第9話 武器買取と店員

 鈴鹿がすっと右足を引きつつ左手を前に出してやや前屈みの半身になり、いつでも右肩を揺すって『小通連しょうとうれん』を飛ばせる態勢をとる。

 左手の先には、レジの向こうにエプロンを着けて快活そうな笑みを浮かべた若い女性が、興味深げな視線を向けて立っていた。


「そんなに警戒しなくていいよ、あたしはここの店員だから」


 ぐっと力が入った鈴鹿の右肩を上から手で抑える。


「大丈夫らしい」


 こちらの言葉で、ほっと息を抜く鈴鹿。


「……こんなに強そうなのは、ぬしの両親以来じゃな」


「ってことは、あの担任よりもか」


「うむ、遥か上じゃよ」


 この店員さんが何となく強そうとは分かるが、鈴鹿ほど具体的には分からない。


「そんなに小さいのに、分かるんだ」


 店員が感心したような顔を浮かべるのに対し、鈴鹿が小さく眉をひそめた。


「さっきまで完全に気配を消しておったじゃろう?」


「そりゃあ、お客様の邪魔はしたくないから」


「……心臓に悪いぞよ」


「ここは物騒なものが多いから、店員には強さが必須なんだよ。それより弓が無いのはね、迷宮だと威力が減衰するからさ」


 詳しい説明を聞きたいと言ったら、この時期は新入生も武器を買いに来ないし、在校生は休みなので暇だそうで、お茶とお菓子を出してくれた。

 レジ手前にちょっとしたスペースがあって、椅子とテーブルが置いてあるのに座って話を聞かせて貰う。


 迷宮では、誰でも個人防壁ヒットポイントを持っていて、生物が活動する限り発生し肉体を維持するのに使われているエネルギー、気息とかプネウマとかプラーナとか呼ばれている生命原理だが、普段は無駄に放出している余剰分で作られる体を覆うシールドがその正体だ。

 なので、個人防壁ヒットポイントがある限り、生命力の鎧を纏っているようなもので肉体が傷付くことはない。

 精神の位階レベルが上がれば、鎧の強度も上がっていく。


 厳密には生物ではない迷宮存在モンスターも同様で、生命力ではなく迷宮からの魔力を受け取って疑似的に個人防壁ヒットポイントを作り上げている。

 モンスターのレベルや存在強度が低いうちは普通の物理攻撃でも通用するが、高くなっていくと生命力とか魔力を籠めた武器で個人防壁ヒットポイントを相殺しつつ削る必要がある。

 遠距離武器は撃った直後から生命力が迷宮に吸われて減少していくので、直接殴るか、矢や銃弾に籠めるよりも魔術に変換した方が効果的なんだとか。


「あれ、でもうちの『母さん』は弓を使ってましたよ」


「それは多分弓矢による魔術、巫女術の使い手だろうな。そうか、君のお母さんもここの卒業生なのか」


「はい、ここで父と出会ったと聞いてます」


「おやおやそれは羨ましい。いや、気にしないでくれ」


 女性なのに豪快に笑う店員さん。

 長髪の栗毛にメリハリの効いた身体つきで、少し『お袋』に似た感じがする。

 敢えて聞かなかったけど、鈴鹿の『小通連しょうとうれん』も巫女術とやらと同じように魔力、いや呪力か? それで飛行し効果を発揮しているのだろう。


 迷宮の中で個人防壁ヒットポイントが無くなると、肉体に攻撃が入るようになるが、レベル一桁の迷宮だと人間側は自動で門まで転送されるようになっている。

 それ以上の迷宮だと、生徒手帳にインストールされた脱出用アイテムが自動発動して、転送される。

 但し使い捨てなので、使ったら自分で買わなければならないそうだ。

 結構な高額だが、上級生になると出口まで歩くのが面倒なのと、次からは脱出地点に転送されるので、気軽に使用するとか。


 一方、モンスターは迷宮で発生したので、個人防壁ヒットポイントが無くなっても外には転送されずその場に留まり、『鎧』が無いから直接肉体に攻撃が入るようになる。

 後は普通に攻撃を加えて肉体を破壊すれば、モンスターは元の魔力に還元される。

 その時迷宮に拡散される魔力が『経験値』に相当する迷宮力であり、戦闘に参加した人間が吸収して一定以上になればレベルが上がる、と。


 攻撃の際に相手とこちらの強さに大きく差がある場合は、個人防壁ヒットポイントを破壊した上に直接肉体にダメージを与えられるので、『小通連しょうとうれん』のように一撃で倒すのも可能だとか。

 って事は、あのゴブゴブどもは鈴鹿よりも相当弱いわけだ。

 倒した後、魔力が凝縮した魔石や、体から離れて魔力に還元し損ねた武具、一部のアイテムなどはその場に残る。

 基本これらは全て魔力で作られているので、迷宮から出ると徐々に魔力が拡散し、いつかは消滅してしまう。

 武器は定期的に迷宮に持ち込めば大丈夫だそうだが、外だとここのショーケースのように魔石を使って魔力を充填しなければならないらしい。


 大体こんな話を聞いたが、退屈だったのか鈴鹿は椅子から足をぶらぶらさせてお菓子を嬉しそうに齧っているだけだった。


「ところでこの武器って買取りとかして貰えます?」


 懐からゴブリンから入手した剣を取り出して見せる。


「今のはどこから……まあ、ご両親が卒業生なら持っててもおかしくないか」


 店員さんはマジックバッグに一瞬驚くが、すぐに納得する。

 但し、あまり持っているのは周りには知らせない方がいいと忠告された。


「ちょっと見せて」


 剣を手に取る店員さん、懐から取り出した眼鏡を掛けてちょっと首を傾げる。


「ゴブリンの小剣……だけど、一階層のモノにしては多少質が良い。まあ誤差程度だけど」


 眼鏡を外して剣をカウンターの上に置く。


「残念だけど、初心者用迷宮で出るゴブリン武器は金属くずとしての価値しかないんだ」


「防具とか盾は」


「それはゴミ箱直行だね。劣化がひどいし」


 懐から出そうとする前にダメ出しされた。


「武器は最低で1㎏無いと買取りはしないけど、他にもあるかい?」


 ハルバードと戦斧以外を出すと、ちょっと驚かれた。


「君たち、入学したばかりでこんなに倒したんだ。引率の先生が良く許したね」


 転送事故とやらではぐれたことを話すとますます驚かれた。

 店員さんがゴブリンの剣と槍の穂先(柄の部分は軽く捻って外してカウンター横の穴に放り込んで、鎧や盾は触りたくないから自分で放り込めと言われた)を秤の上に乗せる。


「ん~全部で5.8㎏か、今だとキロ50ポイントだからおまけして300ポイントだね」


「安っ!」


「じゃあ、ここに生徒手帳置いて」


 レジ横のカード読み取り機の上に生徒手帳をかざすと入金を知らせるピロンという音がする。

 20本以上あった剣と槍でたったの300ポイントか、コンビニでチョコを買ったら終わりだな。


「初心者用ダンジョンの物はボスアイテムでも雀の涙だから、普通は全部捨ててくるよ」


「どの位から買取りになります?」


「最低で初級中層だね、そこまでは店売りと大差ないから」


「ありがとうございます、次からそうします」


 まあ、次からは初級迷宮に行くんだけどさ。

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