第22話 鬼、同族の匂い

 愕然がくぜんとしている紅葉くれはに、もう一度構えるように促す鈴鹿。


「やってみるがよいぞ」


 紅葉くれはが棒を言われたとおりに持って構えたが、右手の親指を後ろにして指を内側にして握っている。

 左手は親指が前になっていた。


「それじゃあ手が逆じゃ」


 たまりかねて横から口を出す。


「腰に刀を差すようにメイスを左手で持って、右手で抜く感じで持ってごらん」


「え、こう……ですか?」 


 何とか見よう見まねでロングメイスを左腰に回し、左手で支える。


「そうそう、それで自然に上から被せるように右手を乗せ、そのまま右肩に担ぐように手を動かすんだ」


 振り上げる時に左手を離してしまったので、もう一度前のポーズに戻させて手を離さないようにさせる。

 そうすれば、自然に下段の構えになる。

  

「そう、そんな感じ。それで右手を動かしてごらん」


 ただ真下に下げようとするのを肘を支点に外に回すように伝えると、首を傾げながら手を動かしている。

 鈴鹿がそれを見てニヨニヨして、時々助言をする。


「右手をもっと頬に押し付けるようにするとよいぞ」


「こうですか」


「む、一応そんな感じじゃ。では行くぞ」


 何とかましな構えになったので、鈴鹿が枝を突き出して棒を払い、そのまま懐に飛び込んで喉元に枝を突き付ける。


「えっ!」


「ダメじゃ、ダメじゃ、払われないようにもっとしっかり握るのじゃ」


「分からないですよ~」


 やはり運動神経はあんまり良くないみたいで、紅葉くれはが見ただけでは全然動きが理解できないようだ。 

 鈴鹿が直接に手の位置を指導しようとするが、ピョンピョン跳ねても紅葉くれはの手まで届かない。

 困った鈴鹿がぐりっとこちらを向く。


「むー、ぬし殿、手を添えて教えてやってほしいのじゃ」


「仕方ないなあ……ちょっといいか?」


 座って訓練の様子を見ていたが、立ち上がってロングメイスごと紅葉くれはの手を握る。


「きゃっ」


 その瞬間、こっちの手を振りほどいて慌ててしゃがみ込んでしまった。


「あ、すまない」


「い、いえ、あの、その、私男の人が苦手で……」


 まるで名前の通り秋の紅葉もみじのように真っ赤になった紅葉くれは

 話すだけは大丈夫だが、手が触れたり体が接触するのがダメらしい。


「なので、満員電車がダメで……それがないのでこの学校に入ったんです」


「む、まんいんでんしゃって何なのじゃ?」


 鈴鹿が首を傾げる。


 そういえば、うちの町には電車は通ってなかった。

 電車どころか、ここに来るのに初めて汽車に乗って、それもガラガラだったぐらいだから、鈴鹿は満員電車という概念は理解できないんだろう。

 まあ、自分も良く分からないんだけどね。


 そんなどうでも良い事を考えながら、紅葉くれはの手を取る。


 紅葉くれははプルプル震えているが、何とか我慢している。

 その間に手の位置と構えを直させ、膝の間に足を差し入れて立ち位置を調整する。

 大体いい感じになってきたので、後ろから全身を抱えるように手を回して、一緒にロングメイスを掴む。


「あっ」


「もう少し我慢して」


「は……はぃぃ」


 声が消え入りそうになりつつプルプルしているが、二人羽織状態でメイスを構えさせると、鈴鹿が枝を構えて前に立つ。


「のじゃ!」


 鈴鹿が枝を突き出して前に出ようとするのを、メイスの頭を僅かに下げてその出足を潰す。


「ぬ!」


 片足を引いて半回転してメイスをかわそうとするのを、右手を固定したまま左手を動かすと、メイスの先が鈴鹿を追いかける。

 ふにょっとした感触が左手に当たっているが、気にしない気にしない……気になるが、ここは無心だ、無の心になるのだ。


「のわ!」


 メイスを踏んで近寄ろうとするので、先を地面に付けて左手を支点に右手を前に出す。

 すると盾のようにメイスが紅葉の前に立って、枝を払いのけた。

 ついでに体が密着して、ますます無の心を探し求める。

 いや、無理だろう、そんなの。


 たまらず鈴鹿が後ろに下がった瞬間に右手を下げてメイスの先を跳ね上げ、頭すれすれをかすめるように動かした。


「参ったのじゃ」


 鈴鹿が枝を投げて降参する。


「どうだ、分かったか?」


「は……はい、何となく」


 緊張したのか、ほとんど体を動かしていないほんの僅かな動作だけで、ぜーはーと息を切らせている。

 これは基礎体力が足りてないかな。


「今日はここまでかな。メイスは貸すから、練習をするといいよ」


「筋肉痛になるから、しっかりお風呂に入るんじゃぞ」


「はい、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げてゆっくりと寮の方へと向かう姿を見送る。

 遠くで一度振り返って、もう一度こっちに頭を下げた。

 軽く手を振り返しておく。


「なあ」


「なんじゃ?」


「何であの子に声を掛けたんだ?」


 僅かに首を傾げる鈴鹿。

 腕を組んで、更に深く首を傾げ、唸っている。

 

 何かを思い出したのか人差し指を立てた。


「……何というかじゃな、ピンと来たんじゃよ」


「ピンと?」


「うむ、良くは分らぬが同族の匂いがしたのじゃ」


「同族って……あの子も鬼なのか?」


「分からぬ、だが何か気になるの」


  ×  ×  ×


 翌日普通に授業を受けていると、休み時間に誰かが訪ねてきたのに鈴鹿が気が付いて、何ごとかを対応している。

 えーっと、誰だっけ。


 テテテと鈴鹿が走って来る。


「ぬし殿、相談があるのじゃ」


「何かな?」


「紅葉が修行を手伝って欲しいって」


 ああ、思い出した、昨日の紅葉とかいて『くれは』と読む子だ。


 話を聞くと、どうやらあの後ずっとロングメイスの型の練習をしていたそうだ。

 だが、今日は筋肉痛でこのままではまともにゴブリンと戦えないと。 


 修行と聞いて、クラスメイトがあちこちで聞き耳を立てているのを感じる。

 やはりみんな戦い方には興味があるらしい。

 修行とか男の子は大好きだよね、少なくとも僕は大好きだ。


「どうしたら強くなれるでしょう?」


「そうだなあ、走り込みで足腰を、素振りで腕と上半身、体幹と他の筋肉はジムに通えば3か月ぐらいで効果が出始めると思うが」


「……3か月、ですか」


 紅葉の声に、あちこちでため息がこぼれた。


「迷宮に入ってモンスターを倒せば強くなるわよ」


 後ろから声がした。

 いるのは気が付いていたが、副担任の浅茅先生が出るタイミングを計っていたっぽい。


「これは迷宮学の授業でもやるけど、モンスターを倒せば肉体と精神の位階レベルが上がって強くなれるわ。体を鍛えるよりも早くね」


 わざと全員に聞こえるように大き目の声を出す浅茅先生。

 実際、教室のあちこちでざわつきが聞こえる。


「……でも」


 紅葉が躊躇ちゅうちょするが、問題は倒すのに一度失敗しているってところだ。

 ならば、解決法は簡単だ。


「放課後、時間はあるか?」


「あっ、はい、問題ありません」


「少し試してみたいことがある、時間を貰えるとありがたい」


 こちらの真意を伺うように、伏し目がちにしていたのを顔を上げて、真っ直ぐにこちらの目を見る紅葉。

 今まで前髪で見えなかったが、とてもパッチリした目をしているな。


「大丈夫じゃ、ぬし様が必ず何とかしてくれる」


「……でしたら、一緒に行きたい人がいるのですが、宜しいでしょうか」


「構わん。連れてこい」


「はい、では放課後に昨日と同じ場所で」


「ああ」


 晴れ晴れとした顔になる紅葉。

 頭を一つ下げると、自分の教室へと帰って行った。


 浅茅先生が小さくため息をついて、小さくささやく。


「あなたは何者で、何をしに来たの?」


 その質問には即答できる。


「自分は自分で、ここに鈴鹿と共に強くなりに来ました」


 じっと見つめる先生。

 そこに次の授業のチャイムが鳴る。


「……まあいいわ。あなた方がなにをするか、見せて貰うわね」

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