第20話 闇の敵と闇の剣
道から外れた草むらの中に大きな緑の葉が見え隠れして、こちらを伺っているような気配を感じる。
「そこだ!」
気合を込めて剣を投げると、草を貫いて奥の何かに刺さった鈍い音がする。
「ゲ……コ……」
悲鳴と共に何かが通路へと転げ落ちた。
大きな葉だと思ったのは、緑色に変わった蛙だった。
しかし、その巨大な腹を剣で貫かれ、
遠距離武器は効かないと聞いていたんだけど、刺さる時は刺さるんだな。
「手間を掛けおって」
鈴鹿がまじかるメイスで上下逆になった蛙を殴りつける。
だが、蛙の腹で弾かれた。
「なんと!」
蛙が起き上がろうとするが、その前にもう一度メイスを振りかぶると、今度は腹に刺さっている剣の柄を殴る。
剣が地面に届くほど深々と刺さると、直後蛙は粒子となって消えた。
「手間を掛けさせおって」
鈴鹿がプリプリ腹を立てながら魔石を拾い上げる。
「あーダメじゃな、これは」
スケルトンに比べると格段に小さい、ゴブリンと大差ない大きさで、色も薄かった。
これでは手間の割には全然稼ぎにも、当然経験になったとも思えない。
「この階はさっさと抜けるに限るね」
「うむ、暑いわ詰まらぬわ、せめて敵がもう少し手ごたえがあればいいのじゃが」
ただひたすら面倒なだけの敵しか出てこない。
あと少しで階段だから、極力戦わないでさっさと先を急ごう。
× × ×
「何じゃ、これは」
階段のあるはずの場所は、真っ白な壁になっていた。
落ちていた枝で壁をつつくと、ぶよんとした弾力がある。
蛙を倒した剣で切りつけたが、絡め捕られてしまった。
どうやら、これは糸の集合体らしい。
周りを見ると、木々に糸が無数に絡み合っていて、木の上の方にひときわ糸が密集した場所がある。
「多分これは蜘蛛の巣だな、面倒だ」
スケルトンの手斧を取り出して切りつけてみるが、やはり絡め捕られるだけで、全然切れやしない。
下手な金属のワイヤーより強度あるんじゃないか、これ。
途方に暮れていると、上から何かが飛んできた。
手斧で受けると、糸が巻き付いた。
慌てて手斧から手を放すと、糸の先には子牛ほどもある巨大な蜘蛛がいた。
うんざりした表情を鈴鹿が浮かべる。
「また首を落とすのが面倒な奴じゃ」
「どうする?」
「倒せなくはないじゃろうが……」
武器を糸で絡まれて取られると手間が増えるし、あの糸に捕まったら動けなくなるかもしれない。
積極的には襲ってこないみたいだが、このままでは階段を下りられそうもない。
「火で焼いた方が早そうだよね」
「じゃな」
「なら、ここは一旦撤退しよう」
さすがに今は火をつける道具も持っていないし、結構良い時間になっているので、じりじりと後ろに下がって蜘蛛から離れて、そのまま二階へと戻る。
「うわ、寒い」
二階はさっきまでの熱帯とは違って、寒いのを忘れていた。
慌てて制服を引っ張り出すと、鈴鹿も制服姿に戻っている。
通った道のスケルトンはきっちり倒したので敵はほとんどいないはずだが、二階を歩き始めると視線を感じた。
「……なあ、ぬし殿」
「ああ、感じてる」
どこかから誰かが見ているのは確かだ。
しかも今までとは違う、
それだけの目力があるのに、気配が薄すぎてどこにいるのか全く分からない。
完全に気配を消していた武器屋の店員さんとも違う、この得体の知れない感覚。
相手が何者か分からない不気味さがある。
スケルトン用の戦斧をしまって、刀を取り出す。
鯉口を切った瞬間、鋭い風切り音がした。
急いで刀を抜くが、鞘から抜き切る前に横殴りに何かがぶつかってきて、かろうじて刀で受け止めるのに間に合った。
「ぬし殿!」
「大丈夫だ!」
「何か」は闇の中へと消えた。
再び風の音がして、今度は完全に抜いた刀で受け止める。
刃同士が噛み合うギリギリとした鈍い音が響き、横に流そうとするが相手も併せて動かしてくる。
鍔迫り合いをしている距離なのに、見えているのは闇の中から突き出たような細い直剣だけだ。
今の今まで、相手の
まるで目の前に黒い壁が立ち塞がっているような、そこから急に空間が断ち切られたような違和感がある。
このままでは
鈴鹿に加勢して貰うのが一番楽だが、今はまだ早い。
少なくとも相手が何者か確かめる必要がある。
相手の攻撃に負けないように力を入れるが、このままでは押し負けそうだ。
何とかしないと、何とか……そうだ、相手が強く押してくるなら、柔らかく受けろって親父は言ってたな。
剛には柔、柔には剛、寄せては返す白波のように相手に逆らうな、って。
相手の剣を軽く押すと向こうも押し返してきたので、その瞬間に右手を柄から外し左手一本で持ち、右手を刀の背に当てて全力でこちらから刀を押し込む。
予想通り、押し負けまいと圧力が増えたのが分かる。
ここだ!
右手を放すと相手に押されて刀の先が下がるが、同時に刀の反りに合わせて相手の剣が滑っていく。
そのまま一歩踏み込むと同時に、柄頭を相手に向かって突き出す。
剣が飛び出している黒い闇、人がいるならみぞおちの辺りに柄頭を突き込む。
だが、何も手ごたえがなかった。
「何っ?」
勢いのままに闇を突き抜けると、そこには変哲のない迷宮の通路があるだけだった。
振り返ってみても、驚いている鈴鹿の姿が見えるだけで、さっきまでの黒い闇は影も形もない。
戦っていたはずの剣すら消えている。
「……今のは何だったんだ」
「分からぬ、じゃがただならぬ視線であったの」
「ああ、だが殺気はそれほど感じられなかった」
「殺気どころか気配も無かったぞよ」
「何だったんだ、一体」
さっきと同じ疑問の言葉しか出てこない。
「全然分からないし、帰って誰かに聞いてみるか」
「うむ、そうじゃな、それが良い。腹も減ったしの」
× × ×
清高と鈴鹿が立ち去った後には、一枚のボロボロになった紙が落ちていた。
スマホほどの大きさで、人の形をして、何かの文字が書かれている。
だが、風もないのに舞い上がり、バラバラになって最後は青白い炎に包まれて消えた。
「ふむ? 私の式神に気が付いて、しかも倒すとは新入生とは思えませんね」
手にしていた同じような人型をした紙も、黒く朽ち果てて崩れ落ちる。
「どの位の強さか気になって調べてみましたが、規格外です。特に妹の方は呪力の基礎を使いこなしている。親御さんがここの卒業生だとしても、それは他の生徒も同じ……稲瀬、稲瀬、はて?」
名簿を手に首を傾げる。
「クラスの生徒は全員調べたつもりでしたが、過去にそんな生徒はいたでしょうか?」
野暮ったいスーツに身を包んだ、地味で気の弱そうな見掛けの若い女性、1年B組副担任である浅茅が小さく呟いた。
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