第10話 コンビニと食堂

 次はコンビニだ。


「好きなチョコ買っていいぞ」


 それを聞いて目をキラキラさせる鈴鹿。


「どれでもいいのか?」


「ああ」


 いつもの板チョコから少し離れたところにあるイチゴの絵が描かれた箱に手を伸ばす。


「これでもよいのじゃな?」


 上目遣いに恐る恐る聞いてくる。


「何だったら、いつものと両方でもいいぞ」


 それを聞いた瞬間、満面の笑みを浮かべて、子供用のカゴに両方のチョコを入れて、レジへ走っていく。

 鈴鹿がレジでワクワクしながら手招きをしているので、生徒手帳で会計をすませると、両手に一枚ずつチョコを持って店を出ていった。


 今日の稼ぎは板チョコ二枚とご飯一回分か。

 当面衣食住の心配は無いから、鈴鹿のお菓子ぐらいは何とかなりそうだ。

 他の迷宮がどんな強さで、どうやったら自分たちが強くなれるのか気になるな。

 さっきのゴブリンの迷宮じゃあ、ウォーミングアップにもならなかった。

 だが、ここに通っていれば強くなれるのはさっきの店員さんを見れば分かった。

 親の強さは勝ち目どころか一太刀入れる可能性すら見えない、まるで天井が見えない感じだったが、店員さんは目に見えて分かる強さで「とりあえずはあそこを目標にしよう」と思えるぐらいだった。

 嬉しそうに前を歩く鈴鹿に追い付き、頭に手を置いて髪をわしゃわしゃする。


「頑張ろうな、鈴鹿」


「何か分らぬが、チョコのために頑張るぞよ」


 チョコを袖口にしまった鈴鹿のお腹が小さく鳴る。


「お腹が空いたのじゃ」


「そういや迷宮で戦いっぱなしだったもんな、寮の晩御飯にはまだ時間があるから上の食堂で食べて行こうか」


「うむ、はんばーぐが食べたいのじゃ」


 鈴鹿を肩車して入り口近くの階段を登っていく。

 上からはカレーの良い匂いが漂ってきて、鼻をひくひくさせる鈴鹿。


「かれーもいいのう」


「ハンバーグカレーにするかい?」


「うん!」


 階段を登りきると、鈴鹿が肩からぴょんと飛び降りてガラスケースに入ったサンプルを見る。


「……はんばーぐかれーがないのじゃ」


 目当てが見つからず、ショボンとする。


「メニューにはあるかもしれないよ」


「そうじゃな!」


 学生向けだけあって日替わり定食なら500ポイント、ちょっとした料理でも1,000ポイント以下と、とても安い。

 カレーも500ポイント、大盛りにして600ポイント、単品ハンバーグを付けて700ポイントか。

 デザートプリンが200ポイントと意外と高い。

 鈴鹿にはこれで良いとして、ここはガッツリ肉が食べたいからお勧めとなっている生姜焼き定食大盛り肉マシマシにするか。

 これで800ポイントと格安だ。


 店内に入るとまだ時間が早いせいか、ほとんど誰もいない。


 えーっとレジは……あれ?

 無いぞ、どうやって注文を……って、自分のスマホで頼むのか。

 ってしまった、スマホ持ってない!


 困ってワタワタと謎の動きをする挙動不審者になってしまった。

 鈴鹿が横で真似をしたので、慌てて動きを止めた。


「そこで何、妙な踊りをしてるんだい? 注文ならこっちだよ」


 厨房からお玉を持った恰幅の良い割烹着のおばちゃんが苦笑しながら呼びかけてきた。

 ありがたい、直接注文もできるのか。


「あ、すみません」


「何だい新入生かい、寮で食べられるのに珍しいねえ」


「いやなに、不労所得があったのとお腹が空いたので」


「もう迷宮で何か拾ってきたのかい、偉いねえ」


「うむ、偉いじゃろう」


 鈴鹿が胸を張ってドヤ顔をするのに、ほっこりした顔をするおばちゃん。


「ここは24時間開いているから、お腹が空いたらいつでもおいで」


「はい、是非とも」


 無事注文を済ませると、生徒手帳で精算する。

 残高は470ポイントか、後で迷宮に潜ってご飯代稼いでこよう。


「出来たら呼ぶから取りにおいで。ここはセルフサービスだからね」


「分かったのじゃ!」


 鈴鹿が良い返事をする。

 それをニコニコしながら見るおばちゃん。


 厨房のカウンター近くの席に鈴鹿を座らせて、給湯器のお茶を取りに行く。

 出が悪い給湯器からお茶を二ついれて振り返ると、突然人だかりができていた。


「何で?」


「ぬし殿~助けて欲しいのじゃ~」


 人だかりの中から鈴鹿の声がする。

 慌てて近寄ると、人垣が邪魔で近寄れない。

 湯呑を置いてかき分けようとするが、がっちりとスクラムを組んでいて全然近付けない。


「ぐぬぬ、こうなったら……」


 足元の隙間を通り抜けるしかないが……何でこんなことになっているんだが。

 邪魔されるのを搔き分け搔き分け、時折聞こえる鈴鹿の悲鳴に速度を上げる。

 まあ、声から怒っている様子はないし、本気で困っていたら大暴れしているだろうから、あれはどうしたらいいか分からなくて困惑しているな。


 何とか人波を抜けて、鈴鹿の隣に到着する。


「ゑ?」


 そこには謎の光景があった。

 鈴鹿の前に大量の高級そうな洋菓子が山盛りになっていて、ゴージャスな金髪縦ロールツインドリルの生徒が鈴鹿に食べさせようとしている。

 すごいな、あれ。


「シュークリーム食べる? それともこちらのガトーショコラは如何?」


「あううーーぬし殿から知らない人から食べ物を貰っちゃダメと言われてるのじゃ」


「バームクーヘンも、レアチーズケーキもありましてよ」


「だからダメなのじゃ~」


「鈴鹿、これは一体……?」


 人間、脳の理解を超えた存在を見ると反応できなくなるという。

 今がまさにその時だ。


「ぬし殿~助けてなのじゃー」


 鈴鹿が涙目になって縋り付いて来る。

 いや、金髪縦ロールツインドリルはいいんだ。

 だが、それがマッチョでワイルドなお嬢様言葉の男性ってどういうことだ?

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