第31話 漆黒の幻影騎士

 初級迷宮の一階をさくっと通過して二階でスケルトン狩りをしている。

 昨日のことが多少気になるが、今のところは順調だ。


「この間の、黒い奴はいないみたいだな」


「視線も感じないぞよ」


「あれは何だったんだろうなあ」


「分からぬが気を付けるがよいぞ」


「ああ」


 警戒を怠らないようにしていたのが良かった。 

 

 広間に出ようとした瞬間、巨大な何かが降って来た。

 

 咄嗟とっさに手にしたハルバードで受ける。

 だが、僅か一撃でハルバードは砕け散った。


「嘘だろ!」


 足の裏半分だけずらして避ける。

 前髪ギリギリを掠めた何かが地面に当たる瞬間、ピタリと止まってそのまま戻って来た。


 ごうと唸りを上げて目の前を通り過ぎたのは、分厚く長大な鋼の塊だった。


「ッ!」


 さっきまで何も感じなかったのに、今は前方から圧倒的な威圧感を覚える。

 このまま通路から出ないで戻ろうとすると、間違いなく後ろから攻撃されるだろう。

 狭い通路で後ろから攻撃されては逃げ場がない。


 ならば、敢えてここは出る!


 腰の刀に手を掛け、転がるようにして広間に飛び出す。

 予想していた攻撃は無かった。


 広間の入り口を見ると、そこには漆黒の巨大な四つ足の怪物がいた。

 いや、よく見ると周囲の闇よりも深い黒の西洋甲冑に全身を覆い、見上げるような馬、これも同じように漆黒の甲冑を身に纏っている、それに乗った騎士だった。


 海坊主のようにのっぺりとした禍々まがまがしいヘルムの前面には顔の全てを隠す面頬めんぼうがあり、僅かなスリットから真っ赤な光だけが漏れている。

 首の下は余計な装飾が一つもない実用一点張りの全身鎧だが、縦横共に大人の倍はありそうな巨大な体躯が全身金属の塊となっているだけで、絶望的な凄みと威圧感をかもし出している。

 手にしているのはこちらの身の丈をはるかに超える槍かと見紛うような長大な剣だが、少年週刊マンガ雑誌ぐらいの幅と厚みがありそうだ。

 あの「鉄塊」として有名な分厚くて重くて大雑把な剣とは違い、漆黒の刀身には血で描いたような不気味な装飾が施されている。

 

 そして乗り手に負けないほどの巨大で重装甲の馬、その額からは長い角が生えているが、あれが馬鎧の装飾なのか、本物なのかは分からない。

 だが、本物だとしたらユニコーンで、じゃあ乗っているのは清らかな女性なんだなと思うと、ふっと笑みが漏れてしまった。

 

 こちらの笑みを感じたのか、剣を振り上げかけた騎士が不審げな気配を僅かに漂わせ、動きを止める。


 その隙にこちらも姿勢を正し、腰から静かに刀を抜く。


 一度刀を抜けば、もう余計なことは考える必要が無い。

 ただひたすらに刀が向くままに振るだけだ。


 向こうの獲物は3m以上もありそうだが、こちらも三尺三寸、約1mの大太刀の大太刀だ。

 確かに三分の一ほどの長さで、向こうの巨体からすれば脇差にもならないかもしれないが、なあに、届きさえすれば斬るのには十分だ。


 刀を手にして自然体で立ち、正眼に構える。

 普通なら相手の喉元を狙う姿勢だが、馬に乗った相手、しかも両方普通の倍もありそうな姿では足先を狙っているようにしか見えない。

 だが、それで十分。


 通路からは心配そうに鈴鹿がこちらを伺っているが、片目をつぶって大丈夫だと合図をする。

 

 ここは一対一タイマン勝負の時間だ。


「何者か知らないが、稲瀬清高、推して参る!」


 返事は無言で馬上から振り下ろされた大剣だった。


 技も何もない、圧倒的な体格差から繰り出される無造作な斬撃、だがその動きは間違いなくこちらの頭上に落ちてくる。


「それは一度見た!」


 さっきのはこの攻撃だったのだろう。

 無造作ゆえに避けるのは簡単だ。

 しかし、向こうが挨拶代わりに放ってきた一撃だ、受けないのは失礼だろう。


 但し、真っ向から受けるとこちらの刀が折れてしまう。

 それぐらい質量差がありすぎる。


 なので、右足を僅かに右に引いて、相手の剣の横に払うように叩き付け、不協和音を奏でながら勢いのままに刀を相手の剣に滑らせ、恐怖ですくみそうになる体を剣すれすれに無理やり潜り込ませて前に出る。

 自然と突きの姿勢に移行し、振り下ろしたことで辛うじて届く相手の手首の内側にそのまま刀は伸びていく。


「貰った!」


 そのまま突き込もうとした瞬間、背筋に殺気が走った。


「うおっと、危ない!」


 突きを諦め、咄嗟とっさに右手を離し、左手一本で持った刀を左へと振って体を回転させる。

 鈍い音と共に刀が下から戻って来た大剣と衝突する。

 戻って来る速さがさっきとは段違いだ。

 それとも、自分の体が委縮していて、思った通りの速さで動けなかったのか?


 どちらにせよ、一撃を入れられなかったので、大剣に弾かれたのを利用して、そのまま後ろへと飛び退すさる。


 自然と刀が頭上へと上がっていき、上段の構えになる。

 恐怖で体が下がりそうになるが、敢えて左足を前に出す。

 今度はさっきとは違って、内心からの笑みがこぼれた。

 顔が引きつっているのかもしれないが、ここに来て初めて命のやり取りをする時間が来た。


 どこまで通用するか分からないが、身に着けた技量と経験の全てを出してれるのだ。


 ますます笑みが大きくなり、歯がむき出しになる。

 殺気のない黒い闇は、戦うには正体がなさすぎた。

 それと比べると、今回はデカイだけでちゃんと人型をしている。

 馬上にいるが、動きは人間と変わらないはずだ。

 後は殺せば死ぬかどうか、問題はそこだな。


 相手に僅かでもダメージが入れられるなら、どんな存在だろうと殺せる、そうクソ親父は常々言っていた。

 こんな所でたおれるわけにはいかない。


 鈴鹿と約束したからな。


 上段に構えた刀を更に上に伸ばす。


「さあ、殺し合おやろうか!」

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