第21話 紅葉との出会い
魔石を売ったが、三階の虫は10ポイントにしかならなかった。
蛙は意外にも100ポイントだ。
すぐに逃げるから、この時期に持ち込まれるのは珍しいそうだ。
魔法が使えるようになれば一撃なので、夏には暴落するけどね、と買取りの店員さんが笑っていた。
どうやら三階は魔法が使えるようになった頃が丁度いいレベルらしい。
少ないとはいえ、全部売れば前と合わせて残高が1万ポイント以上になったので、迷宮手帳を買いに行こう。
ついでにいらない武器を売ってしまおう。
× × ×
迷宮手帳を買って、購買の武器屋に行くと店員さんが留守で、数人の生徒が武器を見ている。
実習で迷宮に潜って、警棒だと十分に戦えないと思ったのだろうか。
それとも、単純にコンビニに来て、向かい側にこれ見よがしに飾ってある剣や槍に惹かれて来たのだろうか。
どちらにせよ、購買に出入りする生徒も昨日より明らかに多い。
しかし、店員さんが留守だと武器もそうだが、あの変な髑髏面が売れないな。
仕方ないので外へ出ようとすると、新入生お勧めセール武器のコーナーで
そのままスルーして行くつもりだったが、鈴鹿がテコテコと近寄って、下から顔を見上げる。
「どうしたのじゃ?」
「わっ、びっくりし……え、子供?」
突然声を掛けられて、辺りをきょろきょろと見回してから、足元に鈴鹿がいるのに気が付いたようだ。
「何か困っておるのなら相談にのるぞよ、主にぬし殿が」
「えっ、僕?」
鈴鹿が投げっぱなしの無茶ぶりをする。
まあいいか、店員さんもいないし。
成り行きで話を聞くことになったので、人通りがほとんどない購買の裏手にあるベンチに移動する。
「あの……あなた方は?」
「あー、僕はB組の稲瀬清高、そっちは妹の稲瀬鈴鹿」
「鈴鹿じゃ」
「私はE組の
その字で『もみじ』じゃないんだ。
「何を悩んでいたのじゃ?」
「実はさっき迷宮に入ったんですが、どうしてもゴブリンとうまく戦えなくて……反撃を受けて門に飛ばされちゃったんです」
普通の女の子がいきなり迷宮に入って、魔法で作られた疑似生命体とは言え、人型の存在を殴って倒すのは難しいだろうな。
物を殴ることだってやってないかもしれないし。
確かに攻撃されてもさほど痛みを感じないし、ヒットポイントがゼロになっても死ぬわけではないので、多くの生徒たちはゲーム感覚で攻略をすると買取りの店員さんが言っていた。
少なくとも初級迷宮までは、ほとんど怪我をすることすら無い。
生命力が減少しても、ちょっと風邪気味っぽいぐらいかなという気分で、しっかり食べて一晩寝ると治ると先生が言っていた。
だが、それでも向かってくる相手を殴れるかどうかは別だ。
特に相手が刃物で攻撃してくるのを、大丈夫だと分かっていても無視して反撃するのは難しい。
生理的に殴れない人だっているだろうし、何とかそこを乗り越えても反撃で委縮してしまう場合もあるだろう。
見えている足は細いから、あれは胸とお尻がかなり大きいのを、ゆったりした制服でごまかしているんじゃないかな。
一瞬、鈴鹿と紅葉と名乗った子から視線が来た気がするので、急いで目を反らす。
黒くて艶やかな腰まである真っ直ぐな長い髪に、一筋だけ赤い部分が入っている。
長めの前髪が多少赤みを帯びた目に掛っているので、俯き気味の姿勢と共に気弱そうな感じを与えている。
見た目の雰囲気からも、引っ込み思案でおとなしそうで、戦闘には向いていないのだろうか。
それでも話を聞くとやる気はあるとのことだ。
この学校に来た以上、落ちこぼれたくはないと。
向上心もあるみたいだし、単純に少しでも安全に戦える武器にしたらいいんじゃないかな。
「そんな武器があるんですか?」
「戦闘ってのは基本、相手の攻撃が届かない所から攻撃し続ければ勝てるようになってるから」
「そんな都合良い話が……」
「昔から素手よりはこん棒、こん棒よりは剣、剣よりは槍、槍よりは弓矢、弓矢よりは鉄砲って武器の流行は変化している。要するに少しでも遠くから確実に素早く倒せるように、ってこと」
「見ましたが、弓も鉄砲もありません……」
「その代わりに魔法がある」
「使い方が分かりません」
「まあそうだろうね。僕も調べたけど、使えるようになるには魔法系の
「じゃあダメじゃないですか」
口を尖らせる紅葉。
「なのでこれを貸してあげよう」
マジックバッグからずるりとロングメイスを取り出す。
「えっ、どこから」
紅葉が驚いているが、多分この学校ではこの程度で驚いていては身が持たないと思う。
2m以上の長さの杖だが、片方の先端に金属で出来た小さな膨みと四方向にフランジが付いており、要所要所が金属で補強されている。
武器というよりは錫杖とか聖職者が持つ杖っぽい。
どんくさそうな子なので、刃物になっている武器だと怪我をしそうだが、かと言ってただの棒を渡すのも悪いから、それらしいのを選んでみた。
「あっ、意外と軽い」
恐る恐る受け取ったが、思ったより軽いのに驚いて振って感触を試している。
だがそのポーズは、足を肩幅に開いて膝を少し曲げてやや前屈みになって、へその前で左右にメイスを振っている……そりゃテニスだ。
指摘すると今度は野球かゴルフのように振り始める。
まずは持ち方から教えないとダメだな。
「鈴鹿、相手をしてやってくれ」
「む、じゃあ終わったらチョコ買ってくれるか?」
「ああ、もちろん」
「ならばやるのじゃ」
近くに落ちていた木の枝を手に取って、
「構えるがよい」
「えっ」
困惑しつつ、右肩に担ぐように構える
「ダメじゃダメじゃ、それでは長柄の意味が無い。いいか、よく見るのじゃ」
鈴鹿が枝を持った右手の甲を顎に当てて、左手は逆手で持ち腰の前に据えると、自然と棒は相手の足元を狙う位置になる。
「近寄ってみよ」
鈴鹿が短い木の枝を構えただけで、
「え……」
前に出ようとすると、足元に枝の先が当たり、左右に動いても枝がつま先にぴったりくっついてくる。
鈴鹿は右手を固定したまま、左手を僅かに動かすことで枝の先端を制御し、完全に
「ほらほら、それではゴブリンには勝てんぞ」
「じゃあ!」
枝をジャンプして飛びかかろうとするが、その顔の前に枝が突き付けられた。
「なんで……」
「左手をそのままに右手を下げるだけで、上からの攻撃にも対応可能なのじゃ」
今まで下を向いていた枝は先端を上げて、
軽く右手を突き出すと、おでこにこつんと当たった。
「あ……」
愕然とする
「ゴブリン程度なら、これだけ覚えていれば十分じゃ」
「でも、それだと倒せません」
「む、まさか一人で行くつもりなのか?」
「いえ、ルームメイトと一緒に……」
「だったら、おぬしが棒術で敵の動きを完全に封じれば、その間に仲間が楽勝で倒せるぞよ」
「……あ」
「更にの」
すっと枝を突き出す鈴鹿、おでこに続いて両手首、胸、みぞおち、太ももに瞬き一つの間に触れる。
「
「……死んでました」
「分かったかの」
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