第11話 カレーと生姜焼
いや、もう理解が追い付かない。
よく見たら、周辺を取り囲んでいるのも、マッチョばかりだ。
筋肉で暑苦しい……いや明らかに暑い。
熱気が物凄い。
「こやつが突然やってきて抱き着いて来ようとするのじゃ~」
「それはアウトだ」
餌付けしようとするだけならまだ許せるが、いや許さないな、手を出そうとするのは相手が誰であれ絶対に許せない。
鈴鹿を庇ってテーブルの反対側にいるドリルに声を掛ける。
「あなたは?」
「あら新入生ですのね、この
恐らく先輩なのだろう。
だが、今はまだ先輩方は休みのはずだ。
なのにこんなに沢山、何しに来たんだ。
「先輩だろうが誰だろうが、勝手に人の妹を餌付けしないで貰えませんか。しかも本人が嫌がっているのに」
「あらん、可愛いのを愛でるのは万人に認められた権利よ」
「本人が嫌がっているのに無理強いするのは美しさとエレガントさに欠けていますね」
それを聞いてガーン! とショックを受ける金髪縦ロールツインドリルマッチョ。
「
「ええ、自然とにじみ出る心の美しさが足りません」
それを聞いてざわつく周囲のマッチョ。
ガックリと項垂れた金髪縦(中略)マッチョ、ドリマッチョでいいか、それが肩を震わせる。
「ふ、ふふふふふ、ふふふふふふふふふ」
地の底から轟いて来る声が響いた。
ドリマッチョがガバっと顔を上げようとした瞬間、その肩にがっしりとした手が置かれる。
「はいはい、食堂では揉め事はご法度と言っただろう。ハンバーグカレーと生姜焼きお待ち」
食堂のおばちゃんが片手でお盆を持って、もう片手をドリマッチョの肩に置いている。
全く力を入れていないように見えるのに、ドリマッチョが全く身動きできず、それどころか脂汗が垂れてきている。
おばちゃんも相当強そうだ。
ドリマッチョ程度では全然及びもつかない。
ふと気が付くと、周囲のマッチョたちもいつの間にか壁際に全員気を付けの姿勢で微動だにせず立っていた。
そんな様子を気にもせず、嬉しそうに立ち上がるとお盆を両手で受け取る鈴鹿。
「ありがとなのじゃ~」
「セルフなのにすみません」
思わず頭を下げる。
「いいさね、読んでも聞こえなかったみたいだし、折角のあたしの料理が冷めたら勿体ないじゃないか。な、副会長?」
ドリマッチョをぎろりと睨むおばちゃん、目が完全に笑っていない。
このドリル、副会長なのか。
「ここで揉め事は厳禁って言ってあるだろう?」
ドリマッチョの肩に置かれた手が軽く握られ、それだけでギリギリと締め上げるような音がして、ますます脂汗が激しくなる。
「返事は?」
「……はい」
「ん~声が小さいねえ。出禁になりたいのかい?」
「い、いいえ、もう揉め事なんか起こしません!」
副会長、口調がすっかり変わっている。
「宜しい」
手を放すおばちゃん、弾かれたように立ち上がる副会長。
深々と頭を下げて鈴鹿に謝罪する。
「申し訳ございません、あまりの可愛さに我を忘れてしまいました。この副会長である
すっと綺麗な動きで横のお菓子を差し出す。
「こちらはお詫びの印としてお納めください」
困惑してどうしようかとこちらを伺う鈴鹿。
手がワキワキしているから、興味はあるんだと思うが、相手が相手だけに手を出しにくいのはとても良く分かる。
「貰っておきな、それは全部あたしが作ったんだ。味は保証するよ」
おばちゃんがが助け舟を出してくれた。
「ありがとなのじゃ~」
「さ、早くご飯食べな、冷めちゃうだろ」
「あい!」
ハンバーグカレーにスプーンを突っ込み、口に入れるととても幸せそうな笑顔を浮かべる鈴鹿。
「美味しい!」
「それが聞けて満足だよ。あんたも早く食べちゃいな」
「はい」
副会長が鈴鹿の嬉しそうな食べっぷりを見て、とろけそうになっているが、放置だ放置。
厚切りの生姜焼きを一つ口に運ぶが、豚肉なのに柔らかく、とてもジューシーで口の中で崩れるようだ。
程よい脂肪が濃厚な甘みを醸し出し、生姜のさっぱりさでくどくならない。
これは豚がいいのか、いや調理の腕が素晴らしいんだ。
実家の料理も美味しかったが、それに匹敵する旨さ、これが1,000ポイントもしないなんて。
来る人間の胃袋が掴まれるのは仕方ないだろう。
「鈴鹿、こっちも美味しいぞ」
豚肉を一切れ鈴鹿に渡そうとすると、雛鳥のように口をパカンを開ける。
「しょうがないなあ」
肉を一口分に切って、口に運ぶと、とても幸せそうな顔になる。
「これも美味しいのじゃ!」
カレーを一口スプーンですくうと、こちらに向けてくる。
「あーんなのじゃ」
「あーん」
「ぐぬぬぬぬぬ」
妙な歯軋りが聞こえるが無視だ、無視。
カレーの複雑な味に驚愕する。
「甘い、いや辛い、何だろうこの複雑な味は……口に入れた時は甘口なのに、深いコクと後から来るしっかりとした辛味、そして芳醇な香りが混然一体となって体を温めてくれる」
このカレーは間違いなく実家よりも、いや多分そんじょそこらの店だと太刀打ちできない味だ。
いつの間にか鈴鹿も完食し、ニコニコしながらプリンにスプーンを突っ込んでいる。
自分の目の前の皿も綺麗に空になっている。
いや、本当に美味しかった。
これは熱いうちに食べろというのが良く分かる。
「ごちそうさ……あ」
副会長からのお菓子に気が付く鈴鹿。
「……これ、食べてもいいのかや?」
おずおずとこちらに聞いて来る。
可愛い。
少し離れた所で悶絶しているマッチョは見えない、見えないったら見えない。
「ああ、折角だから好きなのをお食べ」
「じゃあ、このしゅーくりーむをいただくのじゃ!」
大きなシュークリームを手に取ると、マフっとかじりつく。
にゅるっとクリームが漏れるのを慌てて口で受けて、あわあわしながら食べている。
やっぱり可愛い。
「これも美味しかったのじゃ。おばちゃん、それにおじちゃんありがとう!」
おばちゃんと副会長にそれぞれ頭を下げる鈴鹿。
おじちゃんというセリフに一瞬衝撃を受けているが、直ぐに立ち直ったようだ。
おぬし、なかなかやりおるな。
おばちゃんもカウンターでニコニコしている。
「あ、カレーが付いてるぞ」
鈴鹿の口元にカレーが付いていたので指で拭うと、それをパクっと咥えられた。
背後で巨体が倒れる音が響いたが、もう完全に無視だ。
トレイを下げて、もう一度お礼を言って食堂を出る。
色々濃い状況だったが、さて、これからどうしたものか。
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