第29話 二人の精神階位

「うう、気持ち悪いです」


「何これ、目が回る」


 動けなくなっていた二人を、肩を貸して腰を抱えるようにして何とか立ち上がらせて、前回も使った出口から脱出する。

 こうやって抱きかかえると分かったが、二人とも汗だけではなく、体も熱くなっているようだ。

 迷宮門ゲートから出た時に、他の生徒がざわついたが、今は構っている暇がない。

 急いですぐ近くにある買取窓口へと運び込む。


 紅葉が何かを言いたそうだが、口を開く元気もないようだ。

 

「あら、ひょっとして迷宮行ってたの?」


 店内に入ると、店員さんが二人を見るなり、驚いた声を上げる。


「あ、はい」


「レベルアップしてると思うから、ちょっとこれに手を置いて」


 カウンター横に並んでいるATMみたいな機械の前で、手招きする店員さん。

 二人とも立っていられないみたいなので、まずは史織をソファーに寝かせて紅葉を連れて行くと、液晶パネルの横のボックスに指先を入れるように促された。


「……」


 全然反応がないので、脇の下に回していた手を外して……う、届かない。

 仕方ないので、階段の時と同じように後ろから抱えこんで、右手を掴むとボックスに入れる。


「……! ……!?」


 気が付いたようだ。


 耳が真っ赤になっているが、熱が上がって来たのだろう。

 早く何とかしないとな。


「ちょっとチクっとするわよ」


「……!」


 疲れて答える元気もないのか声も出ないようだが、小さなリアクションがあった。

 機械の液晶パネルには名前、学年とクラス、生年月日、学籍番号などの生徒手帳の記述に加えて、クリアした迷宮、倒したモンスターの数、そして精神階位レベル迷宮職クラスなどが表示された。

 これが生徒手帳に記録されているデータなのか。

 勝手に見ては悪いと思って、目をそらす。


「レベル5になってるわね、これ今日だけで上がったの?」


「……」


「多分そうだと思います」


 紅葉が答えられそうもないので代わりに答えると、ジト目で見られた。


「パワーレベリングはほどほどにした方がいいわよ。低レベルからこんなに急に上げると体が付いていけないから」


「はぁ……でも、僕たちは全然上がってない気がします」


「その話は後回しで、そっちの子も見ちゃいましょう」


「あの、どうしたら良くなりますか?」


「しっかり食べてしっかり休むのが一番よ。一晩寝たら、大抵のことは何とかなるわ」


 なるほど、分かりやすい。

 両親にも、実家で蜂とかウサギとかを倒した後は、沢山食べるように言われたっけ。


 史織もレベル5になっていた。

 二人とも幾つか基本職を選べるらしいが、今は決められそうもない。

 魔石を清算すると2,480ポイントだったので、面倒なので半分ずつ二人の生徒手帳に入れておく。


 二人を送ろうと思ったがどこの寮だか分からない上に、一度ソファに寝かせてしまったせいか、寝落ちしてしまって起こそうとしても起きる気配すらない。


「どうしましょう」


 困惑していると、店員さんがニヤニヤと意味ありげに口を吊り上げた。


「少しだけならここで寝かせてもいいけど、ずっとは無理よ。あなたの寮に運ぶのがいいんじゃない?」


「……しかし」


「あなたがやったんでしょう? だったら責任をちゃんと取りなさい」


「……はい」


 仕方ない、男が責任と言われるとやるしかない。


「鈴鹿、頼めるか?」


「任せるがよい。ここで見ているぐらいなら楽勝じゃよ」


「店員さん、鈴鹿にイチゴジュースを」


「はいはい、毎度あり」


 お駄賃代わりにイチゴジュースを奢って、その間に紅葉を寮に連れて行くしかない。


 一番楽で確実な運び方は「ファイヤーマンズキャリー」と呼ばれる、アクション映画でよく見る肩に担ぎ上げるやり方だ。

 片手が使えるのも便利なんだけど、密着度合いが強すぎて、色々と心理的抵抗が大きい。

 なので、ここはお姫様抱っこにするか。


「ちょっと運んでくる」


「うむ、早う戻って来るのじゃぞ」


 紅葉を両腕で抱え上げると、ダッシュで寮に向かう。


 迷宮門ゲートでも見かけたが、放課後のこの時間は他の生徒も多いので、その中をお姫様抱っこで走っていると嫌でも目立ってしまう。

 冷やかしの声まで飛ぶが、そんな暇があったら誰か手伝って欲しい。

 自分たちだって、次はこうなるかもしれないんだぞ。


 ……まあ、この学校は基本自己責任だから、生徒同士がお互いに助け合うかは今一つ自信が無い。


 ちょっと恥ずかしいので、もうちょっと速度を上げるか。

 ヒュっと風を切る音がして、生徒たちを引き離す。


 割と本気で走れば寮まではすぐだ。

 

 靴を脱ぐのもそこそこに、自分たちの部屋に運び込むために鍵を開けようとするが、お姫様抱っこのままだと鍵が取り出せない。

 なので、足を支えていた腕を外し、正面から抱き着くようにして鍵を……む、柔らかい。


 これは色々とやばい。


 今日はやたらとこの子と密着するシチュエーションが多い。

 何かの淫棒、違った、陰謀か?


 顔に血が上るのを感じつつ、急いで鈴鹿のベッドに寝かせる。

 服を脱がせるのはさすがに出来ないが、靴だけは脱がせて玄関に置いておこう。


 鍵を掛けて、また買取窓口に戻る。

 置きっぱなしになっていた二人の武器を回収、史織を抱っこして運ぶ。

 鈴鹿もいるので、さっきよりは楽だろう。


「休ませたら、もう一度戻ってらっしゃい」


 店員さんのニヤニヤがますます大きくなっている。

 くそっ、顔に「愉悦」って書いてあるぞ。

 恐らく毎年の恒例行事なんだろう。


「はい、では後ほど」


「後ほどなのじゃー」


 今度は冷やかされる暇を作らないように、最初からダッシュで運んで、紅葉の隣に寝かせる。

 鈴鹿がいるから鍵を開けるのも今度は余裕で、変な体勢になる心配は無かった。


 二人がしっかりと眠っているのを確認すると、窓口へ戻る。


  ×  ×  ×


「さて、あなた方もここに手を置いて」


 速攻、店員さんにさっきの機械に手を入れるように促された。

 まずは自分からだ。


「……レベル0、あなた少なくとも初心者用ボス2回倒しているのよね?」


「はい」


「わしもやるのじゃーー」


 横で鈴鹿がぴょんぴょんしているので、抱き上げて手を入れさせる。

 そこでの表示もやはりレベル0だ。


「やっぱり前にどこかの迷宮に入ってたでしょ?」


「いえ全然」


「そんなわけないじゃない。これは内緒だけど入学時の検査の結果をもとにレベルは算出されているの。普通の生徒は10体もゴブリンを倒せばレベル1になるのよ」


 なるほど、普通入学したての生徒の迷宮力けいけんちは0か、あったとしても非常に微弱だと。

 なので、迷宮に入ってモンスターを倒して迷宮力けいけんちを吸収、一定以上に蓄積して肉体と精神が強化されると、レベルアップしたことになる。

 だが、自分たちは初心者用どころか初級でガツガツモンスターを倒しているのに、蓄積迷宮力の変化が計測されないのは、最初からある程度迷宮力けいけんちを得ていないと有り得ないと。

 

「迷宮力を吸収しない体質ではないでしょうか」


「そんなんだったら検査で弾かれているし、それ以前に迷宮の踏破なんてできないわよ」


「なるほど」


「ご両親がここの卒業生らしいから、多分覚えていないぐらい小さい頃にどこかの迷宮にでも入ってレベルアップしたんでしょ。レベル詐欺みたいなものね」


 少なくとも記憶にある限りは迷宮に入ったことなどないので、生まれた直後とかだろうか。

 鈴鹿は、まあうちに来る前に入っていたのかもしれないな。

 忘れそうになるけど、小鬼だからむしろ迷宮の生き物なのかもしれない。


「ご両親は迷宮管理のお仕事とかしてるの?」


「いえ、田舎でスローライフ中です」


「へえ、卒業生ならどこかの管理迷宮の管理とかこの学校みたいな所で働くのが普通なのに、よっぽど稼いだのね」


 確かに家は田舎どころか山の中で土地代とか格安だろうから、貯えで余裕で食べて行けるのかもしれないな。

 まあ、ちょっと大きな蜂やウサギが出てくるが。

 あれも倒した後に体が残るから、迷宮生物ではないだろうし。


 あ、じゃあある程度迷宮力を稼いでいるなら、職業も選べるのかな?


「じゃあ、職業はどうなるんでしょう?」


「ちょっともう一度手を入れてみて」


「はい」


 手を置いて画面をまじまじと見ると、そこには『武者』と表示されていた。

 鈴鹿の方は『神凪』となっている。


「あらー、もう職を得ているじゃない。やっぱり昔迷宮入ってたのね。しかし侍じゃなく武士もののふ、巫女じゃなく神凪かむなぎとは珍しいわ」

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