもしれないから、起きたら購買食堂に連れて行くか。

 なるほど、だからあそこは24時間営業なんだ。

 夜中に迷宮から戻って来ることもあるだろうし。


「だったら、ちょっとお金作っておいた方が良さそうですね」


「なに、これからまた迷宮入る気?」


「ええ、まだ時間もありますし、骨格標本狩りでもしてこようかと」


「まぁ、ほどほどにね」


 心底呆れられた。

 心外だ。

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